やらかしちゃったよ魔王退治
私の精一杯のギャグ系です、はい
自然に愛された世界。
そう言い表すことすら世界に対して失礼と思えるほど緑に満ち溢れた世界で俺は右腕を横に広げたまま固まっていた。
世界は果てしなく広い。肉眼では水平線の彼方まではとてもではないが見えず、山と森、そして海が世界を隔てるようにして存在感を露わにして――いた。
もしもこれが日本で同様に見られたならばすぐさま木々は伐採され土地は開発されるだろう。誰もが土地を争うほどに豊かな自然はそのままでも良し、農作物を育てても良し、一部分だけを残して自然豊かな住宅街とでもキャッチフレーズをしても良しといった程である。俺も死んだらここに骨を埋めて欲しいならくらいにはこの世界が好きになりかけていた。しかしながらそれはもはや叶うことは無い。世界は死んだのだ。滅ぼされた。
俺がこの世界に転位する原因となった魔王のせいではない。
これは絶対的に俺のせいだ。
まさかこんなことになるだなんて思ってはいなかった。
世界を救うと意気込んでいた俺が世界を破滅させるだなんて……まだ魔王の方が世界を均衡に保てていたはずだろう。
あれはまだ俺の体感時間で一時間くらい前のことだった。
ああ、俺はこの世界に来て一時間でやらかしてしまったのだ。
元の世界では俺は普通の高校生だった。
勉強をたまにサボりながら恋に溺れることもあり、そして学友達と青春を送る。
絵に描いたような青春活劇。誰かが俺を主人公とした学園ものの漫画を描いてくれるならかなりの脚色が必要にはなるが、俺にとっては充実した生活であった。
「決めた。俺は明日、姫ちゃんに告白する!」
そうファストフード店で学友と駄弁っていた時、俺は決意した。
きっかけは学友の1人が彼女をつくったという俺たちにとっての衝撃の事実からであった。
あいつが出来るなら俺達もできるだろ。そうみんなが言ったため、俺もそれに乗っかった。
「おい、姫ちゃんって……あの姫ちゃんか?
「学年一どころか学校一と名高いあの?」
「ああ、そうさ。俺は姫ちゃんに告白する。そして俺は王子になるんだ」
そんな他愛ない会話を終え、帰宅路についた俺であったが……その帰宅路で死んだ。
信号はちゃんと確認したはずであった。確かに薄暗い道であり、他に通行人がいなかったし、学生服は黒いから見えにくかったのかもしれないが……それでも俺を殺すために突っ込んできたとしか思えない。
道路を渡っている最中に横から強い光が当てられたのを感じた俺はトラックがこちらに向かって、信号無視をして走ってくるのが分かった。まだ距離はある。そう思った俺は反対車線へと急いで走り、これで大丈夫だろうと道路の向こう側まで歩いていた。
それなのに……なぜだ。トラックは車線からはみ出して俺を狙って走ってきた。俺がそれでも避けようとしたがトラックは俺を仕留めようと微調整してくる。
100人でやるFPS系のゲームだってもう少し操作が難しいぞ。どれだけ細かい調整を重ねて俺を轢きに来ているんだよ!
そう突っ込むことも無く俺はトラックに潰されたのであった。
「やっと殺せたか……」
「う……ん?」
幼い声がして俺は目覚めた。こんな言い方をするとまるでロリコンみたいだ。
声がしたから俺は目覚めた。こちらが正解。
「何なんだこいつはいったい……何人のトラック運転手の思考を操作させるんだよ……。10人目でようやく、しかも私が直接ハンドルの操作までさせられるとは思わなかったぞ」
何やらぶつぶつと呟いている。
目を開けるとそこには幼女がいた。金髪の幼女だ。話し方からしておませなお年頃のようだ。
「ここはどこだ……?」
「おお、目覚めたか。私は神様だ」
「神様ってことはここは死後の世界か」
「ああ、そうだ。実はな、手違いでお主のことを死なせてしまったのだが……」
「……」
「……」
先ほどの独り言全部聞こえていたよ。とばかりに自称神様の幼女を睨む。
「手違いだ」
「いや、故意だろ」
「て、手違いなの! これは手違い……なの……」
幼女は泣きそうだ。
傍目からだと俺が悪いのだろうが、これは俺の生死の問題だ。強気に出させてもらう。
「……で? 俺を殺しておいて何の用なの?」
「お主……本当にどういう頭をしているのだ。落ち着きっぷりが半端ないぞ。トラックが迫っても冷静に対処しようとしていたし」
だって、あんなの避けるか留まるかしかないし。
俺は死にたくないから避けただけ。
「はぁ……可愛げがないのぅ」
「そんな言葉は彼女に言われたら嬉しいかもしれないが出会ったばかりの幼女に言われても何も嬉しくない」
「さいですか……。それよりも、私はお主にやってもらいたいことがあるのだ」
「やってもらいたいこと……? それをやれば俺は生き返れるのか?」
「生前にそこまで未練があるのか? それほど言うならそれを褒美にしてやってもいいが……」
「は? 生き返れるのは当然の権利だろ。権利とは別の褒美をくれ」
強気に出ております、俺。
これでこの幼女が突然鬼にでも化けたら俺終わりだな。
「……まあよかろう。元は私が悪いのだしな」
言ってみるものだ。
何をやらされるのかは分からないがさっさと終わらせて姫ちゃんと付き合えると言う褒美をもらうとしよう。
「実はな……とある世界を支配する魔王を倒して欲しいのだ」
「時間かかる?」
「お主の強さ次第じゃが……最低でも数年はかかるだろう」
「じゃあ嫌です」
「……先ほどから流れるように私に対して否を唱えるよなお主」
嫌なものは嫌だしな。
その辺にお使いに行くかと思ってたわ。
「そんなことやってたら俺の青春が無くなっちまうだろ」
「いや、それは私の神様的なパワーで時間の流れは無かったことにしてあげるから」
「じゃあやる」
「……今度は即決か。本当に大丈夫かなぁ」
首を捻る金髪幼女を尻目に俺は生き返った後のご褒美について妄想していた。
姫ちゃんのお姫様的な場所を……ぐへへ。まだまだ初々しいお姫様を俺が女王様に育ててあげるからね。
「お姫ちゃんを勝手に女王様にするな。てか何でお主の妄想の中のお姫ちゃんはお主を踏んでいるんだ」
「なに勝手に思考を読んでいるんだ。覗くな、プライバシー保護法違反だ」
「私は神様だからお主の思考は勝手に流れてくるんだよ……。とにかく、まずはお主の力についてだ」
「それよりも何で俺が選ばれたんだ?」
これは気になるところだ。
こいつは執拗に俺を殺そうとしていたんだろ?
俺にそこまで秘める力でもあるのだろうか。
「いや神様のお話をぶった切るなよ。本当に恐れ知らずだなお主。……お主を選んだのは与える力にも関係している」
「kwsk」
「実はな、私の与える力は強大すぎて普通の人間には身に余る者なのだ。そこらのやつに与えてしまうとパーンッだパーン。その点、お主は力を制御する術を持ち合わせている。恐らく生まれつき備えていたのだろうな」
「ktkr」
「これから行ってもらう世界は魔王が支配するもの。まだ魔王は完全には力を出し切れていないため早めに倒して欲しい。私の与える力はお主の身体能力を魔王にも対抗できるものにすること、そして世界をも破壊する程の力を秘めた武器だ」
「wktk」
「……さっきから何でネットスラングなんだよ。理解しているのか気になって仕方がない」
「すべて理解した。後は俺に任せろ」
「格好いいセリフだが、本当に任せてもいいんだな? いいんだな?」
「俺に任せれば魔王だって何だって倒してみせるさ」
俺は自分の胸をドン、と叩く。
「それで、俺にくれる武器っていうのはどんなものなんだ?」
幼女は腕を組んで頭を捻っている。
可愛いが、あざといから少し腹立たしい。
「それなんだがな、お主は曲がりなりにも高校生だっただろ? だから武器なんて持ったことはないと思う」
「まあそうだな」
「だからこちらでいくつか用意するから自分で手に馴染んだものを選んでほしい」
「ふむ。何か試し切り出来るものでもあるか?」
俺がそういうと幼女がいくつかの案山子をどこからともなく取り出した。
「神様パワーだ」
「その神様パワーで魔王倒せねえの?」
「神様パワーは世界に干渉できない」
俺を殺すために干渉しまくってたみたいじゃねえか。
「ほら、武器だ」
幼女は懐から大剣、ナイフ、斧、ハンマー、刀、銃、弓矢などいくつもの武器を取り出す。
正直、懐から取り出せるものでもないし締まっておけるほど広くは無いはずだがもう気にしない。神様パワーだ。
「性能はどれも一緒だ。自分が一番扱いやすいものを選んでくれ」
さて、武器選びくらいは真面目にやるか。
まず、候補は剣だな。勇者ぽいし。
ハンマーや斧は駄目だ。あれはパーティーの脳筋ポジのおっさんとか兄貴分が装備するタイプだ。先陣切って魔王戦で死ぬやつ。
ナイフや弓矢は何か根暗なやつが使いそう。暗殺とか、そういう暗闇に潜んで殺すのって勇者の仕事じゃなくね?
どうせなら目立ちたいし活躍が分かりやすいものがいい。
「これかな」
俺はれっきとした日本人。
大和魂がうずいたから刀にした。
「ほう、日本刀か。扱いにはちと慣れが必要にはなるかもしれない。存分にこの場で練習していくといい」
「ああ」
刀を振り上げる。振り下ろす。
この単純な作業を何度も行っていく。
幼女による神様パワー的な身体能力の強化とやらはすでに行われているのか、幾度刀を振るっても疲れはない。
「……」
刀を振り下ろす際に手首を捻ることで軌道を変える。
これを練習しておくことで近接戦では変幻自在の攻撃ができるだろう。
「そういえば魔法なんてのは使えたりしないのか?」
王道ファンタジーなら勿論使えるよな?
少し使ってみたい回復魔法。怪我を次の戦いには持ち込めない。
「魔法はなー使えることは使えるんだが、魔王率いる魔王群には一切効かない。生活に役立つくらいだな」
「は?」
「そもそも魔を操る王が魔王であってだな、あいつらは常に魔を見に纏っているから魔法なんてのは効かないんだよ。水に水をぶつけてもただ混ざるだけなのと一緒だ」
「……じゃあ回復魔法は?」
「ない。薬草があの世界の最高水準の医療だ」
「……帰っていい?」
「駄目。もう力を与えたからそれで魔王倒して来て」
そんなわけで幼女に強制的に神様パワーで異世界へと送られていった。
エレベーターに乗せられたが、美女が異世界の階まで案内してくれたから少し気分が良くなった。
「こちらー異世界ー異世界ー」
「やっとついたか……」
エレベーターに乗ること一時間。こんなにかかるとは思わなかった。椅子用意しとけや。立ちっぱなしでお姉さんと話すことも無くなって30分無言は地獄だぞ。
エレベーターを降り、背後を見るとすでにエレベーターは消えていた。
後は自分でどうにかしろというのだろうか。
……しかしここは森の中か。
大きく息を吸うと鼻から木々の香りが胸いっぱいに広がってくる。
地面には草が生えているが青臭さはない。土を踏みつけても足元は汚れない。……俺の衣服までもが強化されていないのだったならこれはこの異世界における植物や土が良質なのだろうか。
「まずは誰かを探すか」
俺の今の装備は学生服にスニーカー、そして腰に刀を装備だ。
元の世界ならばまず間違いなく通報されている。もしくは痛い人を見る目で見られる。
学生鞄? 元から持ってないよ。教科書なんて全て机の中だ。財布とスマホは文化の持ち込み禁止だとかでエレベーターガールに取られた。……絶対後で取り返す。
「そうだ」
思いついたことがある。
せっかく刀を装備しているんだ。しかも俺が自分で選んだ刀だ。
試し切りを十分にしているからこれは俺の満足感を得るだけのものになってしまうがせっかくだからやっておこう。
「よっと」
腰に下げている刀を抜くと俺はそれを宙に放った。
あれだ、回転しながら落ちてくる刀に腕を差し出して斬り落とされないかチャレンジだ。見事斬られずに腕が無事なら刀に認められているって証拠だ。
まあ幼女からもらった刀だし、俺の身体能力は強化されているから大丈夫だろう。これはただの遊びだ。
そう思っていた俺だったが、
「やべ」
思っていたよりも高く放り投げすぎた。
身体能力強化を甘く見ていた。
強化された視力で見ると空に浮かんでいる雲を突き抜けてしまっているようだ。
あ、ようやく落ちて来た。数千mは飛んだのかな。
真上に放られていたのか、俺の左腕目掛けて刀は落ちてくる。しかもちゃんと回転している。
「まあ、結果的にはやろうとしていたことには変わらないだろ」
多少の不具合はあっても結果良ければそれで良し。
さて、左腕を無事に通過してくれよー。
「……」
やばい。近くまで落ちてくると思っていたよりも回転する速度が速い。
トラックなんて比じゃない。シュレッダー並みに間に阻むものを拒むとばかりに勢いよく回転している。
普通ならここは腕を引っ込めるところだろう。
だが、俺は魔王を倒す男だ。こんなところでびびってはいられない。
「ええい、ままよ!」
目をくわっと見開き、左腕の行く末を見守る。
回転する刀は左腕に触れる――や否や次の回転を行い、そのまま左腕を通り過ぎていった。
「ふうー」
安堵の息を吐く。左腕は無事であった。
これで俺は刀に認められたのだ……なんちゃって。
「さーて刀に名前でもつけてやるかね」
三代何たらはさすがにまずいか。
そもそもでこれが何代目か知らないし。
「うーん……ん?」
俺が悩んでいると足元からピキリと音がした。
見やると、地面に刺さったはずの刀がまだ回転していたのだ。
「……………………は?」
刀はそのまま地面にめり込んでいく。というか、潜り込んでいく。
回転する刀に俺も安易に触れられず見ているだけになる。
周囲に少しつ亀裂を走らせ、刀はより深く潜っていく。
そして刀は、見えなくなった。
「あ、あ、あああああああああ!」
異世界に来て早10分。刀を紛失しました。
はい、これで魔王倒せませんね。俺諦めちゃったし。
そこらの武器屋で勝った武器とか絶対あの刀に劣るでしょ? 無理だよそんなん。チートだチート。俺はチートで闘いたいんだ。
「仕方ない。ぼーっとしよう」
その場に腰を降ろしてぼーっとする。
周囲には自然が溢れている。いくら見ていても見飽きない。BGMが少し遠くで刀が地面をガリガリと削る音でそれが現実に引き戻してくるが無視だ無視。俺には最初からあんなの持てあましてたんだ。
そうして1時間程経った頃。
ふと我に変えると刀が造り出した地面の亀裂が広がっていた。具体的には地割れかよっていうレベルにまで。
「え? ……え?」
亀裂の底を見るとまだ刀が地面を削る音が響いていた。嘘やろ……。
「これはあれだな……」
このまま刀がいいところで止まってくれる保証はない。俺の強化された身体能力で回転した刀はこのまま世界を両断するかもしれない。両断しないにしてもただ中央に穴が空くだけでも重力だか引力だか知らないけどまずいってのは俺にも分かる。
よくよく思い出してみれば幼女も与える武器は世界を壊しかねない力とか言ってたし。現実に壊してるし。
いつになるかは分からないが、世界は壊れるだろう。その時に責任問題で問われるのは誰? 俺。
あわわわわ。魔王より先に世界滅ぼすとか止めてよね。
だがこれで腹はくくった。
「タイムリミットは何時か分からない。だが、世界が滅亡しようとしているときに俺は黙って寝てなんかいられない!」
俺はすくっと立ち上がると森を走る。
「待ってろよ魔王……」
俺がやることは1つ。先に魔王を倒す。そして魔王を倒した権利で俺は元の世界に変える。
だって……ねぇ? 魔王を倒せとは言われたけど世界を救えだなんて言われてないし。俺も魔王を倒すとしか言ってないし。多少の犠牲は必要だ。
「世界が滅びる前に俺は帰る! そしてお姫ちゃんで女王様プレイをするんだ!」
俺の冒険は始まったばかりだ!