第3章 その2 メル助手の実力
その2 メル助手の実力
「クラリス、あの子、本当に詠唱できるの?」
「エミル、今まで何を聞いていたのですか?さっきまでの魔術用語の代弁で、聞きにくいとか不正確とか、そんなところが一つでもありましたか?」
「えっ・・・ゴメン。あたし、ああいうの聞き取るのめっちゃ苦手で。」
いかにも王女様という、金髪碧眼のエミルがペコペコ謝ると、違和感ありすぎです。
いまだに見慣れません。本当にこの子はただの商人の娘なのでしょうか?
「エミル、魔術言語下手すぎ。でも、たしかにあの子の読解は完璧。」
きれいな黒髪をおかっぱにしたリト。
お人形さんみたいです。口調が固いのは騎士の娘だからなのでしょうか?
「言わないでよ、リト・・・でもさ、魔法の実践は別よ。」
実際、魔法学園の授業は、実戦重視で、理論を軽視気味です。
わたしも叔父様の影響で、理論から実践に入るタイプだったようで、いきなり即行動を求められた最初は随分戸惑い失敗したものです。
思考より行動。熟慮より拙速。
実戦においてはそれが要求されるのは、軍学校としては正しいのでしょうが、魔法学校としてはどうなのでしょう?
エミルのように、魔法の基本的な原理や術式の構成などを勉強しない生徒が増えているのは・・・。
「じゃあ、なによ。あの子の方があたしより魔術師として上だっていうの?」
「エミル。これは内緒だけど・・・あの子の実力は、教官クラスです。」
「ウソでしょ!?それじゃ、あたしどころか・・・」
「クラリス、事実?」
「はい。」
残念ながら事実。本音を言えば、おそらく教官の中でもメルよりも詠唱に関して実力が上と断言できる方は何人もいらっしゃらないでしょう。
そして、その事実は、数分を待たずに証明されたのです。
「・・・・・・・・・・・・我 人の子のひとりメルセデスが願う。「光」あれ!」
そうメルが詠唱を終えた時、講義室の天井には真昼にもかかわらず、煌々とした光源が出現します。
その前に出現した見事な魔法円、詠唱そのものの正確さと流暢さ、動作の滑らかさ・・・シャルノが悔しがるのがわかりました。
そう、今のわたしたちでは、メルには届かない。
そして、出現した光源の強さは、詠唱や動作が苦手な生徒たちにも、彼女の魔術の威力を実感させます。
しかも、それだけではありません。
「メル。もう一つだ。この前教えただろ。」
叔父様がいたずらを仕掛ける子どものような表情で、メルをけしかけます。
あんな表情は、やめてほしいです。35にもなって、人前で・・・恥ずかしい。みんなに見せないで。
でも、メルは本当にうれしそうに叔父様にうなずきます。
「はい。ご主人様。」
きっと、それを見たクラスメイトがみんな、メルが叔父様をどう思っているか気づいてしまう、そんな笑顔で。
そして、次の瞬間、メルは小さなワンドを一度振りして、
「『中和』!」
とだけ唱えます。すると、一瞬だけ魔法円が展開し、教室の天井に煌々とあった光源が消滅します。え?
「これって・・・」
「『中和』の術式の簡易詠唱!」
「うそぉ?」
室内が騒がしくなります。かなりの才能と訓練だけがなしえる、術名と一動作のみでの術式の行使です。
このクラスではまだ一人もできる者がいない簡易詠唱です。
この前はわたしにも見せなかったのに。また水をあけられた、その思いが沸き上がります。
「一応、軍学校だからね。教官の助手として文句言われないように慌てて仕込んだんだけど、うまくできるようになってよかったよ。」
「ご主人様のおかげです。」
「いや、メルの才能と頑張りだよ。」
ムカッです・・・そこ、二人で盛り上がらないでほしいです。
教室のざわめきも次第に収まっていきます。
叔父様がみんなにあらためて話します。
「どうだろう。わかってもらえただろうか。まず半獣人だから、というだけで、彼女を助手として認めないというのであれば、それは人として狭量だ。正当な理由も証拠もなしに相手を疑うというのは無礼であり愚かでもある。キミたちにはそんなものになってほしくない。そして、この子が人としての意識を持ち、かつ魔術師として優秀だというのは、今、証明したつもりだ。これで、彼女を認めてはくれないか!」
・・・そうやって、最初から叔父様が自分で話していれば、みんなもあんなに怒らなかったんでしょう。
でも、結果としては、メルの存在がクラスで認められるには、こういうことが必要だったのかもしれません。
まぁ。コミュ障にしては、頑張ってると認めますけど。
シャルノが一度わたしを見て、わたしがうなずいたのを確認して立ち上がります。
「教官殿。それに・・・助手のメル。お二人に謝罪します。わたしくしは、狭量で愚かでした。また、力量もない癖にいたずらに苦情を言っていました。本当に申し訳なく・・・」
「ええと、シャルノくん。謝罪は不要だ。」
「ですが、それでは・・・」
「キミは質問をして、僕はそれに答えた。教官と生徒として、お互い当たり前のことをしただけだろう?」
こういうことを普通に話す叔父様です。
子どもが間違うのは当たり前。
大人が教えるのが当たり前。
あの人にとっては、それが当たり前。
だから、子どもに教えられるように、いつも何かを勉強しています。
行動が伴わないこともありますけど・・・それもたくさん。
「・・・フェルノウル教官殿はお心が広いのですね。では謝罪ではなく、わたくしの質問に対し、真剣に誠実に答えてくださったお二人に感謝いたします。」
「うへっ。それは照れるね。」
室内に再び拍手が起こります。でもこれはさっきのものとは別のもの。
暖かいものにあふれた拍手でした。




