第14章 その3 フェルノウル家の食卓
その3 フェルノウル家の食卓
フェルノウル家では、昔からこの長方形で、「エルメルの木製」の濃茶の食卓です。
方位をしっかり決めて、誰がどこに座るかもしっかり指定されているんです。
食器や皿まで一人一人色や柄が違ってて、エクサスはおろか、ヘクストスでも珍しいんです。
ちなみにわたしの食器は、少し青みがかった銀色・・・この色、さっき工房でみた顔料に似ているような?
そんな長方形の食卓の、北の短辺には、現当主のとうさんが陣取ります。
西の長辺には、おじいちゃんとおばあちゃんが、東の長辺にはかあさんとわたしが並びます。
そして普段は空席の南の短辺に、いかにも居心地悪そうな叔父様。
ホントに珍しい光景です。
同じ家にず~っと一緒に暮らしていたのに、みんなと同じ食卓についているなんて。
叔父様は、今は銀縁の眼鏡をかけてます。
わたしの経験上、これは緊張状態なんです。
家族の食卓で「緊張」なんて、さすがはひきこもりです。
気になったわたしは、つい席を南側にずらそうするのですが、かあさんに「あなたはここでしょ」って強引に戻されちゃいます。
だって、わたしの席、いつもより不自然に北側に寄せられてるんです。
これはきっとかあさんの策謀です。
いつもお向かいにいるおばあちゃんが、今日は随分左側なんです。
それでも食事そのものは、わたしの好物が並び、話題も当たり障りのない学園生活の様子が中心です。
叔父様にはおばあちゃんが時々、話しかけていたくらい。
叔父様はスキあれば手元を見て指を動かして・・・あれはきっとメルと「魔伝信」です!
船の中でもやってました。
でも食事中に・・・なんてお行儀が悪い!
どうせ寂しがってるメルが何通も送ってきたに決まっています。
わたしは叔父様からメールを呪符した指輪を取り上げようとして、かあさんに「なんですか、クラリス!お行儀が悪い!」ってまた叱られてしまいます。
叔父様のお行儀悪は見逃してもわたしのは許してもらえないんです。
なんて不公平なんでしょう!
いつしか、イノッサル産のワインを重ね、食事も終えて、わたしはすっかりいつもの上機嫌ですけど。
そして、おばあちゃんとかあさんがみんなにお茶を淹れようとします。
ところが食事が終わると、すぐに席を立ち部屋に戻ろうとする叔父様です。
そこに「おいっ」っておじいちゃんの声。
叔父様はみるからにイヤイヤ席に戻りますけど。
「まったく。だいたい、ヒトを呼びつけておいて、いきなり試験みたいなマネをして・・・。」
おじいちゃんは返事の代わりに、ギョロリって視線です。
もしもわたしがあんな視線を向けられれば泣いちゃいます。
加えて、かあさんの冷たい視線。
「あんた、うるさいから黙ってて」って翻訳できそうです。
これでは確かにひきこもりたくもなるかも。
こんな場の雰囲気を変えたかったんでしょうか?
そこにとうさんが「やれやれ」って席を立って、お酒の瓶をとってきました。
「あ!それは僕の『エクサス・エリクサー』じゃないか?」
エリクサーですか?
すごいネーミングのブランデーです。
「生のままじゃ強いけど、お茶に入れると、俺にも丁度よくてな・・・なかなかいい香りだ。」
「あ~あ・・・いつの間に見つけられたやら。しかも随分減らされちゃった。」
「騒ぐな、ホラよ。」
「ありがと。」
とうさんはお茶にブランデーを入れますが、叔父様はブランデーにお茶を入れてるみたいな感じです。
お二人ともお酒にはうるさい上にお強いんです。
そして
「儂にもよこせ。」
おじいちゃんも、ブランデーが多めです。
おばあちゃんもかあさんもいい顔はしませんが、あきらめてる感じです。
何も言いませんでした。
男衆はお酒、わたしたちはお茶にお菓子。
食卓の上を食事のお皿から、入れ替えていきます。
手伝おうとしたわたしは「いいから座ってなさい」とか「かえって邪魔ですよ」とか言われてしまいましたけど。
確かにわたしは家事には「前科」があります。
「まず、お前に聞きたいことがある・・・なんで儂らにも黙って教官なんかになっとる?」
「ええっ?叔父様、みんなに無断でエスターセル女子魔法学園の教官になったんですか?」
思わず叫んでしまって、みんなににらまれます。
なんだか急にみんな、怖いです。
「そんなの、僕の勝手だ。これでも大人だし、ひきこもりをやめて仕事に就いたんだから褒められてもいいくらいだ。」
そんな雰囲気にもめげない、さすがは叔父様です。
「空気を読まない属性」は、時々感心すらします。
決して見習いたいとは思いませんけど。
「気がつけば、家から出て行って・・・後でメルから事情は聞いたけれど、ねえ。」
おばあちゃんも、珍しく怒っているみたいですけど、それも仕方のないことでしょう。
「まさかエクサスに居られなくなるようなことでもしでかしたのかい?」
「まさか。僕がそんなことをするわけないだろう。」
これを本気で言ってるのがスゴイんです。
なんでご自分のことをここまで信じられるのか、ホントに不思議ですけど
「どの口が言いやがる!」
って、おじいちゃんが言うのは、みんなの気持ちです。
ただの本心。
「お前、あれ、読んでないもんな・・・さっきの『エクサス町史』な、俺は筆写してて何度も筆をとめて泣いたぞ・・・職人連中に同情されちまったよ、まったく。」
とうさんが言うには、何でもここ30年ほどのエクサスの怪現象や怪事件のかなりの部分に叔父様の関与が疑われるとか。
ああ~・・・それはわたしも涙なしには読めないかも。
いえ、そもそも読めないです・・・コワ過ぎて。
「古い話じゃ、あの『空飛ぶ羊皮紙』・・・」
「ぐさっ!」
それは、子どもの頃の叔父様が、ウチの工房の羊皮紙まるまる1葉で折った「紙飛行機」とかいう「折り紙」を、塔のてっぺんから飛ばせた事件だそうです。
魔法でもないのに遠くまで紙が飛んだって騒ぎになったとか。
しかも最初は新種のモンスターかって・・・「折り紙」ってだれも知りませんし。
まして「飛行機」ってなんですか?です。
でも、わたしは、子どもの頃の叔父様がいたずらしている光景が浮かんで、なんだかかわいいって思っちゃいました。
しかし、とうさんの声は続くのです。
「それで、近い所じゃ『バイアール店舗倒壊』に『テイサー屋敷全焼事件』・・・」
「ぐさぐさっ!」
4年ほど前に、バイアールという方の、新築したばかりのお店が謎の倒壊を起こした事件です・・・それ、わたしにとってはナゾじゃないんですけど。
そのお店、もともとは大工さんが手抜きして、とても危険な状態になっていた欠陥建築だったんです。
それを見破った叔父様が、バイアールさんに教えたのですが信じてもらえず、結局すぐに倒壊しちゃったんです。
幸い叔父様がお店の外で騒いでいて、みんなが何事かと見に行こうとしたタイミングで倒壊したので、本当は叔父様は感謝されこそすれ、犯人にされる筋合いではないのです。
けれど、店の外での大騒ぎの印象が悪すぎたのか、或いは日ごろの行いのせいなのか、結局「叔父様のせい」という風評が広まってしまったのです。
でも当のバイアールさんが叔父様にペコペコ謝って、しかも大工さんが役人さんに取り入って、うまくごまかしちゃって倒壊の原因は不明のまま。
「なんだ、これ」って不思議がられた事件。
ですが・・・
「テイサー屋敷?」
「お前は知らないかもな・・・3年ほど前に、テイサーという魔術師の屋敷が謎の火事を起こして・・・」
なんでも上級魔術師のテイサー師が、突如、魔術が使えなくなり、その夜お屋敷も不審火で全焼して、でも周りの家には全然被害がなかったそうです。
それはもう、キレイな焼け跡だったとか。
当然死傷者はなし。
わたしからすれば、同じ魔術師として急に魔術が使えなくなるなんて、とっても怖いって思います。
「でもとうさん、これがなんで叔父様のせいだって思うの?」
とうさんは、わたしの方ではなく、目を細めて叔父様をにらんだままです。
「・・・その魔術師、非合法の奴隷を多数抱えていてな、随分ひどい扱いをしていたらしい。火事の後、全員無事に助けられて虐待の事実がわかったんだってよ。」
それってまさか・・メルの元の・・・?
そういうこと?
わたしは叔父様を見つめます。
「しかもしばらくして、奴隷市場の一部も全焼した。そこも非合法な奴隷を扱っていたひどい場所だったそうでな・・・。」
叔父様の目が泳いでいます。
ああ、やっぱりそういうことなんです!
「・・・ただの怪奇現象だろ。」
そんな不器用なところも、キライじゃないわたしですけど。
「・・・んで、最新のは『倉庫街区の怪眠事件』だ。」
「ぐっさし!」
そんな叔父様の声が聞こえますが、つい一緒になって胸を抑えて食卓に突っ伏すわたしです。
だって8月のあの出来事はヘクストスでも「エクサスの怪眠事件」って有名で。
「ち・・・お前もからんでたのか、やれやれ。」
「クラリス、そんな人の真似はおよしなさい!」
おかげで、わたしも両親から叱られてしまいました。
ちぇ、です。
いえ、舌打ちはしませんけれど。
「クラリスは悪くない。責めないでくれ・・・そもそも、なんの話だっけ?」
「お前が話を逸らすからだ、バカモンが!」
おじちゃんが、ようやく脱線した話を元に戻すのです。
「なんで家を出て、教官になった?」
「学園長に誘われたんだよ・・・魔法学校なのに教官が足りないって。」
「学園長が?お前なんかをか?魔術も使えないのに?」
とうさんが言うのを聞いて傷ついたようなお顔をする叔父様です。
「とうさん、叔父様は教官としてみんなに信頼されてるのよ!」
わたしは、つい口出ししちゃいました。
「こいつが?」
「こんな人が?」
とうさんもかあさんも、夫婦そろって疑問の声・・・わかりますけど。
何しろひきこもりなのは、ヒト嫌いだからで、何より女性も大勢も初対面の人も苦手な叔父様が女子学校の教官なんて、一番不向きな仕事だって、わたしも最初は思っていました。
実際、最初の頃はヒドイものでしたし・・・半分くらいはメルなんかを助手につかったせいもある気がしますけど・・・それでも今は改善しました。
「もう!これでも一部の生徒からはかなり人気あるんだから!」
「そうだっけ?」
「そうです!」
相変わらずご本人に自覚が乏しいんです。
これでは「一部の生徒」たちがかわいそうです。
リトとレンに、叔父様に代わって心の中で謝っておきます・・・アルユンにも一応。
「・・・まぁ、若いころから魔法文字を勉強してたし、その辺は儂にも分からなくはねえ。」
「そうねえ・・・魔法学校を受験したこともあったしねえ・・・やっぱり落ちたけど。」
「ぐさっ!・・・母さん・・・それ、トラウマ。」
意外に「トラウマ」も多い人なんです。
あんなに非常識でやりたい放題のくせに。
「チマチマとうるせえな・・・要はな、アルの奴が気にしてるのは、ウチの後継ぎのことで、クレシェさんは、おめえがクラリスに変なちょっかいだしてねえか、なんだよ。」
思わずドキリ!
だって、至近弾です!
心臓が飛び跳ねて、歯車がきしんでいます。
わたし、顔、赤いかも。
「そうよ!あなた、こんな人が教官としてついてっちゃって、困ってない?ストーカーされてるとか?それとも・・・ホントウは!?」
かあさん、力入り過ぎです!
そんなにムキにならないで!
ティーカップを投げる準備なんてしないで!
「本当はって何だい?義姉さん?」
この人は、力が入らなすぎ!
少しは察して欲しいんです!
ホントに鈍感で、ヒトの気持ちを分かってない人なんです。
もう!
「・・・いいわ!ハッキリ言うけど、わたしは叔父様が側にいて困ってないし、わたしも友達も叔父様をとても頼りにしているの!そこは信じて!」
困ってない、とは少し言い過ぎ・・・時には困ってますけど。
でも叔父様がいなければ、わたしもみんなも死んでいたかもしれません。
いえ、私たちだけじゃなく、本当に大勢の命が救われたのです。
あの「南方戦線」でも、最近の「巨人災禍」でも。
ですがそこまでは言えません。
家族に心配をかけたくないというのもありますが、何よりも軍事機密です。
こう見えて軍学校の生徒・・・つまりは軍属なんですから。
実は「ヘクストス・ガゼット」の記事の内容をめぐって、学園でも問題になって、もしもデニーが情報を流したことがばれたら、あの子、懲罰されちゃいます。
それくらいの機密。
叔父様に至っては、自分のことを自慢するどころか、あからさまに迷惑がっていますし、わたしももちろん言えないんです。
そのせいもあってか、かあさんは全然信じてません。
「あなたは、この人に関してだけは信用できないの。」
かあさんに言わせれば、わたしは「赤ん坊のころから叔父様に洗脳されたかわいそうな生贄」だそうですから。
「義姉さん。僕はともかくクラリスにその言葉はひどいんじゃないかな。」
「なんですって!誰のせいだと思っているのよ!このひきこもり!穀つぶし!変質者!」
ついにかあさんが飲みかけのお茶ごとカップを投げ・・・ようとして、とうさんに止められました。
ホッ、です。
「ねえ、アル。このままじゃ、ちゃんと話ができませんよ。」
「イーシェの言う通りだ。そろそろクレシェさんにちゃんと話せ。」
イーシェはおばあちゃん。
おじいちゃんは、工房の一人娘のおばあちゃんに婿入りした婿養子(マスオさん?)です。
でもおばあちゃんはちゃんとおじちゃんをたてて、おじいちゃんもおばあちゃんを大切にしていて、とっても仲がいいんです。
だから、おばあちゃんがこういう場面に口を出すのはめずらしんですけど、それだけにたまに話した時はおじいちゃんはすぐに従うんです。
「義姉さんに話って・・・まさか?ダメだよ、ナイショにしてくれって約束・・・」
「うるせえ!そのおかげでうちん中がややこしくなってるんじゃねえか!?」
おじいちゃん、今日は柄が悪いです。
普段はもっと落ち着いてるんですけど。
でもその剣幕で叔父様も口をつぐみました。
そこで話されたのはわたしが以前とうさんから聞いた話です。
でもかあさんは初めてだったみたいです。
叔父様は表向き工房の職人じゃありませんし、実際工房で働いてもいません。
ただ、前から自室で・・・今は教官室・・・魔術書や一部の専門書の製本・写本を引き受けて、実はちょっとした収入があります。
魔術書なんて、一般書の何倍、何十倍もしますし、それをひとりで作っちゃう叔父様ですから。
でもその収入の多くを実家の工房に入れているんです。
ご本人は
「ま、父さんに教えてもらった基本があってのことだし、ほとんどの注文は兄さんを通してもらってくるし、迷惑かけてる自覚はあるし・・・ま、当然かな。」
なんて軽くおっしゃってましたけど・・・「迷惑かけてる」って自覚あったんですね。
で、加えて、ここじゃナイショですけど、アドテクノ商会にいくつかの商品の権利を預けていて、それも市民からすればかなりの収入のはず。
これだって大部分は傷痍軍人や戦災孤児の支援などに費やしてます。
それでも教官としてのお給料なんて、オマケみたいなものかもしれません。
そうでもなければゴラオンや術式、呪符物の開発なんかできないんです。
おそらくは、最近学園にできた休憩室の改修費用も叔父様が出したのではないかって、わたしは思ってます。
それに教官方にお配りした「魔伝信」の指輪代なんかも。
暮らしぶりが一見質素なので・・・本やスクロールにはバカみたいにお金をかけてます・・・なかなか気づかれないんですけど。
わたしだって、とうさんやエミルやクレオさんから聞いた断片的なお話で、なんとか知ったくらいですし。
「・・・うそ。そこの人が・・・穀つぶしじゃない?家のためになっている?」
だからかあさんが気づかなかったのは当たり前です。
でもショックを受けたかあさんと、それを気遣うとうさん。
おじいちゃんおばあちゃんに負けないいい夫婦だって思います。
秘密をばらされた叔父様は面白くなさそうですけど。
なんだって自分のことを隠したがるのか、面倒な人なんです。
「この前、すごい金額の金が学園から送られてきてな。おめえ、またでっかい仕事したんだって?」
「あれね・・・生徒と教官全員分の魔術教典をつくった分だよ。まだ5分の一だし、来年の分も作んなきゃいけないから、僕はこれでも忙しいんだ。用件があるなら早くしてくれよ。」
「ち・・・生意気に・・・。」
工房の外ではおじいちゃんにも態度が大きな叔父様です。
「で、だな。その事情を知ってもらった上でなんだが・・・クレシェさんや。」
「確かにこの子は昔から変わった子で、いろんな事件を起こして迷惑をかけてたけど、今はそれなりにやってると思ってるの。少しはわかってくれないかしら?」
うつむいたままのかあさん。
納得しがたいなりに、ガマンしているみたいです。
「まあ、そうだな。そろそろ本題に入るぞ。」
そして、話し始めたとうさんは、いつになく深刻な様子でした。
「クラリス。お前の入学で、うちは後継ぎを失った・・・いや、俺はその覚悟をしたんだよ。」
フェルノウル工房の後継ぎ。
わたしが今まで目をそらしていた問題でした。
本当は一人娘のわたしが誰かをお婿さんにして、家を継いでもらうのが、この辺りでは常識です。
ですが、わたしは・・・叔父様になついていたせいもありますけど・・・他の男性に興味を示すこともなく、更には軍学校に入ることにしました。
これはわたしの夢・・・いえ、ワガママって言われても仕方ないし、かあさんとは何度もケンカしました。
でも、とうさんたちが認めてくれて、だから、うちの後継ぎはいない。
とうさんにもしものことがあれば、工房が、いえ、フェルノウルの家系は途絶えてしまうのです。
「そのことは、いい。お前がエスターセル女子魔法学園に入るって決めた時にわかっていたことだ。覚悟はかわらないんだろう?」
そうです。
そこから目を背けていたのは、わたしです。
でも・・・はっきりとうなずくんです。
「魔法兵になって、みんなを助けたい」。
その想いは、今ではもっと大きくもっと具体的になりました。
そして、それをかなえるためにわたしを支えてくださるのが叔父様だと信じています。
わたしの決意を見届けたとうさんは、大きくため息をついて、そして矛先を変えます。
「・・・おい。お前の方はどうなんだ?だれかと所帯を持つ・・・せめて子どもを産ませる相手はいないのか?いたら自分の子をここの後継ぎにって思ってないのか?」
自分に話を向けられ、ウンザリ顔の叔父様です。
「やれやれ、またかい。そんなのいないし、いても思わないよ。」
似た話は昔から何回もあって、叔父様はその度に機嫌を悪くして逃げ出すんです。
きっとこれも引きこもった理由の一つ。
「だが、あれだけの腕をもってるのに外注の職人のままなんかじゃ・・・。」
「いいんだって。本流は兄さんが継いでるんだし、これが一番なんだよ。まったく。」
さすがに今日は逃げ出しませんが、気まずそうにお茶入りのお酒を口に含みます。
なんとなくわたしも気まずくなって、同じタイミングでお茶を・・・
「メルちゃんとはどうなの?」
「「ぶ~っ!」」
おばあちゃん、そんな目でメルを見ていたの!?
この奇襲の威力は絶大で、叔父様が飲みかけのお酒を噴き出します!
わたしだって至近弾のダメージで、お茶を噴き出しちゃいました!
慌ててハンカチを取り出し、二人の粗相の後始末をします。
「母さん!僕はそんなつもりであの子を引き取ったんじゃないよ!」
そう言う叔父様、口元からお酒をたらしたまま。
ホントに35かしら?
いつもながら世話が焼けるんです。
わたしは別のハンカチで拭いて差し上げるのです。
「ああ・・悪いね」って叔父様です。
「そうなのかい?だって、お前、あの子の耳とか尻尾とか大好きで・・・」
「そんなんで結婚なんかするもんか!」
それは怪しいのです!
特にムキになって叫ぶなんて図星かもしれません!
わたしは叔父様の隣で、思わずハンカチをギュウって握りしめるんです。
「・・・なんかお前たち昔にもどったみたいだな。」
「仲が良過ぎよ。」
「え?わたしたち?なんで?」
とうさんとかあさんは、わたしと叔父様をちょっと細い目で見比べ始めます。
実は自覚があるのですけど。
一時期叔父様を毛嫌いしていたわたしですが、今は・・・でもそれを指摘されるとさすがに恥ずかしいんです。
だからとぼけちゃいます。
顔、大丈夫かしら?
「何の話だい?兄さんに義姉さんまで?」
そして、この「素」でなにも感じていない叔父様!
もう、これはこれでカチン、なんですけど。
それでもその様子を見たとうさんとかあさんは、フッと肩の力を抜いたのです。
「それでクラリス・・・なんで椅子を僕の隣に持ってくるんだい?」
「なんとなくです!・・・いいでしょ、母さんも?」
肩が触れ合うくらいの近さなのに、この心の距離・・・なんでわかんないんでしょう?
ですがそのままなるべく自然に見えるように叔父様のお顔や服に残る汚れを拭きとっていきます。
「すごくあやしいんだけど。」
わかってもらうチャンスのような気もするし、ばれちゃうピンチのような気もします。
結局わたしはそれ以上のことは自粛するのです。
ちょっとだけ席も離します。
「あやしいって何が?」
ナイス、叔父様。
でも半分はすねを蹴り上げたいんですけど、今はガマン。
「・・・なんでもないわ。」
「クレシェ、そうカリカリしたら、な。」
「・・・はい、あなた。」
気がつけば、かあさんもとうさんの隣です。
二人は自慢の仲良し夫婦なんです。
「お前らが後継ぎ問題に関わらないんなら・・・素直にこっちの報告をすりゃよかったな。」
とうさんの言葉に、顔を赤らめるかあさん。
ホントに若いです・・・アレ?
・・・そっかぁ!
「報告ってなんだよ。」
思わず腕をつねって差し上げます。
鈍すぎです!
「おい、聞いてないぞ、アル!」
「あなた・・・この前それらしいこと言ってたじゃありませんか?だから二人を呼んで、後継ぎの確認しなきゃって段取りになったんですよ?」
「それらしいじゃわかんねえよ。」
叔父様が人の話を聞かないのはおじいちゃんの影響かも?
「そうだよ?僕はわからないよ・・・なんの話なんだい?」
ホントに絶望的な鈍さです。
「おめでとう、とうさん、かあさん・・・でいいんだよね?」
「ああ・・・クラリス。お前はお姉さんになるんだ。」
やっぱり!
まさかの、一周まわってのお姉さん宣言です!
少し照れながらもうれしそうなとうさんに、やはり恥ずかしそうだけど誇らしげなかあさんです。
「それって・・・え・・・兄さんに隠し子?」
超絶おバカ!
やっぱりすねを蹴り上げてしまいます。
痛がる叔父様は、今だけ放置です。
「なに言ってるんンだ!俺がそんなことする男に見えるか!・・・まったく、こんなヤツ。やっぱりこれで決定だな。」
「はい、あなた。」
決定?
なんでしょう?
はてな、のわたしたちです。
そこに、叔父様に向けたとうさんの悪い笑顔!
「おい、お前は、出禁だ!」
「そうよ!あなたがいると、胎教に悪いし、生まれた後もクラリスみたいに洗脳されたんじゃ嫌なのよ!」
夫婦の息のあった攻撃は叔父様を怯ませます。
出禁?
叔父様に帰って来るなってことですか?
いきなり呼びつけての出禁宣言に、さすがの叔父様も茫然と唖然と愕然、どの表情がいいのか困ってるくらい。
「・・・洗脳って・・・義姉さん?」
「そうよ、せっかくの一人娘をあなたみたいな変態にとられたわたしたちの気持ち、わかる!?」
「・・・とってないし。」
「とったわよ!この子、小さいころからあなたにつきっきりでベッタリで、しまいには魔術師になるって軍学校にまで行っちゃって、全部あなたのせいよ!」
「ああ、クレシェ、落ち着いて、ホラ。」
お腹の子のことを考えて、気を落ち着けるかあさんです。
「・・・・・・。」
叔父様はぐうの音も出ない・・・いえ、きっと言いたいことはたくさんあるのでしょうけど、さすがに今回は控えてるみたいです。
「俺はわかってるよ。お前がみんなと一緒に食事しないのも部屋にこもる時間が多いのも、クラリスを俺たちに返す時間をちゃんと取っておいてくれてたってことを。」
それ、きっと買いかぶりです。
ただの面倒くさがりの人嫌いなだけなんです、とうさん。
言いませんけど。
「でもな、やはり俺も寂しかったんだ。もっと娘と一緒にいたかったな、って。」
とうさんの述懐を聞きながら、口をとがらせて不満そうな叔父様。
また子どもみたいになってます。
「だから、今度の子が大きくなるまでは、お前は出禁だ!当分この家に戻ってくるな。」
「・・・マジ?」
「大マジ。」
「でもさぁ、クラリスはあんなにいい子に育ったんだよ?僕のおかげなんて言わないけどさぁ、でもちょっとくらいは。」
「・・・それ、叔父様が言います?叔父様はただの反面教師ですよ。」
「ぐっさあぁぁ!・・・キミはブルータスか!?」
今日一番のダメージを負った叔父様は胸を抑えて、うめいてます。
でも・・・そう言えば、ブルータスさんってどんな人だったんですか、叔父様?
こうしてフェルノウル家の後継ぎ問題は一応の解決をみたのです。
さっさと話してくれればよかったのに、話を引っ張りすぎて、叔父様の被害は甚大です。
結局フェルノウル家の会議によって、叔父様は5年間の里帰り禁止。
もともと帰りそうにない人なのに、帰って来るなって言われると気になるみたい。
帰ってもおばあちゃんはこっそり見逃しそうですけど。
多分、おじいちゃんも
「男だったら、5歳あたりで、技をしこみに来やがれ。」
ですって。
「僕の?いいのかい?邪道なんだろ?」
「いい腕にかわりはねえ。ちゃんとウチの本流を押さえさせて、それにちょいとたすくらいなら、却って評判も上がるってもんさ。」
実は後日のことです。
あの「エクサス町史」の表紙の金箔と金泥の文字を改めて見たとうさんと初めて見た工房の職人さんたちは、一念発起し、採算度外視でもう一度工程をやり直したとか。
そして町舎に収められた時には、見た者全てを唸らせる一品になっていて、その後の工房への注文が倍増したんです。
フェルノウル工房にとっては、いい宣伝になった、ということでしょう。
「でもさぁ。男ってきまってないだろ?女なら・・・黒髪ならシータかラナ、茶髪系ならフジ・・・いや、これは性格に問題が・・・」
まだ往生際悪くぶつぶつ言ってる叔父様です。
「うるさい!名前も今度は俺たちが決める!そもそも女の子って決めるな!」
とうさんたち、よっぽどわたしの時で後悔したみたい。
でも、わたしはこの名前、とっても好き。
今でもつけていただいた叔父様に感謝してます。
きっとわたしは「クラリス」にしかなれなかったんですから。
でも、もう叔父様の憧れた「銀の指輪のお姫様」からは「卒業」したつもりですけど。
結局、この後もとうさんと叔父様はブランデーを飲みながら同じ食卓でケンカを続けていました。
それを上機嫌に眺めるおじいちゃんとわたし。
ついつきあって、わたしは二日連続の夜更かしです。
おばあちゃんとかあさんは呆れて早々に寝ちゃいましたけど。




