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妄想の帝国 健康管理社会

妄想の帝国 その2 健康管理社会 健康警察24時 肥満撲滅隊篇

作者: 天城冴

医療費増大を防ぐため健康絶対促進法を制定したある国家では、国民の健康を管理するとある組織が設立された。

 その組織”健康警察”の仕事をテレビ局がドキュメンタリーしたのだが…

 増大する一方の医療費削減のため政府はある決定を行った。

“健康絶対促進法”を議会に提出したのである。。

その内容は、健康維持のため、あらゆる不健康な行動、食生活や生活習慣などを禁止するという法案であった。

この法案は個々人の権利を侵害するとして反対もあったが

“政府に健康にしてもらえるんだからいいじゃん”

“自分の不摂生で病気になるやつのために医療費を払いたくない”

などの法案賛成の意見が多数あり、法案は可決された。

そして、不健康行動を取り締まる“健康警察”が設置された。


「出るぞー」

掛け声とともにいつものように専用スーツに身を包み、健康警察、肥満撲滅部隊が一斉に外に出た。

だが、今日はいつもとは違っていた。

「太井隊長、今日はよろしくおねがいします!」

今時珍しい本格的カメラを背負ったカメラマンの細田と、マイクを握りしめたアナウンサー美々間が挨拶する。

「ああ、こちらこそ、我々の活動の宣伝にもなりますから」

太井はやや緊張気味に答えた。

「健康絶対促進法が設立されて、我々の組織も新設されましたが、まだまだ一般人に認知度は低いですから」

「そうですね、我々も何をやってらっしゃるのか、全然知らないので楽しみです」

興味津々で太井にマイクをむける美々間に、太井は検査キットを差し出した。

「では、まずこのキットで検査させていただきます」

「隊長、ちょっと痛いんですけど」

「すみません、血液採取が必要でして、ふむふむ、美々間さん、さすがですねえ、ほぼ健康とされる数値をクリアしています。血糖値、ヘモグロビン値などなど」

「わ、健康診断みたいですね」

「まさにそうです。これは対象者が“健康”であるかどうかをチェックする簡易キットです」

「なんでチェック必要なんですか?」

「我々の仕事は主に著しく不健康な人間に対し、生活の矯正を指導し、それができない場合拘束、健康生活施設に収容することや、不健康を助長する食品などの販売の摘発などがあげられ」

マイクを向ける美々間にこたえる太井だったが

「隊長、目的地に到着しました」

との部下の呼び声に

「わかった。すみません美々間さん、我々は最初の仕事にかかりますので」

「あ、あの私たちもついていっていいですか」

太井はちょっと考え込んで

「許可はでますが、その、邪魔はしないでください」

美々間に答えた。

「も、もちろんです」

美々間はカメラマン細田とともに太井に続く。

ビルの階段を降りるとドアがあり、隊員たちが太井を待っていた。

「ここか、“肥満同盟”本部は」

「はい、通報によると、この地下の店舗を借り切り、ポテトチップスなどのスナック菓子、白砂糖10個以上に相当する甘味料入りの炭酸飲料、マーガリンなど不飽和脂肪酸の入った糖質の高い菓子パンなど現在販売禁止されている飲料や食品で食事会を開いているそうです」

「よし、全員逃がすなよ」

「裏口にも隊員を配置しております、準備完了です」

太井と部下の会話に耳をそばだてる美々間だったが、会話の内容に首をかしげた。

「ねえ、細田さん“肥満同盟”って何?」

「美々間ちゃん知らないの?あれだよ、健康絶対促進法に反対するデブの集まりだよ、ほらさ、“好きなものを食べる権利を認めろ”って、デモ取材したじゃん」

「え、あれ、あのメタボの集団?でもあのときのデモ主催者はBMI30以上の会ってやつじゃなかった?」

「だからさ、それは正式名称。肥満同盟ってのは、通称っていうか、世間での呼び名なんだよ。BMIなんたらじゃ、ぴんとこないじゃん」

「確かにそうね。でも、あんまりな名前…」

美々間が言いかけると

「突入―」

ドアがこじ開けられ一斉に隊員たちが中になだれ込む。

店の中には丸いテーブルを囲み、よくいえば大柄、悪く言えばメタボな人間たちが何かをほおばっていた。よくみると、ジャガイモをスライスしたり、スティック状に裂いて揚げた菓子や小さくねじってサクラエビの粉末を練りこんだ菓子を両手いっぱいに握っている。口の周りに菓子のくずをいっぱいにつけたものや、口に入れすぎて、唇から菓子がこぼれそうになったものもいた。グラスになみなみ注がれた濃い茶色の炭酸飲料を今まさに飲もうとしていた男がこちらに向かって叫ぶ。

「て、手入れだー」

「健康警察の奴等だ、畜生」

「に、逃げろー」

 菓子やグラスを手にしたまま逃げようとする男女。炭酸飲料の一気飲みをしたところに踏みこまれゴホゴホとむせて、倒れるものいる。

「逃げないでください、逃げれば検査なし、健康診断書の提出なしで、施設に収容です」

台詞は穏やかだが厳しい口調で太井がいう。

「やだー、どうせ検査しても無駄なんだー」

大声で反論する男をみると、体型はかつて国技であった相撲の力士とほぼ同体型。さらに顔には吹き出物だらけで、首の皮膚もたるんでいて乾燥が激しい。手の爪も凸凹している、あきらかに不健康の兆候だ。

“これじゃ確かに診断しても不健康レベルってなるだけね”

美々間は男を横目で見ながら小声でつぶやいた。

 男は隊員に拘束され、引きずられながらわめき散らした。

「わーん、スナック菓子を食べただけなのになんでこんな目にー」

「おい、お分かりでないようだったら、拘束理由を教えて差し上げろ、ついでに拘束者の権利もな」

「は、拘束者のマイナンバーは、これか。っと…照会中、照会終了。揚物満さんですね」

揚物を拘束した隊員がマイナンバーで健康状態を確認する。

「BMI45で医師から生活習慣、食生活の改善を申し渡されていたにも関わらず、それを無視し、矯正施設にも通所しなかった。また、BMI30以上の会に参加し、非合法活動、禁止された不健康食品や飲料を大量に摂取し、自身の健康を損なったこと、この二つの法律違反により拘束」

「我々の権利はどうなるんだ、僕は食べたいものを食べただけだ」

揚物の叫びには全く耳を貸さず、隊員は権利を読み上げる。

「拘束者はただちに健康矯正施設に送られるが、個室に居住し、外部との連絡は自由。ただし睡眠、運動、食事は管理され、場合によっては健康促進を阻害するネット情報閲覧を制限される。正しい生活習慣の管理は個々人のDNAや経歴により専門スタッフが健康体になる矯正プログラムを作成し、拘束者である揚物氏はこれに従う」

「ぼ、僕にも仕事がー」

「すでに拘束された旨は勤務先に送信されていますので、自動的に懲戒解雇です」

「そ、そんな、たかがポテチを食べたぐらいで仕事も失い、施設送りなんて」

次第に涙目になる揚物。

「くそう、横暴だー、ポテチ一枚でー」

その言葉に太井が

「何を言うバカ者!肥満の害を知らないのか。その一枚が肥満を招くのだ」

と怒鳴った。

「肥満は万病のもと、脳疾患、心疾患、肝疾患などと高い関連がある。過剰な当分の摂取が血管を傷つけ、高血圧や糖尿病にもなるんだぞ」

「で、でも今の医学じゃ治療は」

「そんな考えだから、いつまでたっても医療費が減らんのだ。発見が遅くなるほど治療費が増大する」

「じゃ、じゃあ医者にかからなくてもいいよお」

「そういうやつほど、痛くて我慢できなくなると病院に駆け込みやがる。だいたい治療せずにほっておけば、症状が進行する。酷い疾患は治療不可能となり、死を招くこともある。死ななくても重度の糖尿病では手足が壊死し切断、腎臓機能が低下し人工透析や腎臓移植が必要になり、目が見えなくなり、神経症も引き起こすのだ」

「そ、そんな病気のオンパレードみたいに」

「いや実際にオンパレードだ、ガンやアルツハイマー病にも関連性があるという研究結果もあるぐらいだ。食物依存は薬物依存に酷似しているという研究もある」

「うわーん、肥満は、メタボは悪なのかあ」

太井に論破され、しょげる揚物。

「そうだ、悪だ。まだ納得できないのなら、これを見ろ」

太井がスーツを脱いだ、とその足をみた揚物は驚きの声をあげた。

「そ、その足、最新型のシリコン樹脂製強化義足?」

「そうだ、私もかつて肥満だった。母はシングルマザーで私を妊娠中、極端な栄養不良状態だったため、私は普通の人間より太りやすい体質になった。そのため食べる分だけすぐ太り、ついには糖尿病にかかった。しかし」

太井は下を向いて

「当時いわゆるブラック企業に勤務していたため、医者にも行けず、良質な睡眠もとれず、食事も添加物まみれの糖質の高いものばかりだった。そのため病が進行し、気が付いたときには足を切断する羽目に…」

すすり泣く太井。他の隊員たちも、もらい泣きする。美々間が隊員たちをよく観察すると目にゴーグルをした隊員や不自然に腕が大きい隊員などがいた。

“この人たちひょっとして病気がひどくなって体の一部を切り取らなきゃならなかったのかしら。隊長と同じように”

「だから、肥満は悪だ、撲滅すべき病なのだ。揚物さん、わかっただろう、このようなことになる前に矯正施設でスリムな体を手に入れ、第二の人生を歩むのだ」

コクリと頷く揚物。

「もし、手遅れでも望めばこの最新型義手、義足、義眼が手に入る。健康警察に入ることが条件だが。内臓が傷ついた場合もIPS治療の治験者になることもできる、成功は保証できないがね」

先ほどまでとはうってかわって大人しく連行される揚物。他の会員たちも自主的に隊員たちに従った。

「さて、彼らを署に連れ帰れば、今回の任務は終わりだ」

撤収を指示する太井の後ろで美々間が中継を終える。

「皆様、健康警察24時 肥満撲滅部隊の皆様の活躍をお送りいたしました。次回もまたお楽しみに」


***

「隊長、お疲れ様です」

テレビ局が帰った後、肥満撲滅部隊は本日の報告を行っていた。

「今日の成果は、と拘束15人か。で、全員施設送りか」

「いえ、3名が取引に応じました」

太井はため息をついた。取引、それはすなわち食品会社の実験の被検者となることだった。スナック菓子などの健康に悪いとされている菓子をどれだけ摂取すれば病気になるかという人体実験である。

「はあ、いくらスナック菓子が食べ放題といっても、自分の体を実験台にするとはな」

「しかし、隊長。メタボにならないための菓子の開発と摂取量の上限の研究は必須でしょう。オオイケ屋やカルカルピーも主要製品が販売禁止のままでは会社が立ち行きませんし」

「それなら、肉に似た野菜でも開発すればいいんだ。まったく。そういえばあの揚物って男は」

「そいつですか」

隊員が揚物の調書をパラパラとめくると沈んだ顔になった。

「健康検査や今までの経歴から、V施設送りです」

「Vか、くそう、やはり間に合わなかったか」

「隊長、これは本人の責任で」

「だが、わずかな希望を持たせてしまったのだ。いくら当分は好きなだけ好きなものを食べられ、ぐうたらと休める生活が送れるとはいえ、結局は食べられるんだぞ」

隊員たちは黙り込む。

V施設、それはもはや矯正不可能となった肥満者を一定期間養ったうえ、秘密裏に世界中の美食家の食卓に提供する施設なのだ。料理の材料として。

もちろん人道的に許されない扱いで、一般には極秘の施設である。しかし、さすがに拘束任務を請け負う肥満撲滅対にはあからさまでないにしろ、V施設がなにを行っているか、おおよそ知らされていた。

「いくら格差社会とはいえ、人を食べるとはな」

「世界中の億万いや兆を超える資産をもつものの特権ですが、趣味が悪いというか。青年の血を輸血して若返るということをやるやつも。政府が裏の主要輸出品としていますし」

「く、我が国政府には金がないのだ、医療費だけでなく政治家の無駄遣いも半端がなかったしな。我々の義手、義足、義眼などを賄う金もそこからでている」

「我々は自分たちの体の維持のためにはこの仕事を続けなければならないのですね」

悲壮な顔で言う隊員の一人に、太井が答えた。

「嫌な仕事だが、仕方がない。それに我々が肥満者の情報を早くつかみ、矯正可能な段階で拘束すれば、彼らがVなんぞに送られることもなくなるのだ、。さあ、落ち込んでいる暇はないぞ。今日は休め、明日も頑張って一人でも多く肥満者を救うのだ」

隊員たちはうなずき、帰り支度を始めた。

( BMI=体重㎏÷((身長ⅿ)×(身長ⅿ)) 日本では25以上の値が肥満とされています)


肥満について現在の研究をよりお知りになりたい方は

ニュートン別冊「肥満のサイエンス」や科学雑誌「日経サイエンス」「ニュートン」などをお読みになるのが良いのではないかと思います。


またこの作品に対し非難、批判、座布団をなげられるなどがあまりないようでしたら、喫煙矯正篇、ブラック企業新方針篇などが続く予定です。

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