not smart phone。
従業員出入り口をくぐれば、鼻や耳を切り裂きにくるように冷たい風が襲ってくる。
「うー」だか「いー」だか、噛み締めた歯の間から唸り声が勝手に出て俺は身体を震わせた。
コンビニで何か買って帰ろ…コートのポケットに入れた手で、触れる小銭が幾らあるか確かめる。
ん、この感触からして五百円玉は確実、過去の俺に感謝。
浮足立った気分で店まで徒歩数秒、という所に辿りついた途端、俺は身体をビクッと跳ねさせた。
建物と建物の狭間、ほっそい隙間に黒く蠢く何かがいたから。
そしてよく目を凝らしてみて…………
「ああっ!!」と思わず声が出た。
相手もビクッと体を揺らす。
それは小さく蹲るアノ女だった。
居酒屋では距離があったのと猛獣のように暴れていたせいで良く見えなかったけど、
数分前まで大暴れしていたのはこちらの見間違えではないだろうかと思えるくらいその容姿は儚げで、色白で、華奢な美少女で、でも黒づくめの印象的な服装と髪形が完全に合致。
そういえば、逃げるように店から出て行ったこの女は上着を着ていない。
上半身はかなり寒そうで、震えていた。
「えー、大丈夫?」
俺は発見した手前、聞いてみる。
「……そう見える?」
女は反応しがたい答えを返してきた。
こっちが質問してんだろ!……とは言えずに、俺は仕方なく「見えない。」と答えた。
「だよねえ、かなり辛い。」
女はか細い声で言った。
おまけに吐きそう、気分悪い、とも。
「はあ、じゃあちょっと待ってて。」
俺は取りあえずコンビニへ入った。
コートを掛けてやるか?んなワケねえだろ、こっちも寒いんだよ!
と脳内天使をぶん殴りながら、それでも水とカイロを買って来てやる。
「ハイこれ。」
俺は二つを差し出した。
想像よりも細長い指が、震えながらそれを掴む。
「携帯とか無い?誰か呼べば?」
なんとなく置き去りに出来ない雰囲気が漂ってしまい、まあ凍死や誘拐されても罪悪感が残るしな、という思いでツレが来るまで見守っててやろうという親切心が働いた。
タダでさえ治安が悪いこの辺りに潜む悪漢共にとって、こんな弱り切った美人はかなりの上玉だろう。
何処ぞに攫ってしまっても不思議ではない。
すると、小さく丸まった女は「この服、ポケットとかなくて……」とどうしようもない一言を放つ。
そうですかそうですか。
俺は自分のiPhoneを差し出してやった。
「ホレ、誰か呼びな。」
「んぅ……」
うめき声を上げながら、女は画面を見て、不思議そうな顔をする。
「これ、どうやって使うのか、わかんない。」
「ああ、そっか。」
咲乃に誕生日プレゼントとしてもらったiPhoneは周りでも使っている人間はごく少数だ。
使い方が解らなくても責められず、俺は甲斐甲斐しく女から聞き出した番号をタップして、
通話出来るようにその耳に押し当ててやった。
冬の夜10時、通行人は全くいない状況だからコール音は至近距離の俺の耳にも届く。
お願いだから吐かないでください、と願っているとスマホの向こうで男の声がし始めた。
『どなた?』
「……ごめ、あたし。」
『レイ!何処いるのよ!!』完全に男の声なのに女言葉だ。
「ん、なんか…隙間。」
『スキマ!?スキマって!?スキマって何よお!?』
かみ合わない会話に、取り乱した叫び声があまりに可哀想で、俺は代わりに自分が出てやる。
「すみません、この電話の持ち主デス。」
『あー、あ、すみません、どうもー…?』
相手が焦って口調を変えようとしているのに笑える。
「いや、良いんです。歩いてたら偶然見付けて。
あ、自分はさっきの居酒屋で働いてたんですけど。」
そこまで言えば相手も納得したのか、溜息の後に再び謝罪された。
取り敢えず今いる場所を伝えて通話を終了すると、多少意識がハッキリしたのか女は俺を見上げて
「ありがとぉー」としんどそうに言った。