街Ⅳ
屋台には様々なものが売っていた。サンドウィッチや骨付きチキン、果物など歩きながら食べれるものばかりであった。せっかくなら、城では食べれないものを食べたいと、ジェスレーナは思った。でも、意外とお城の中でも食べれるものばかりだったため、どうしようと屋台の前をウロウロしていた。
「あれはどうだい?」
クライドが指をさした方を見ると、その屋台には魚がずらっと並んでいた。
「ちょっと待ってて」
そう言って、クライドはその屋台に行き、店主と少し談笑しながら何かを買って、こちらに戻ってきた。手に持っているのはお皿に頭がない何も調理がされていないような魚が二本、並んでいた。
「この魚は?」
「魚の塩漬けだよ、このまま手づかみで食べるんだ」
「て、手づかみ!?」
「大丈夫、骨はすでに取ってもらってるから」
見てて、と言いながら、クライドは魚の尾を手で持ち上げ、そのままガブリと口に含んだ。
「ひっっ」
一国の王子がまさかの食べ方をしたため、ジェスレーナは思わず声を出してしまった。
クライドはそんな様子を気に留めることなく、魚を食べていった。
「うん、美味い!この料理は手づかみで食べるのが一般的なんだよ。どう、挑戦してみない?」
そう言って、クライドは魚をジェスレーナの前に差し出した。塩漬けされていると言っていたが、見た目は生の魚と変わらない。しかも手づかみで食べるということはジェスレーナにとってはハードルが高かった。せめてフォークがついている料理を買ってから、そのフォークをで食べようと考え、辺りをきょろきょろ見回したが、フォークで食べるような料理を見つけることは出来なかった。魚をもう一度見て、ジェスレーナは意を決して、魚の尾を指でつまみ、そのまま口に含んだ。
「どうだい?」
「…美味しい、です」
口の中で塩気が広がり、想像していたよりも魚の生臭さを感じない。お酒を飲んだことはないが、ワインと一緒に食べたらきっと合うだろうなと思うような大人の味だった。
「でしょう?街で食べた時にこの料理を知ってたんだよ、初めて見た時は衝撃だったけどね」
「よく街にお忍びで行かれるんですか」
「お忍びもあるけど、街の人の生活を知りたくなったこともあったから。一か月ぐらい、身分を隠して街で暮らして、働いていたこともあったよ」
「働く!!?」
ジェスレーナは思わず声を上げてしまった。クライドのような大国の王子が街で暮らすことを許されたのだろうか。あの気難しそうなセブラス国王が許したとは思えない。しかも王子が街に出たら、ばれてしまったりするのではないだろうか。
「オーガストと一緒にだったらいいって許されてさ、大きな国だから城から一番遠い小さな街で暮らしていたけど、意外にばれなかったよ。だから、このお金は自分で稼いだお金だ」
そう言って、腰につけていた黒い袋をジェスレーナに渡した。ジェスレーナがその袋の中を見てみると、お金がたくさん入っていた。
「すごい…です。そんな王族の方で街で働いた経験があるなんて」
「まあ、本だけでは得られない知識があるからね。直接見るとだいぶ違うよ」
直接見る、その言葉がジェスレーナの胸に突き刺さった。直接、見たいと思ったが、城の外を出ることを禁じられており、なにか知る方法はないかと考えた結果が本だった。しかし、外に出てすぐに、本には載っていない知らない料理が目の前に現れて、食べると美味しくて、これが本当に「知る」ということだと痛感させられた。
「さあ、次は何を食べようか。あと、知ることに早いも遅いもないんだよ」
クライドの言葉にジェスレーナは顔を上げると、にこっと微笑んだ。
「君は本をたくさん読んできたから、知識が他の人よりも身についている。あとはこれから色々なことを直接見て、聞いて、触って、食べて、体験するだけだ」
だから、焦ることはないんだよ。そう声をかけてくれるクライドにジェスレーナは思わず泣きそうになってしまった。この人はなぜ、自分の考えていることが分かるのだろうか。心を見透かされているようだった。少し怖いと思ったが、それよりも欲しい言葉を掛けてくれることが嬉しくて、涙が出そうだった。
「まあ、他のものを食べる前に手を洗おうか。どこか、手を洗う所はないかな」
「…は、はい。あ、そういえばさっきのお金が」
「え?ああ、魚のこと?あれぐらい奢るよ」
「あ、すみません、ありがとうございます」
ジェスレーナの言葉にクライドはうーんと考えてから、小さい声でぼそっと話した。
「敬語で話さず、気軽に話しかけてくれてもいいんだよ?」
「え?」
「さっき一回だけ話しかけてくれたみたいにさ」
ジェスレーナはその言葉に思わず考えてしまったが、自身が敬語を使わなかったことがあったかどうかは思い出せなかった。
「私、敬語を使わなかったのですか?それならば大変無礼なことを」
そう言いながら、頭を少し下げて謝った。
「うーん、まだまだ手強いな」
「え?」
「まあ、もう少し一緒にいたら殻を破ってくれるかな。とりあえず他の屋台を見ようか」
そう言って、クライドは歩き出した。
ジェスレーナはその言葉の真意が理解できず、立ち止まっていたが、クライドが歩き出したため、慌てて追いかけていった。