街Ⅱ
「……あの雰囲気をどう思いますか、オーガストさん」
「いや、うん、まあ、最悪ですね」
ジェスレーナとクライドが並んで歩いている後ろで、二人の付き人兼保護者がひそひそと話している。
「そもそも馬車の中でも話が膨らまなかったのに、二人きりにしていいんですか?先程から天気と趣味の話を繰り返しているだけなんですけど?」
「今後について考えると、二人きりに慣れさせておかないといけないでしょう、それよりも」
ジゼルは少し背伸びをして、オーガストの襟元を勢いよく掴んだ。
「ジェス様が頑張って話を広めようとしているのに、あなたの主人はなんですか」
オーガストはちらっと横目で二人の様子を見る。ジェスレーナが頑張って話をつなげようとしているのにもかかわらず、クライドは相槌を打ったり、軽く返答をするだけで話を広げようとしない。しかし笑顔で対応しているから、ジェスレーナはクライドの態度に全く気付かずに一生懸命話しかけている。昨夜の時点で興味が持てないとは言っていたが、さっそく態度に出ているということだろうか。いくら興味がないといっても、婚約者相手にあの態度はないだろう。オーガストはため息をついた。
「申し訳ございません、後で叱っておきます」
素直に謝ると、ジゼルの方もため息をつき、手を離した。
「…いえ、まあ、こちらもジェス様の話す内容が繰り返されていますしね」
確かに、「今日はいい天気ですね」を何回聞いただろうか。趣味が読書ということも何回聞いただろうか。それなのに、どんな本を読んでいるのかは話題に出さない。まあ、ここでクライドが具体的に聞いたらいいのに、聞かないからという理由もあるのだが。
「正直、人見知りではありましたが、ここまでとは思いませんでした。普段はもっと騒がし…明るい方なのですが」
「それでは慣れてきたら大丈夫じゃないですか。まだ、お会いしたばっかですし」
「あとは、初めてお会いした方には失望されたくないというところから色々と気を遣っていて話どころではないかもしれません」
「例えば?」
姿勢をよく見てください。そう言われて、ジェスレーナを見てみると、背筋がぴんっとしていて、とてもきれいな後姿だった。
「きれいな姿勢ですね。お会いした姫君の中でも特に」
「本当はジェス様、少し猫背なんですよ」
「え?」
もう一度ジェスレーナを見てみるが、そんな風には見えない。
「ジェス様は昔から特別視されてきたので、ご本人も姫のお手本的存在にならなければならないと思って必死なんです」
「……?それは、どういう意味でしょうか」
そんな話をしているうちに、辺りがだんだん賑やかになってきた。街の中心部に近づいたのだった。
「へえ、とても賑やかですね」
クライドがそうジェスレーナに話しかけたが、何も返答がなかった。おや、と思い、ジェスレーナの顔を覗き込むと、彼女の頬はほのかに赤くなり、瞳はきらきらと輝いていた。
どこからか音楽が流れ、道には様々な屋台が並んでいる。家の玄関には花が飾られており、人々も頭の上に花冠を被って楽しそうに談笑している。これが夢に見ていたお祭りであり、なによりお城の外に出ているということに今更ながら実感が湧いているのだ。
その様子を見て、ジゼルはなにか思いついたような顔をして、ジェスレーナの所に近づき、小声で話しかけた。
「ジェス様、今のあなたは姫ではありません。ただの貴族のお嬢様です、一般市民です」
「…一般市民」
「そうです、今のあなたはジェスレーナ様と気づかれない方が良いのです」
気を張らずに今日は楽しんでくださいませ、そう言って、ジェスレーナの肩をぽんと押した。
今は姫と気づかれない方が良い。気を張らなくていい。
「いかがなさいましたか?」
クライドがそう声をかけた瞬間。
「私、実は行きたい所があります!」
「え!?ちょっ」
そう言って、クライドの手を取ると、街の更に中心部へ走っていった。
「よし、普段のジェスレーナ様に戻りました」
「いやいやいや、早く追っかけないと!」