第14章 その2 工房の師弟
その2 工房の師弟
「おい・・・ついて来い。」
「なんだい、父さん?」
とうさんと一緒に階段から降りて来た叔父様を、待ち受けていたのはおじいちゃん。
「お前・・・腕は鈍ってないだろうな。工房で見てやる。」
「それ、見てやるって言う?見せてみろって試験だろ、師匠。」
叔父様は製本・写本師として基礎をおじいちゃんに学んだのです。
ですから、親子であると同時に師弟でもあります。
魔術を学ぶわたしと叔父様もちょっとそんな感じ。
もっとも叔父様は魔術が使えませんけど。
「おい、クラリス。」
「いいでしょ、とうさん。おじいちゃんも。」
工房について行こうとしたわたしを止めようとしたとうさんですけど、折れてくれました。
おじいちゃんも。
叔父様には聞く必要すらありません。
おじいちゃんよりもとうさんよりもわたしにあまい人ですから。
分厚い扉をあけて、うす暗い廊下を進むと、そこは工房です。
工房にはあちこちに窓や窓扉を取り付けています。
普段はこの開閉で、温度や湿度の管理をしているのです。
ただ、今は職人さんたちも帰ったのか、まだ夕方なのに窓を閉め切って、製本工房の中はもうまっくらです。
加えて懐かしくも独特の、インクと紙の入り交じった臭い。わたしは思わず吸い込んでしまいます。
その間にも叔父様ととうさんは、あちこちの窓をあけていきます。
おじいちゃんはその様子を腕を組んでにらんでます。
工房の一角の棚には、羊皮紙が丸められて置かれています。
それを広げると、まだ羊の形をまるまる残した状態で、これを1葉と数えます。
うちの工房で受注している一般的な本では、一冊400ページくらいで、それを作るのに、これを10葉くらい使います。
羊皮紙1葉で、今は銀貨2枚くらいですから、本って、紙代だけでも銀貨20枚近く、つまり金貨1枚くらいはするんです!
「お前が使ってるバカ高い紙なんか、うちでは使わんからな。」
おじいちゃんが叔父様にこう言うのは当然なんです。
叔父様がいくらご自分で作っているとはいえ、スクロール用の青銀羊皮紙や白絹毛紙では本一冊いくらになるやら、です。
「まさか製紙の『削り』からやるんじゃないですよね?僕は明日には帰るつもりですから。」
弟子に戻った叔父様は、おじいちゃんに敬語らしい言葉を使い始めます・・・叔父様にしては、ですけど。
ちなみに今の羊皮紙の状態では厚すぎて本にはできません。
ですから軽石で削る作業があるんです。
で、そこから1葉を本の見開きサイズに切ったり、油分を摂るための表面処理をしたりって、様々な工程があります。
実際の筆写の工程に入ったとしても、完成までだいたい10日くらいかかります。
「おい。ギルディングやってみろ。」
「・・・そりゃどうも。」
ギルディングとは、一般には本の表紙を飾る金箔をはる工程です。
しかもおじいちゃんが命じたのは表紙の飾り文字・・・一番目立つんです。
魔術書ではありませんが、今回うちの工房に依頼がきたのは町舎からだそうです。
ですが「エクサス町史」って・・・。
「とうさん・・・これ、写本じゃなくて原書の表紙だろ?しかもエクサスの公式の歴史を記録した・・・試験でやらせるモンじゃないと思うんだけど。」
「おい。」
「あっと・・・思います、師匠。」
「やれやれ・・・弟子らしくしろよ。まったく。」
とうさんに言葉遣いをたしなめられ、あわてて敬語にもどる叔父様です。
とうさんの「おい」はおじいちゃんそっくりです。
ちなみに「やれやれ」と「まったく」は叔父様も引き継いじゃいましたけど。
「なぁに・・・表紙の、しかも飾り文字だけなら最悪表紙ごと差し替えるさ。」
「それってつまりは僕を信用してないんだろ?」
「おい。」
「はいはい!やらせてもらいますよ!」
「叔父様ととうさん、工房ではこんな感じなんだ・・・。」
「一応、俺は兄で兄弟子だからな。」
「おい、アル。兄弟子ぶるな。基本はともかくお前は・・・」
「はい!俺はもっと技の幅を広げます!」
アルはとうさんの略称です。
名前はアルジェウスです。
おじいちゃんはアーカルディオ。
工房の中では、アルジェウスとうさんもアーカルディオおじいちゃん相手に小さくなってます。
もっとも
「くくくっ・・・兄さんは筆写専門の職人だからね、まったく。ま、僕は製本の芸術家だけど。」
「おい、いい気になるな。おめえは他流に行きすぎだ!広げりゃいいってもんじゃねえぞ!だから、おめえのはいろいろ交じりすぎてるわ、遊びが多いわ、どこの工房でだれがつくった流派かまるでわかんねえし、それじゃ信用ねえし注文は限られる・・・だからおめえの本は好きモンか魔術師にしかウケねえんだ!」
叔父様・・・お名前はアンティノウス・・・なんか、さらに立場低いです。
工房で青筋たてたおじいちゃんは、本当にこわい!
しかも「おめえ」って・・・ここじゃガラも悪くなるみたい。
ちなみにこの辺りの製本・写本業は、製紙に始まって、インクの調合に管理、羽毛ペンの作成に調整、筆写に各種装飾、そしてようやく製本・装丁・・・ほとんどの工程は細分化され、分業で行いますが、おじいちゃんと叔父様は、全ての工程を一人でやってしまうことができます。
とうさんは筆写専門ですが、その専門一つのほうが一般的な製本・写本職人として当たり前なんです。
もっともとうさんは現在の工房主として製本全体の統括から本の注文取りや材料の仕入れを行っているので、うちで働いてくれるほとんどの職人さんは、とうさんが統括している、ということです。
「ここじゃ、どうせ本なんか好事家しか注文しないって。師匠。」
立場は低くても、口答えをするのは、さすがに叔父様です。
おっしゃってることは、まぁ、間違いじゃないんですけど。
そもそも識字率が高くないので、本なんか普通の市民にはなかなか手が出ません。
デニーなんか10歳まで読み書きできなかったくらいですし。
だから叔父様は術式で「複写」って開発して、もしもあの術式が一般化したらとっても早く安く本が作れるかもしれません。
ですが、そんな日がきたら、うちのような製本業者は・・・複雑です。
叔父様は、そういうことまで考えているのかどうかはわかりませんが、ご自分が開発した術式や呪符物などの公開を随分と制限するようになりました。
最近開発なさったものとしては、中級術式「魔伝信」とそれを呪符した指輪がありますけれど、使用者条件なんかが厳しいのです。
そのせいでしょうか、テラシルシーフェレッソ伯爵家やアドテクノ商会が権益確保のために叔父様との政略結婚を企み、それにデクスフォールン男爵家まで絡んで「展嫁三分の計」なんて陰謀に発展したくらいです。
ま、「リアルな」女性に興味をお持ちでない上に生徒思いの叔父様が一蹴しましたけど。
「いいからとっとと始めやがれ!おめえはゴタクが多すぎるんだ!」
ボグッ!
あ、口答えしてた叔父様の頭に、おじいちゃんの拳骨が振るわれました。
とうさんも自分が殴られたわけじゃないのに痛そうな顔をしています。
「・・・俺も昔はよく殴られたもんだ」ですって。
「おじいちゃん!」
思わず叔父様をかばおうと飛び出したわたしですが、とうさんに止められ、おじいちゃんには無視され、叔父様には苦笑いで首を振られてしまいます・・・工房の中では、いつもの「家族」とは違うのでしょう。
三人はフェルノウル工房の師弟なのです。
「僕が昔つくった特番の顔料、まだあるよね。」
「ああ・・・あの非常識なヤツか。」
「お前以外使えないし、そもそも高すぎる。うちじゃ邪道だな。まったく。」
「んじゃ、ちょっとインク庫に行ってとってくる。兄さん、ペンの用意をしてくれるかい。」
「ああ。だが、いつもここで使うペンだぞ。ガチョウの羽の。」
叔父様は魔術書やスクロ-ルを作成するために「ロック鳥」の若鳥やひな鳥のペンを愛用しておられます。
でもそれも高価すぎるので、一般書の製本・写本が中心のこの工房では基本的に使いません。
固めならワシ、柔らかめならガチョウの羽を使うことが多いんです。
「それでいいけど・・・何本かまとめてもって来てよ。できれば両方。」
「わかってるよ。この両利き野郎・・・。」
両方?
両利き?
わたしが不思議そうな顔をしたので、とうさんが教えてくれます。
「あいつは、なまじっか左右どっちも器用に使うもんだから、文字を書く時も角度や位置によって右手で書いたり左手を使ったり・・・本当に落ちつかないないんだよ。」
「まったくだ!このバカは挙句に羽毛も右翼と左翼の二本使いやがる。」
ああ、なるほどです。
鳥の羽は、その左右によって曲がり方が違うんです。
だから、右利きの職人さんは左翼の羽を、左利きの職人さんは右翼の羽を加工するわけです。
両利きの叔父様には左右両翼の羽を用意して、しかもその曲がり具合が自分にあったものを選ばなければなりません。
その後、羽毛の部分は邪魔なので、切り取ってしまいます。
叔父様は、羽を少しだけ残して、ペンのお尻のほうに飾りとして残したりしていますけど。
「ジェッソは作ってある。準備ができたらすぐに始めやがれ。」
「そりゃどうも、師匠。準備のいいことです、まったく。」
ジェッソとは「下地」のことです。
羊皮紙の切れ端を煮詰めて作ったニカワを、金箔をぬる場所にあらかじめ塗っておきます。
これを乾かすのに三日はかかります。
その後、叔父様は以前ご自分で調合なされたという顔料を取ってきました。
5年以上前にしまっていたものだそうですが、インク庫のどこになにがあるかは忘れていなかったみたいです。
「ペンは・・・ありがとう。兄さん・・・こいつとこいつで。」
左右の手でペンをいじりながら、試していた叔父様です。
時々、右手を小刻みに開いたり閉じたり?
普段あまりお見せにならない動作をしています。
ペンを選び、職人さんの作業台を、自分の作業しやすいように角度を調整します。
そして、いざ準備ができるや、叔父様は、器用に金箔をはっていきます。
「晩飯まで二時間くらいかい?余裕で間に合わせるよ。」
「・・・俺の弟ながら非常識な。」
「まったくだ。」
ジェッソに息を吹きかけ、それに金箔をかぶせ、布で固着して、余分な金箔を落として・・・
「なんて手早い作業・・・。」
左右の手を器用に使う叔父様は、まるで手妻使いのようです。
その早業に目を奪われるわたしに、なにか言おうとして、口をつぐんだとうさん。
時々、叔父様が「乾燥」とか「風操り(シルフコントロール)」とかのスクロールを使って工程を短縮しているのを見ると、おじいちゃんも忌々し気に唸ってます。
正統派の職人気質からすれば、叔父様の仕事は諸流入り混じっただけではなく、工程そのものが認めがたいものなのでしょう。
それでも、師匠のうめきにも兄弟子の苦情にも耳も課さず、叔父様は金箔の研磨を終えました。
「・・・・・・できたか。」
「やり方はともかく・・・な。」
とうさんとおじちゃんが見守る中、表題の一文字めの、立体的に浮き上がった金箔はり・・・ギルディングが完成しました。とてもきれいな仕上げ・・・。
ところが当のご本人。
「いや。まだだ。」
叔父様は手を全くとめず、更に金箔の上に卵白を泡当てて一晩寝かせたテンペラを塗ります。
それを乾かして、絵具を塗るのですが、叔父様はここでも希少な「青」の顔料を平気で使います。
しかも
「おい、その『特番』って!?」
「うるさいな、兄さん。この調合は気を遣うんだよ。」
「しかし・・・」
「おい。」
おじいちゃんに言われ、押し黙るとうさん。
あの「蒼の特番」の顔料は、以前叔父様が「碧玉」、「翠の特番」はヒスイを粉末にして加工したもの・・・つまりは宝石なんだそうです!
それを惜しげもなく混ぜあわせ、蒼から緑、数色作っていく叔父様。
そして、そのうちの限りなく純粋な「蒼」だけを金箔の上に塗っていきます。
これでギルディングした一文字目の装飾と着色まで終わったのですが、叔父様はその後も顔料を取り出します。
え?
金の顔料?
「金泥。ニカワを溶かした水に粉末状にした金を混ぜた絵具だよ。こっちじゃ使わないけど・・・っと。」
わたしの疑問にはつい応えてしまう叔父様です。
でもおじいちゃんにも何やら弁解じみた説明をしています。
「師匠・・・これ、ヒノモト族に遺っていた技法です。」
「おめえ・・・行ったのか・・・てか・・・知ってたのか・・・。」
おじいちゃんは、この時だけは工房の中での厳格な師匠とは思えない、弱々しい声でうめいたのです。
「まあね。」
それに、何もないようの答えるいつも通りの叔父様。
「だから僕の腕試しなんて、そんなに意味はないって思うよ。」
その言葉を顔をしかめたまま無言で聞くとうさん。
ヒノモト族?
その言葉がこの場にいる工房の師弟を、揺るがせた、そんな感じ。
「それは、儂らが決めることだ・・・おめえは気にするな。」
こう話すおじちゃんが、なんでこんなに苦い表情をするのかは、この時のわたしにはわかりませんでした。
「・・・・・・ありがとう。」
ただ、そう答えた叔父様のお顔には、寂しそうな微笑みが浮かんでいたんです。
それでも、叔父様がそう答えた後は、またさっきまでの3人に戻っていったので、わたしはなぜか安堵したのです。
いつしか叔父様は、懐から毛筆を取り出して、その金泥を浸し表題の全ての文字を瞬く間に金色の飾り文字に変えていくのです。
さらに、その上に先ほど作った数色の顔料を塗り重ねていきます・・・。
「『水操り(ウンディーネコントロール)』・・・って水分を抜いてっと・・・これで完成ですよ。」
それは、「エクサス町史」という表題を、蒼金から翠金、さらに純金へと少しずつ色相を変化させてつくった「グラデーション」とかいう表現なんだそうです。
「とってもステキです・・・叔父様。」
思わずため息をつきながら、両手を組んで見つめるわたしでしたが
「やれやれ。だが、まあ・・・邪道すぎる。」
「おい、途中からまたなんでもありになってたぞ。」
とうさんもおじいちゃんも、いろいろ言いたそうです。
「ああ~・・・でもさ、師匠。最初の一文字はちゃんとギルディング・・・」
「バカ野郎!その後はわけわかんねえじゃねえか?最初以外はギルディングじゃねえし、魔術だかなんだか怪しいモン使いやがって、しかもあのインク・・・いくらすると思ってるんだ!」
「ええ?どうせ僕が作った顔料だし、僕が使わなきゃこのまま死蔵されてたんだ。せっかくだから使った方がいいじゃ・・・ありませんか?ねえ、師匠?」
おじいちゃんは弁解する叔父様に向かって無言で拳を振り上げます。
肩をすくめ、覚悟する叔父様です。
しかし・・・しばらくして、おじいちゃんは拳を下ろしました。
「うちじゃ使えねえし、認められねえ。だが・・・出来は、な・・・ふん、悪くねえかもな。」
おじいちゃんはそう呟いて、力強い足取りで工房から出ていきました。
「やれやれ・・・ま、職人の手当は不要で、うちで使わないモンでこさえたからアシは出てないってか、表向きは・・・おい、このまま製本に出すから、サインいれとけ。」
とうさんを見て、口を大きく開けた叔父様です。
「いいのかい?こんな邪道で邪流の装飾文字の本を、町の公式書にして。」
「わかっててやったんだろうが!今さらビビるな!」
おじいちゃんみたいに殴りはしませんが、それこそおじいちゃんみたいな剣幕のとうさんです。
そっくり。
二人と比べると叔父様は髪の色以外、似てない気がします。
どこか線が細いんです。
あえて言えばおばあちゃん似って感じ。
「うちの評判なんか気にするな・・・ま、これで下がる気はしてないさ。」
そう言って、とうさんは表紙裏の一角を指さします。
「はいはい。んじゃ、ありがたく。」
叔父様は右手に羽毛ペンをとって、そこに「アンティ・ノーチラス」ってサインします。
「まったく、だれだよ、ノーチラスって。」
「知ってるだろ、僕のペンネーム。」
「絵本作家ノーチラスか。」
「それ言う!?僕のトラウマをえぐったな!」
おじいちゃんがいなくなったせいか、とうさんと叔父様はいつもの感じにもどってます。
ホント、仲がいいんです。
叔父様が実家でもひきこもりだなんて、信じられないくらいです。
「くすくす。」
二人の、特に叔父様の様子がおかしくて、つい笑ってしまうわたしです。
「あ、クラリスまで笑ったな?」
「俺の娘を責めるなよ。自慢の娘なんだから。」
とうさんがわたしの頭に手を置きます。
「責めてるわけじゃないさ。僕にだって自慢の姪だ・・・って、あれ?なんで口をとがらせるんだい、クラリス?」
だって、かちん、なんです。
「姪」ですか。それは事実ですけど、でもきっと真実ではないのです。
少なくても今のわたしにとっては。
だからプイ、なんです。
「え?どうして目をそらすんだよ?そんなにツンツンして・・・また僕がなにかやっちゃった?機嫌直してよ、ね?クラリスぅ~?」
「叔父様なんて知りません。」
そんなわたしと叔父様のやり取りを、とうさんは少し複雑な顔で見ていました。




