街Ⅰ
「とてもお似合いですね、可愛らしいお嬢様だ」
クライドの褒め言葉にジェスレーナは軽く会釈した。実際はその言葉に少しときめいているのだが、昨日よりは自分自身でもうまく隠せた気がした。
ジェスレーナの格好は貴族のお嬢様風である。黄色のドレスは裾にフリルがあしらわれており、胸には大きなリボンがついている。耳にはいつもより小ぶりな真珠のイヤリングがぶら下がっている。そして何よりも重要な部分は髪の色だ。銀色の髪を隠すため、長い黒髪のウィッグをつけている。その上からドレスの色と同じボンネットをかぶり、ウィッグが外れないようにしておいた。ジェスレーナの姿を見て、ジゼルは横で満足げな顔をしている。今回のコーディネートは全てジゼルに任せていたからだ。
「クライド様もお似合いですわ」
クライドの格好も軍服姿とは違い、前裾のみが短い茶色の燕尾服はスタイルが元々いいクライドの足の長さを一層際立たせている。
なぜ、このような恰好かというと、もちろん街にお忍びで行くからである。お忍びというからには、街の人に気付かれないようにすることが最優先だ。そのためにお城からは馬車で移動するが、途中下車をし、そこからは徒歩で街の中心部に行く計画を立てていた。ちなみに街には警備の数を前日よりも増やしているらしい。そして、馬車ということなのだが……。
ジェスレーナにとって、外に出ることが初めてである。つまり、人生で初めて馬車に乗るということだ。今回、一緒に同乗するのはジゼル、クライド、クライドの従者であるオーガストである。初めて馬車に乗るため、揺れで酔ったりしないだろうかと、ジェスレーナは不安に思っていたが、そんな心配は杞憂だったようだ。馬車の揺れは心地よく、横になってもいいと言われたら思わず寝てしまうほどだ。外の景色はまだ森の中だったが、それでもジェスレーナにとっては新鮮な光景だった。いつもは城の中から見ていた緑色がこんな近くできることが出来る。
やがて、街が少し見えてきた。すると、馬車はスピードをゆるやかに落とし、やがて停車した。周りの様子を見計らい、馬車の御者であるオルフィンがここで停車することを決めたようだ。馬車から降りて、砂利道の上に足をのせた。
「お疲れではないですか」
ジゼルがジェスレーナの顔を覗き込んできた。
「あら、全然平気よ。ねえ、それよりも」
ジェスレーナはジゼルに耳打ちをする。
「先程、クライド様にドレスを褒められた時、昨日よりも余裕があった対応じゃなかった?」
ジゼルは目をぱちくりさせ、同じようにジェスレーナに耳打ちをした。
「確かに、顔に出さず、姫様らしい対応だったかと思います」
「でしょう!?」
「ただし」
ジゼルはジェスレーナの元から離れ、しかし、クライド達には聞かれないように小声で言った。
「その時のジェス様の耳は真っ赤でした」
その言葉を聞き、ジェスレーナは思わず耳を手で押さえた。今度は耳だけではなく、その顔も真っ赤であった。