Not Robot practice.
「おはよー。」
「おはよう。」
俺の視線に勘付いて、レイはちょこちょこと小走り気味に近づいて来た。
深夜23時でもこの挨拶が通例なのは、音楽をやってる人間でも同じなんだな。
「じゃあ、イト君はここに座って。」
スピーカーやらスタンドやらでゴチャついた、全体的に灰色の空間の端っこに簡素なパイプ椅子を置いてセオは言った。
閉鎖的で狭いんだけど、鏡張りの壁の効果で不思議な広がりが齎されている。
「ありがと。じっくり見学させてもらうね。」
「退屈かもしれないけど。居てくれるだけでいいからね、ワタシたちもちょっとは緊張感あるしぃ。」
しかし隣では全く引き締まっていない会話が繰り広げられている。
「ここに差せばいいんだっけ?」
「馬鹿、ちげーよ。何度言ったら解んだって。」
「……だって、こんないっぱい穴開いてたらさぁ。
アンプによって場所も違うんだし。」
マイクとギターから延びたケーブル片手にレイが唸りながら機材と格闘しているのをトラが自分の準備をしながら窘めている。
「大体一緒だろ、ここだよほら。それに前と同じ部屋だろーが。」
「そうだっけ。」
そこからそれぞれパートの音出しらしきものを数分やったあと、タイマーが鳴ってセオがストップの合図をかける。
「トラちゃんは心配ないわよね?この前渡したやつ、」
「練習してきましたー。」
トラは優秀な生徒風に片手を挙げて返す。
「レイ、ちゃんと覚えてきたでしょうね?」
「ん、多分大丈夫。」
先ほどの会話と普段の性格からして、ほんとに大丈夫なのか?というこっちの勝手な不安を他所に、レイが発する歌は耳を疑うほどに完成度の高いものだった。
たかが高校生程度の年齢層(トラは不詳だけど)が奏でているとは思えない、のはライブでも抱いた感情だったけど、練習でもその実力が解る。
結局あのバンドのパクリだろ、あの歌手の歌い方を真似てる、という意地悪な批評も出来ないくらいオリジナリティがある。
だけど一曲通しで演奏を終えると、セオが不服そうにレイにあれこれと注文を付け出した。
「この曲はねー、もうちょっとハレた感じで歌ってほしいんだけど。」
「……お日様みたいな感じ?」
「そう、そう、歌詞も軽やかに、滑りトばす風に読んで。」
それを受けて、レイは歌い方を変えた。喉をどう動かしてるのかわからないが、少し擦れた高声になっている。
「うん、そうね…ここの“未解決な~不安なの”の所だけはキーに忠実だけどスモーキーな感じにして。」
「わかった。」
レイは言われるままコロコロと変化をつけていった。
まるで高性能な機械のようで、俺はひたすら感動するしかない。
「そうね、それでいきましょ。」
漸くオッケーが出て、何度も繰り返し演奏される曲は最初のものより確かに、格段に良くなったような気がした。
「どうだった?イト君。」
ゆったり聞いていたのに急に感想を求められて、俺は居住まいを正す。
「うん、貰ったCDとは違う雰囲気で、ビックリしたけどこういうのも好きだよ。」
小学二年生程度の音楽知識しかないレベルの野郎が紡いだ感想だっていうのに、セオは満足そうに笑った。
「そうなの!ドラムが抜けてDTMで打ち込んでるからちょっと機械的な曲調にしたのよ。」
そう言われれば、ドラムの音はスピーカーに繋がれたノートパソコンから流れている。
そんなことにも気付かなかった。
「自分で作詞作曲出来るって凄いよ。」
俺が感心して言うと、セオは手を振って答えた。
「これはトラの詞が先行で、そこに曲つけただけなの。作詞の方が難しいのよ。」
「へえ。」
「いやいや、ただ思いつく言葉並べただけだからね。」
トラは謙遜してギターを弄っている。
それは意外だった。
文学と言えば国語の教科書に載っているくらいの物にしか触れてこなかった俺だけど、レイが歌う詞にはそんな雰囲気がどことなく漂っていたから。
やっぱり、大金持ちの既婚者と危険な関係を続けていると、そういう言葉や思想も溢れてくるのだろうか。
ほら、文豪とかって結構自堕落で心中とかニートとかが多いイメージだし。
夢を追い続けるバンドマンなんていかにもそれに近しいイメージ。
「また今度、ライブ、行ってみたいよ。」
俺が言うと、今までボンヤリ黙っていたレイがそわそわし出した。
「あー、そっか。うん、じゃあ頑張ろっかな。」
「え、アンタがそんなこと言うなんて驚きなんだけど。
っていうか今迄どういう心づもりでやってたのよ。呆れるわねぇ。」
セオが肩を落としてじろりとレイを睨む。
「どーゆうって。言われた通りやってるもん。」
レイは口を尖らして反論した。




