2019/8/12_14:53:27
「で、さあ。あれから大丈夫だったわけ。」
スタジオ練習が終わり。
慣れない至近距離でのバンド演奏を数時間聴き続けたが故に、多少耳鳴りの残る重い頭を押しながら俺はレイに尋ねた。
夏真っ盛りな季節柄、夜明けで薄っすらほの明るい道を始発に乗るために駅に向けて歩いている。
トラとセオは音楽談議に花を咲かせながら前を進んでいて、俺とレイは自然と二人並んで後をついていくフォーメーションになっていた。
「大丈夫って、何が?」
きょとんとしながらこちらを向くレイ。
「いや、あの変態男さ……あれから、来たりしなかった?」
トラに言ってない手前、声を落としたというのに、レイは全く無頓着な反応をする。
「来たりしてないよ。」
「そっか、何かヤバげな雰囲気だったから。」
ここで根掘り葉掘り質問してしまうのはいかにも、な気がして俺はそれだけ言う。
「やばげー。」
レイはうふふ、と目を細めながらその三文字をチョイスして呟いた。
会った時とは違う、サイドから編み込んで頭をぐるりと三つ編みで包んだ髪形も相まって、まるで絵本の中のお姫様が微笑んでいるかのような雰囲気を醸し出す。
発している台詞は概ねプリンセスに相応しくないものだけど。
「……軽く考えてるかも知れんけど、ああいうのと絡むのは危険だって。
弱味を握ってるっぽいけど、逆恨みとかも怖いからさ。」
とは言え、俺に出来ることなんて何一つ―――。
「その、一人暮しじゃなくてさ、セオと住んだりは出来ないわけ?」
そうだ、一人暮らしだった姉の元に俺が住まうことになったのだって、ただの進学先の事情だけでなく、そういう危険から守るためという目的も一つにはあったのだ。
実際家事だって手分けしてやっているし(殆ど俺の役目だけど)少し我慢すればメリットだって十分にあるはずなのだ。
とりわけ、あんな骸骨サイコマンに付き纏われている現状を目撃してしまった今はレイの身が咲乃とも被ってしまって心配でならず、ついついお節介な言葉が出てしまう。
「えーっと、それは、駄目なんだよね。」
思いの外、キッパリと否定されてしまい二の句が告げられなかった。
「一回暮らしたんだけど、わたしママと上手くいかなくて。」
どういうことだ?
ああ、セオは親元で生活していて、レイだけ一人暮らしだったんだっけ。
俺は頭を整理させながら耳を傾ける。
「そうそう、それにわたしがセオ レインになっちゃったらセオくんと名前が、あ。」
レイはそこまで言うと何か失言をしたことに気付いたらしく、口を押えて黙り込んでしまう。
「ちょっと、何?ワタシの名前が聞こえたんだけど?」
前を歩いていたセオがタイミングよくこっちを振り向いた。
「“セオ”って、苗字だったんだ。」
驚いて言うと、セオは目を吊り上げて怒り出した。
「ちょっと、レイ!!言うなって言ったでしょ!!」
「言ってない言ってない、名前は言ってないー!!」
数秒で掴みかかろうとせんばかりのセオに、レイは必死で叫びを重ねる。
何なんだ一体。
ちらとトラを見ると、彼は我関せずといった涼しい表情で煙草に火を点けていた。
「マジでしょうね!?」
顔を赤くさせて聞いてくるセオを見てると可哀想になるくらいで、俺はレイ含め当事者両方をフォローするように何度も首を縦に振った。
「下の名前は聞いてないよ、ちゃんと寸止めした。」
「だったら良いけどさぁ。」
セオはブツブツ文句を垂らしながら、恨めしそうにレイを睨んでいる。
レイは「そこまで怒んなくてもよくない?」とトラに助けを求めた。
「前から思ってたけど別に、ヘンな名前じゃないよね?」
「いやぁ、変だわ。」
トラは煙を吐き出しながら冷静に呟いた。
「イヤー!!もう、ワタシの名前のことはそっとしてよ!頼むから!」
セオが両頬に手を当て、ムンクの『叫び』のポーズで2人に告げているのを見て、俺は哀れに思いながらも、どうしてオカマたちは万国共通でそういうジェスチャーをするのだろうかと思うと笑いだしそうになっていた。




