sweet tooth.
『悪いね、またウチの奴が迷惑かけて。』
トラは外出先なのか、受話器の向こう側からは街の喧騒らしきものが聞こえている。
「いや、俺もこっちの親戚にちょっと、用事とかあったし。」
勢いで嘘を吐いた。
……親戚だぁ?そんなのとっくの昔に縁切りしたっつの。
自分で自分に突っ込みを入れつつ、でも正直に
“レイのためだけにワザワザ馬鹿高い交通費と時間をかけて遠路はるばるやってきた”等と言えるはずもなかった。
どう誤解されるか。
でもトラは『そっか、イトくんこっち出身だったっけ。』と納得しているようだった。
そして
『ふーん、じゃ、オレ今からそっち行くわ。』
と軽いノリで言う。
「あ、じゃあ一つ頼みたいんだけど。」
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「はい、これ。」
数十分後に現れたトラは、相変わらず季節感がよくわからない黒のジャケットに身を包んだいかにもロックな出で立ちで、前にあったのが昨日の様に感じられるほど代わり映えしなかった。
渡されたH&Mの紙バッグを受け取り、入っていたシンプルな白シャツを確認して俺は少し安心する。
「ド派手なアメリカンバンドのTシャツとか出てきたらどうしようかと思った。」
これで漸く上半身ハダカ野郎も卒業だ、袖を通してサイズもバッチリなのを喜びながら素直に言えば、
トラはドッカリと床に胡坐をかきながら煙草に火を点けて
「そーゆーのもあったけどね」と言いながら口の端を上げる。
「ついでに、これね。」
トラは床に置いたもう一つのビニール袋をレイの方へ滑らせる。
「わたしにも、服買ってくれたの?」
首をかしげるレイに、トラは「ちげーよ」と言ってその中から大きな箱を取り出した。
「サヤコから。」
その中には、色とりどりのドーナツがギッシリと並んでいる。
眼を輝かせながら大きく見開いて、口を開けたレイの顔は宝石を見つめる映画のヒロインの様だった。
――――画になる、と咄嗟に思う。
「これさ、すっげー並んでんのね、
でもサヤコがどーしても食べたいつって。で、こうやって箱で買うなら早く買える隣の列に並ばせてくれんの。」
夢中でドーナツを食べるレイを横目に、トラが笑いながら俺へ話しかけてくる。
「俺も、テレビで見てこれ、めっちゃ食べたかった。」
俺は勧められるまま、中でも一番甘そうなチョコレートがたっぷり掛かったものを手に取って呟いた。
レイの家には俺のDVDコレクションなど霞むくらい膨大な量のMDが四方の壁ギッシリミチミチに収納されていて、聞けば入ってくるお金の殆ど全てをTSUTAYA等でのCDレンタルに費やし、それを録音しているという事だった。
そんな奇天烈なニンゲンに気の利いた食器を揃えるというアタマはハナから無いらしく、
俺たちはミカン箱の上で皿の代わりにチラシを引いた上でお茶をしている。
勿論、レイ用以外のコップなんていう物も無いわけで、俺とトラはアパートの傍に設置してある自動販売機までそれぞれお茶とコーヒーを買いに行った。
ひとり暮しの野郎の部屋に遊びに行ったことは何度もあるけど、モノで溢れて汚いとか以前に、
MD以外ほぼ何も無いこの場所で、どうやって暮らしているのか全く想像できない類の、初めて見る劣悪な住居だった。
「うんうん、確かイトくん甘党だって聞いてたからさ。
コレ、丁度いい土産になるなと思って。」
トラは何度もここへ来ているせいか、ミカン箱にチラシ皿という昭和の貧乏チックな風景に何の疑問も湧かない様子で、だから俺も
「いやいや、コレ、さっきまでポストに入ってたチラシじゃん。」なんて余計な事は言わずに、その上でドーナツを平らげ。
「テレビでやってた通り、とろける感じが凄いねー。」
などと単純に感動して、ヘタな感想なんかを述べるのだ。
そういや昔から姉に“イトは場になれるのが早い”なんて言われてたっけ。
まあ、その特性が働いて、こうやって美味いものにありつけているんならそれも万々歳ということか。
「でも、折角銀座でデートしてたなら、もうちょい遅くても良かったのに。」
結局レイと合わせて9つのドーナツを食べた後で俺はトラへ言った。
「ん?いや、あっちはこれから夜勤だから、どーせ帰るとこだったし。」
トラは結局一つもドーナツを食べず、缶コーヒーを一気に煽ってから俺へ視線を向ける。
デート、という単語に否定が返ってこないことから、サヤコというのがトラの恋人であるという情報が俺の脳に書き込まれた。
「夜勤、ってことは看護師とか。」
アレ?こんな会話、以前トラと交わしたことあったな、と思いながら俺は呟く。
トラもそれを思い出したようで半笑いになりながら言った。
「あー、懐かしいね、俺も同じこと聞いたっけ。
まあ、サヤコは女医だけど。」
「ジョイ。」
洗剤ではない方の?なんて聞くほどオマヌケではない。
しかしバンドマンの彼女が女医だとは。いかにもドラマみたいな組み合わせだけど。




