Liquor from 20 years old.
俺が無表情で答えると、オカマは比べるように俺ら姉弟を眺める。
「えっと、そちらがお姉さん?」
「そうだけど。」
「佐倉 咲乃です。」
俺たち二人は同時に口を開いた。
姉は得意の人懐っこい笑みを称えて愛想よく名乗る。
「ボクは、セオです。」
オカマもつられて自己紹介をした。
そういえばまだ名前を聞いてなかったか、と今気付き、まああんな状況で
“わたくしこういう者ですが、”なんて言いだすタイミング無いよなー…と思い出していると、セオ
が「ほら、レイも」と横で半眠りのレイを突くのだった。
「あぁうん。ユウヅキ レインです、よろしく。」
レイは舌足らずな口調でぼそぼそ呟く。
聞こえ辛かったが、本名がレイではなくレイン、であることは解った。
「よろしくね。」
姉が営業スマイルを顔面の皮膚に張り付けたまま答えて、マグカップを人数分用意するために食器棚を探った。
「ところで、みんな音楽してる人?」
姉が聞いたせいで俺は自分の名前を言うタイミングを逃し、まあそれでも良いか、と冷蔵庫の扉を開けた。
部屋の傍らに固めておいてある2つの黒いギターケースと機材のケースは嫌でも目につく。
オマケに全員黒づくめ、とくれば一目瞭然な出で立ちで、セオはそうです、と返答した。
「ボクはベースで、レイは歌です。そこで爆睡してるのがギターで。」
そこまで説明されて、俺は手に持っていたジャム瓶をフローリングの床に落とす。
歌、って事はレイがバンドの看板でもあるボーカルってことか
――――自分で推測していたメンバー構成が的外れだったことに驚愕した。
「ちょっと、床がへっこんじゃう!」
「すまんね。」
俺は姉の叱責に軽く謝り、振り返ってセオに聞く。
「昨日、店にいたもう2人は?」
「あー、アイツらは元・ドラムとマネージャーよ。」
セオは心底ウンザリ、とでも言うようにため息交じりに呟いた。
「へえ、マネージャーがいるなんて凄いじゃない?」
元来より好奇心旺盛な咲乃が目を丸くして手を合わせ、感心している。
コイツは……多分、仕事先でもこんな感じで接客してんだろうな、と姉のブリッコ仕草を見詰めながら俺は複雑な気持ちで食パンをトースターにセットした。
「いえいえ、全然凄いことなんて無くって。バンドってちょっと目立ってくるとファンの子がすぐマネージャーに立候補してくるんです。」
セオは片手をひらひら振りながら自嘲気味に言う。
「んで、メンバーの一人とくっ付いてトンズラするってのが、バンドアルアルなのよねー。」
「ええ!?」
そこでいきなり素っ頓狂な叫び声を上げたのはレイだった。
「エイスケと沢野さん……いなくなっちゃったの?」
「そうよ、っていうかレイ、昨日のこと覚えてないの!?」
「なんにも。」
何も、とは………
俺とセオは思わず視線を交わす。
「どこから、どこまで?」
「皆でお店に行って、セオくんに“それお酒だけど”って言われた辺り、かなぁ?
……で、今?」
「昨日ここに来て話し合った事は?」
セオはレイの両肩をがっしり掴んで問いかける。
「話、なんてしてなくない?」
レイは狸か狐につままれたように意味不明だ、とでも言うように聞き返した。
うわあ……俺は酒の怖さを思い知って全身を震えあがらせた。
居酒屋で働いていれば嫌でも目にする、酔っ払いの失態。
次の日こんな感じで完全忘却してしまうのだとしたら、恐ろしいにも程がある。
姉も仕事がら飲酒する人種だが、魔術に掛けられたようにケロリと記憶をなくしたことは無い、はずだった。