街Ⅲ
クライドはとまどっていた。今までおとなしい態度だった婚約者が、突然、自分の手をとり、全速力で走っている。こんな二人で走っている間に色々な疑問点が出てきた。このお姫様の素はこんな感じなのか。城の中に引きこもっていたはずなのに、なぜこんなにも体力があるのか。そして、どこに自分達は向かっているのか。走り始めて、どれくらい経っただろうか。毎日、鍛えている自分でさえ、息切れしているのだから、彼女もかなりきついだろう。走るスピードも少し落ちてきた。一旦止めて、休憩でもと思った矢先―。
「あ、ここです!!」
そう言って、ジェスレーナが突然立ち止まったため、クライドは思わずジェスレーナにぶつかってしまった。
「す、すまない!!」
「い、いえいえ、大丈夫です!」
息が途切れながらも、ジェスレーナは笑いながら首を横に振った。
クライドはあらためて周りを見回した。そこは街の中でも大きな噴水広場だった。近くには時計塔があり、噴水の周りには子供達が花を観光客に配っている。簡易的な舞台もあり、その上では楽器を弾いているピエロの格好をした人達の前で綺麗な衣装を着た女性が踊っている。
「ここは……?」
「一応、ここが花祭りのメインとなる場所です」
屋台もたくさんありますよ、と言いながら、ジェスレーナはにこにこと話す。
「確か、城の外に出るのは初めてだったはずですよね?」
「はい、初めてです」
「なぜ、迷わずここに来れたのですか?まるで何度も来ているかのようでしたが…」
「時計塔が見えていましたし、それに…」
「それに?」
「昨夜、地図を見ていましたので…。絶対必要だろうなって」
予想外の回答にクライドは思わず声を失ってしまった。地図を見ていた?それだけで覚えていたということか?何度も来ているのであれば、頭に入れることは簡単かもしれない。しかし、初めて来る場所なんて、建物もどんな感じかわからないのにそんなことが出来るのだろうか。そんなクライドの顔を見て、ジェスレーナはあっと気づいて訂正した。
「あ、もちろん。昨日だけで地図は覚えていないです。もうずっと建物の挿絵と共に何年も見ていたので…」
「何年も?」
「はい、私は城の外に出ることを夢見ていました。だから、その日のために街の案内書や地図をずっと読んでいましたんです。外に出たらここに行きたいとか、こんなことをしたいとか、色々考えながら地図を見ていました。それが楽しかったんです」
そんな風に流暢に話していたジェスレーナだったが、ふと我に返り、次第に顔が真っ赤に色づき始めた。
「…あ、の、申し訳ございません…私、とてもはしたないことを…」
クライドはすぐに思いつかなかったが、考えるとあぁと納得した。
「走ったことですか?」
「本当に申し訳ございません!しかも殿方の手を自ら取るなんて、あ、あの、普段は…」
「普段通りでいいですよ」
「え?」
クライドの思いがけない返答にジェスレーナはとまどった。
「昨日のおとなしい態度よりも今の貴方が本当の貴方でしょう?私は正直に言うと、そっちの方がいいです」
だから、気を張らなくていいですよ。クライドにそう言われて、ジェスレーナは心の底から驚いた。姫はもっと優雅で清楚な方が好印象を持たれると考えていたからだ。しかも、自分は普通の姫ではない。
「とりあえず、今日は貴方にとっては記念すべき初めての外であり、しかも祭りだ。街を案内してほしいんだが、いかがかな?」
そう言って、クライドは手を差し伸べた。ジェスレーナは固まったが、おずおずと自身の手をクライドの手に乗せた。その様子にクライドはにこっと微笑んだ。
「いや、これは嬉しい誤算だった」
「え?」
「何でもない。さあ、まずどこから行きますか、姫君?」
「…え?え、えっと、屋台でなにか食べてみたいわ」
「よし、行こう!」
そう言って、二人は屋台の方に向かって歩き始めたのだった。