stray black cat。
っていうかどう見ても未成年、だよな。
俺は買い物した時に貰ったコンビニ袋を広げて、女の口元を覆った。
「吐くならここに吐いて。」
「うっ、うん……」
見るに見かねての出血大サービスとして横に座り背中を擦ってやると、女は袋をもって苦しそうに呻いた。
「水で、口ゆすいで。」
ペットボトルのキャップを開栓しようとするがブルブル震えてままならない指先をみて、代わってやる。
度々完全に酔っぱらって帰ってくる姉の面倒を見ているから出来る技で、普通の男子高校生は名前も知らない初対面の女のゲロなんて目にしたくもないんだからな……と思いながら俺は背中を擦り続けた。
カイロが温まってきたのだろう、ほんのり赤みがさした女の頬を見た途端、しんどくても画になる奴ってリアルで初めて見たなーなんて一般的17歳の感情が思い出したように湧き上がってくる。
小さな顔、長い睫毛、毛穴が見えない綺麗な肌に(化粧をしているのかも?)スッと通った鼻筋。
同級生とは比べ物にならないくらいの完成度で、小柄だってのもあるかもしれないけど子供みたいに顔が小さい。
じっと観察していると、目の前に二人の男が現れた。
「ちょっとぉ!こんなトコにいたの!?」
背中に大きなギターケースを抱えた長身が、片頬へ手を宛てながら叫んだ。
ああ、こいつが電話で喋った奴だ。
俺は変わった喋り方と、如何にもな身振りに確信する。
オカマというやつだろうか、しかし両耳にシルバーのピアスをジャラジャラつけて(重みで千切れないのか)、金髪の頭をお洒落にセットしている風貌は所謂“女性的”な印象ではなかった。
ファッションオカマか?
……そのメリットとは。
なんてことを考えていると、その横の男が俺へ頭を下げてきた。
「マジですみません、」
ああ、こいつは女が店をとび出してきた時、すぐさま追いかけて謝ってくれた奴だな。
俺は思い出した。
見つめあう形になり、向こうも俺が先ほどの店員だと気付いた顔で、もう一度軽く頭を下げられる。
「うわ、レイ坊、吐いてんじゃん。」
そして、俺から顔を離したそいつが言った。
「えー!やっだもう!ほんとゴメンナサイねえ!!」
「いや、良いっすよ、慣れてるんで。」
俺は言いながら立ち上がる。
「ほら、行くぞ」
重そうな機材を抱えなおして、コンビニ袋を奪い取った男は女の腕を掴んだ。
黒い革ジャンから手の甲に施された入れ墨がチラリと見える。
「……駄目、歩けないもん。」
女は今にも倒れそうになりながら呟いた。
全身の力が抜けて、まるで操り人形のようにグラグラしながら無理やり持ち上げられている。
「あー、もう!駄々っ子かよ……」
入れ墨男は放り出すかのように手を放すと、肩を落として嘆いた。
「ほんっと、ゴメンナサイねえ。」
オカマがもう何度目か解らないゴメンナサイを口にして、携帯を取り出し申し訳なさそうに俺へ聞いてくる。
「ワタシたち、ここの住民じゃないのよぉ。
……ゴメンナサイついでに、どっか泊まれるところ教えてくれないかしら?」
俺は面食らった。
「こんな夜中に、無理じゃないっすか。」
「そうよねぇ…ここ、京都だし。」
「ああ、この道暫く行った場所に漫喫、ありますけど。
あとは駅前に戻ったらカラオケ屋も。」
「ビジホとか無い?」
オカマは女の容態を横目で見て言った。
「この辺りには……。」
っていうか、宿泊先未定で来たのかよロックだな!!
――という突っ込みは胸の内に留めておく。
「しゃあねえ、もうアイツらに頭下げて一晩だけでも泊まらせてもらうしかないでしょ。」
入れ墨男が煙草に火を点けながら言った。
「そうね。背に足は変えられないものねえ、エイスケの親戚の家、何処だったかしら。」
「六――、何とか?」
話し合いが始まったらしい。
俺は去るに去れずその場に立ち尽くしていた。
決してカジヤンみたいに、他人の揉め事にワクテカしているわけではない、と自分に弁解しておく。
「でも迎えに来てもらえると思う?」
「……っかんねーなあ。俺ら、っていうかレイ坊、寝てる間にボコられんじゃね?」
入れ墨が言い置いて、誰かに電話を掛けはじめた。
しかし繋がらないようで。
「駄目だわ、着拒。」
「やっだぁ、感じ悪い!」
「大方、あのマネージャーの入れ知恵だろうよ。」
オカマは憤慨し、入れ墨は冷静に細長い煙を吐きながら呟く。
「あのー、じゃあ俺ん家来ます?」
もうここで会ったが百年目。(意味違うか)、俺はそう声をかけていた。