I would like to meet you for practice.
「じゃ、俺そろそろ帰るわ。」
そう言ってそそくさと退散すべく腰を上げる。
久々に訪れた東京、初夏の夕刻の長さをどう過ごそうか、それよりも泊めてくれる友人の宛て等を考えながら鞄に手をかけた。
「え?なんで!?」
レイがビックリした顔で俺を見上げる。
「何でって、ネコも見つかったし、トラさんも来てくれたし、おやつも食べたしね。」
「“トラさん”はやだよ。」
トラが隣で眉間に皺を寄せて口を挟む。
そういやトラさんと言えば一番に思いつくのはフーテンの、か。
確かにそれはロックな野郎にそぐわないな。
「えー、でも…でもほら、まだお礼してないもん。」
レイはそれを無視して思い出したように言った。
お礼、という単語にしばし惑い、そうだそうだ確かそんなこと言ってたか、と思い至るものの、MDしか無いこの部屋の持ち主に
(冷蔵庫もスッカラカンだったしな!)
“お礼くれ”というニンゲンがいるとするなら呆れるだけだ。
「良いよ、トラにドーナツ貰えたから。
そうだ、また関西でライブやるみたいなことがあったら教えてよ。」
俺はトラの呼び方に敬称をつけるのを改め、そう締めくくる。
「ライブ……そっか。」
レイは俯いて、納得したように呟いた。
「イトちゃん、またきてくれるんだ?」
「うん。」
俺は素直に返事をする。
「音楽、嫌いとかじゃないの?」
疑うような視線を投げてくるレイ。
「ないない。まあ、詳しくはないけど、普通に好きな方だと思うよ。」
普通ー、に、テレビで頻繁に放送されるようなJPOPはそれなりに。
ただ、凄まじい量の曲を聴いているレイと俺の“好き”には格段に差がありそうだ、とサイコな部屋を見回しながら俺は言った。
「じゃあさぁ、練習するの来てよ。」
「え?練習?それは駄目なんじゃないの。」
俺はトラを見やる。
「いいよー。イト君がお暇なら。」
トラは先ほどまでレイが見てた海外バンドの歌詞カードを眺めながら、無関心そうに言った。
「わかった、じゃあ今度こっち来たとき、タイミングが合えば行くわ。」
俺は言った。
ライブでの演奏を目の当たりにして、どんな風に練習しているのかってのは正直興味があった。
この年になるまで俺が聞いたロックの生音ってのはせいぜい学校の軽音楽部が学際で披露してくれたり、部室から漏れ聞こえてくる代物くらいだったわけで。
それと比べて全く違う高レベルのバンドには、一体どんなタネや仕掛けがあるのかってのは気になるところ。
例えば楽器を触る前に腹筋背筋300回が義務付けられているとか?
“イトちゃんも一緒にやろうよ”なんて誘われたら全力で断ろう。
楽器も筋トレも出来ない、非力な野郎だと思われても全く平気だぜ!
「ほんと?ねえねえ、トラ。今度の練習っていつだっけ?」
そんな俺の不毛な決心をよそに、レイはウキウキとトラへスケジュールを確認した。
「――お前ねえ。今日だよ。
今日だから、オレわざわざ折り返して電話してやったんじゃん。」
「あー…そうそう、今日だったっけ。
じゃあ、イトちゃん!今日ね。」
にっこりと振り返って言うレイ。
「バーカ、イト君は親戚の用事があるって言ってただろ。」
それを咎めるようにレイの頭上にチョップするトラ。
「親戚の用事って、それって何時に終わるの。」
矢継ぎ早にこっちの都合を埋めてくるレイの猛攻にビビりつつ、俺は言い訳を考える。
親戚の用事なんてのは咄嗟に出た嘘だし、何時だろうと関係ないけど
ここで“いつでもオッケー”と言えば怪しまれるよな、っていうかいきなり“今日”っていうのもどうなんだよ。
「用事、ってのは明日なんだよ。
明日、こっちの墓参りに行くつもりで来たから。」
俺はまたしても脳裏に閃いた思い付きを口にした。
そうだそうだ、明日、久々に両親の墓参りへ行こう、そうすれば、いきなり東京へ来た理由として咲乃にも納得してもらえるはずだ。
今晩は中学時代の友達宅に泊めてもらうとして……。




