joy for the rich.
ドアをくぐると、いかにも高級マンションでっせ!!と言わんばかりの黒い大理石張りの玄関がお出ましだ。
やたら広いのに靴は一足も置かれていなくて、口づけできそうなくらいピカピカに磨かれている。
仕事終わりに酔いながら倒れこむと同時に靴を乱雑に脱ぎ棄てて、そのまま朝までグッスリ―プ☆な咲乃に見せてやりたい清潔だ。
「うちとは段違いな光景。まるで神殿だねー。」感心しきりで眺め回す俺。
入って右手側の壁は全て鏡面になっているけど、取っ手が付いているのを見るにこれは壁面収納か。
まさか全部靴で埋め尽くされているとか?
テレビでよく見る“お宅訪問”さながらに、溢れる好奇心を隠そうともせずキョロキョロする俺にトラはかばう様な一言を投げかけてくる。
「んなことないって、オレはイト君たちの家の雰囲気も結構好きだけど。」
――まあ姉が一生懸命働いて手にした部屋に、別段不満があるわけではないけどさ、こんな大豪邸にお住いのセレブに褒められても?逆に同情されてるような気がして素直には喜べませんことよ?
と、ふと仰ぎ見た天井に、埃一つかかってないクリスタルのシャンデリアが燦然と輝きを放っていた。
これ、毎日柔らかい布かなんかで磨いてんですかね?
「ま、取り敢えず茶でも淹れるわ。」
トラは俺の釈然としない表情を見て、苦笑いしながらスリッパを差し出して奥へ進んでいった。
度肝を抜かれるリビングルームだ。
まさに海外ドラマや洋画の悪役セレブが住む場所、庶民的(かそれ以下)の主人公との対比に使われるような、現実離れした広大でラグジュアリーにめかしこんだ空間だった。
「言っとくけど俺、金とかほんと全然持ってないけど、宗教か、セミナーの勧誘でもしようってわけ?」
「え?シューキョーってなによ。」
俺が眉を寄せ発した言葉を、コーヒーメーカーにカプセルをセットしながらトラが初めて耳にした単語だとでも言うように繰り返す。
「いやコレ、なんかの勧誘によく使う手でしょ。
無知な若者に良い暮らしぶりを見せつけて
“こんなライフスタイルが送りたかったらウチらの会に入りなよ”みたいなやつ。
――何で知ったか知らないけど、俺と咲乃は今、質素にやってんだからそんなヨユー無いよ。
親の遺産も全部取られ」
「ストップ。」
トラが顔を伏せて俺を制した。
「確かに、ここはオレみたいな男に見合わない、いかにも超大金持ちの住まいだよな。
賃貸にしろ、審査にすんなり通るわけねーくらい。」
その言葉に素直に頷いた。
“いやいやー、そんなコトないっすよ!”なんて馬鹿げたフォローはしない。失礼承知ってなもんだ。
そんな俺の態度にトラは表情を緩める。
「はは。そうだよ、ここは正確にはオレんちじゃねーの。
だけど友達泊めたりすんのは咎められんから大丈夫大丈夫。」
「なにそれ。」
「ここはオレの……彼女?の家だよ。」
首をかしげて語尾上げ気味に発せられる単語にピンとくる。
ああ、そういうことね。
トラの“彼女?”ってのは、金持ちの既婚者かなんかで、多分ここは仕事場とかいう名目で用意されたトラとの密会の場所なんだろう。
「へー、金持ちのやることはスケールでっかいね。」
訳知り顔で不遜な台詞を言い放つ俺に、トラは気まずそうな顔で白いカップを差し出した。




