I cannot wait for that.
「イト君、時間だよ。」
「あー……、今何時。」
トラと彼女?さんの寝室とは勿論別のベッドルームに案内されて、夕方から寝れるのか?と不安に思っていたものの、沈むような究極の寝心地の清潔なマットレスに横になった途端一瞬で寝入ってしまった。
何だかんだで京都から東京へ突発で来たり、かと思えば汗だくになって走り回りながら猫探したりしてたのだ。
まだ疲れの取り切れない身体を起こしながら、ベッドサイドに立つこの高級マンションの居候に尋ねる。
「夜の10時。」
この男も眠ったのだろうか。
服は着替えた形跡があるものの、相変わらずパンク野郎の出で立ちはどう見てもこの場に似つかわしくない。
「俺、着替え用意してないしこのままで良い?っていうか、服のまま寝たわ。ゴメン」
普段、トモダチの家にフツーに泊まるのとは違う状況に今さら戸惑って俺は頭を掻く。
「んなの良いって、こっちこそレイ坊の我儘に付き合ってもらってんだから。」
そうでした、そうでした、っと。
アイツが俺に“来てほしい”とか言わなけりゃ、多分俺は親の墓参りでもして咲乃に東京駅でとらやの羊羹を土産に帰っていたに違いない。
「連絡とか入れてる?」
「うん。」
俺は頷いた。
咲乃に「友達んちに泊まる」とだけ。
返ってきたのは「オッケー」の一言、よもや俺が故郷の東京に一人で行っているとは夢にも思っていないだろう。
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「イトくーん、ごっめんなさいねー、レイが迷惑かけて。」
東京に十年以上住んでいても、俺には決して縁がなかった裏道を通って進んだ灰色の音楽スタジオ。
フロントで何やら手続きをしているトラから少し離れて、ともすれば芸術作品に見えなくもない落書きやポスターでビッシリ埋め尽くされた壁を眺めていると、やたら背の高い派手な男がくねくねしながら近づいてきた。
「セオか、かわんないね。」
俺は昼間目にすることの出来なかった懐かしい人物に目を細めた。
確か、レイの話では女の子と遊んでたんだったか。
「ピクシーが逃げ出した、って聞いたけど?」
「そうそう、で、今入院してんだよね。」
「ねー?そういうのもイト君がしてくれたんでしょ?
良かったわー、ワタシがもしその場にいたとしてもそういうのムリだから。」
両手を肩の高さまで上げて、手首だけ曲げて外側にサッと払う。
洋画でもオカマやゲイキャラがよくやるお馴染みのジェスチャーをセトがナチュラルにやるのを見て、俺は噴き出しそうになるのを堪えた。
流石にこの流れでは、猫の心配してない薄情野郎だと思われたら心外だ。
「イト君来てくれてよかったー、って言っても、お礼とかどうすれば良いのー?って感じなんだけど。」
「そんなの良いって。ここについて来たのもさ、俺の好奇心だってあるわけだし。」
「そう?」
「うん。色んな場所見るのって勉強になるから。」
「えー?こんなショボいスタジオ、ってあらごめんなさいねー、何処にでもあるんじゃないの?」
セオはフロントにいるスタッフにチラと視線を移しつつ笑った。
「いやいや、俺初めて来たよ。インディーズのライブだってこの前セトたちがやってんの見たのが初めてだし。」
「そうなの?社会勉強って感じ?そうよね、監督になるんだったら色々見といた方が良いわよね。
あ、それでワタシたちの曲で作った課題ってどうなったの?」
セオが顔の前で両手をくっ付けるポーズをしながら聞いてくる。
「今、取り組んでる途中。7割がたできたって感じかな。」
俺は自信満々に答えた。
着物のお礼として送られてきたCDの中に、どうしても映像を作りたい曲があった。
イメージが沸き上がってしようがないというか、それでセオに連絡を取ると安易に快諾してくれて、そこから何回か連絡を取ってはいるけれど、こうして実際に会うのは半年以上ぶりだ。
「早く見たいわぁ。」
セオがワクワクした様子で言ってくれる、ともなればこっちも気合が入らざるを得ない。
思えば誰かに心から待ち遠しくされる、という状況で作品を作るのは久しぶりだった。
そこでスタッフと話し終えたトラが、機材を抱えてセオを促す。
「さ、準備しよ。」
「レイはー?」
「連絡した。イト君がちゃんと来るかしきりに心配してたけど、来るって言ったからそんな遅刻しないでしょ。」
トラはセオに言った。
「ってか、何度も言うけどオマエの姉なんだからね?」
「やっだ、何処に共通点があるっていうのよ!?」
セオは冗談でしょ、と付け加えながら大声で返す。
本当に、何処にもこいつ等を結びつける要素が見当たらない…………
俺は、身体のサイズを明らかにオーバーしているギターケースを背中に背負いながら、入口のガラスドアを重そうに開ける黒服の美少女を遠目に見詰めながら思った。




