翌朝
次の日、ジェスレーナは眠い目を擦りながら、祈りの儀式を行うために礼拝室に向かっていた。昨晩は街に行くために興奮して眠れず、本を夜遅くまで読んでいたからだった。思わず小さく欠伸が出てしまいそうになり、慌てて手を口に置いた。
「ジェス様、昨日は遅かったのですか」
「街に行くことになったから、下調べをしておこうかと思って」
いくら街に行くことが自身も初めてだからといっても、向こうはお客様だ。少しでも街の魅力を他国の人にも伝えなきゃいけない。そう思い、街や国の歴史などの本をずっと読んでいた。儀式の後は侍女達にも詳しく話を聞くつもりである。それ以外にも、街に行くための服も選ばないといけない。出発はお昼過ぎだが、果たして間に合うだろうか。色々と考え事をしながら廊下を歩いていると、ふと外がいつもより騒がしいことに気付いた。
「なにか外が騒がしくない?ジゼル」
「……いつもより時間に余裕があります。少し外の様子を見てきましょうか」
二人が騒がしい声が聞こえている中庭に向かうと、城の近衛兵達が模擬練習を行っている所だった。黒いジャケットを着ている近衛兵の中に白い服に黒のズボンといった軽装の男性が一人いた。クライドである。クライドは一人の近衛兵と模擬練習を行っていた。
「あら、クライド様がいらっしゃいますね」
ジゼルも気が付いたようだ。
よく見ると、戦っている相手は近衛兵長である。さすが、衛兵を取りまとめている事だけはある。クライドは攻撃を防ぐことに必死のように見える。
「お前たち、ここで見学か」
声が聞こえた方を見ると、兄のエリアスが近衛兵と同じ格好で立っていた。
「おはようございます、お兄様。ちょっと声が聞こえたので」
ジゼルはすぐに頭を下げて挨拶をし、ジェスレーナは兄に朝の挨拶をした。
「ただ、お客様をあんな軽装で練習に参加させるとはいかがなものでしょうか。怪我なんてさせてしまったらどうするのですか」
ジェスレーナは苦言を言うと、エリアスはため息をついた。
「クライド王子からやりたいと言ってきたのだ。剣は練習用だから、怪我はしないし、相手は私か近衛兵長のどちらかだから無茶な戦い方もしない」
「戦ったのですか?」
「さっきな」
よくみると、右手には練習用の剣を握りしめていた。
「どうでした?」
「私の圧勝だ」
それもそのはず、エリアスは城の中でも一、二を争うほど武芸の達人である。物心ついた頃から近衛兵と共に訓練を行い、今でもこうして朝は近衛兵達に紛れて訓練を行っている。エリアスいわく、朝の運動だそうだ。
「それはさすがです、お兄様」
「……いや、そうでもないというか、少しな…」
「……? 何かございましたか?」
エリアスはしばし考えたが、何でもないと言い、今度は誰かを探しているかのように、あたりをきょろきょろ見渡した。
「エリアス様、フェリシア様はおそらく自室にいらっしゃるかと思います」
後ろに下がっていたジゼルがすっと一歩前に出て言った。
ジゼルの言葉にエリアスはそうかと答え、そのまま去っていった。おそらく、フェリシアの部屋に向かうのだろう。
「……朝の練習も途中なのによろしいのでしょうか」
「まあ、お兄様はもともと参加しなくてもいい立場でいらっしゃるから。それにしても、本当にフェリシア様がお好きよね」
兄のエリアスはもともと無表情で、顔色一つ変えない。そんなエリアスが唯一笑った顔を見せるのが、フェリシアの前だけだった。エリアスがフェリシアに一目ぼれをして、その日のうちに求婚したらしいのだが、あの朴念仁である兄がどんな愛の言葉をフェリシアに捧げたのだろうか。いつか、フェリシアにお茶の席で聞かなければとジェスレーナは強く思った。
「あんなお二方のように、ジェスレーナ様もなれたらいいですね」
ジゼルの言葉に耳を傾けながら、ジェスレーナはクライドの方を見た。練習はいつの間にか終わったみたいだ。クライドは近衛兵達と仲良く談笑していた。
「……そろそろ儀式の時間ね、参りましょう」
そう言って、ジェスレーナは礼拝室に向かうために城の中に戻っていった。