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(プリーズデリート.)  作者: 音羽[HAITA Press.]
23/52

first movie.


「良いお湯でしたぁ。

お先にごめんね、イトちゃんも入ってきなよ。」


頭から湯気を出してレイがリビングにやってくる。

162cmの咲乃とは10cm近く差がありそうな身長の彼女にはやっぱり長すぎたパジャマは袖も裾もダルダルらしく、大幅に余っていた。

まるで子供のオバケのようで、笑いだしそうになる。


「ん、じゃあこれ食べときな。」俺はさっきの痴態について触れてくれるなと祈りながら、テーブルにホットサンドを用意した。

「紅茶も淹れといたけど、焙じ茶がよかったらこのヤカンから勝手に出して。」

「わーい、ありがとー。」

レイは朝と同じく感激した声をあげて口を両手で覆う。

「イトちゃんもおねえさんも料理上手なんだねえー。」

「パンに色々挟んでホットサンドメーカーに入れただけだよ。」

「でもサラダもあるよー。」

「サラダは切っただけだよ。」

「だってだってわたし、野菜をこんな風に同じ大きさで切れないもん。

紅茶だってペットボトルのしか飲んだことないし。」


しきりに感心してくれるのに悪い気はしない。

「イトちゃんのお家に泊まれてよかったー。」

なんて笑って言われれば、なおさらだ。


 シャワーを浴びて戻ってみれば、レイは食器を全て片づけてくれたらしく、綺麗になったテーブルの前で後ろ手に床へ両手を付きながら何をするでもなく天井を眺め静かに歌っていた。

壁にかかった時計を見てみれば時刻は23時。

「全部食べた?」

「うん。」

顔だけ振り返ってレイは頷く。

「暖かいサンドイッチって美味しいね。初めて食べた。ありがとう。」

「いえいえどういたしまして。」

俺は今朝がたレイがセオと二人で片づけてくれた布団圧縮袋を再びクローゼットから引っ張ってきて敷く準備をしながら言った。

「じゃあ、もう眠るとしますか。」

「イトちゃんはまたあっちに行くの?」

自室を指さして聞かれて、そうだ、と答えた。

「イトちゃんの部屋、見てみたいなー。」

「えー。」


 見られて困るものは無いか?

瞬時に頭の中で記憶の整理が始まる。

大丈夫、ヤバいものはパソコンの中、本棚も荒れてはいない筈。

「ふっつーの部屋だし、見てもつまんないよ。」

俺は一応拒否の姿勢を取った。

「音楽とか持ってないの?」聞かれて、「パソコンの中にしかない」と言った。

そこは絶対に見てくれるな。

「じゃあ何もない部屋ってこと?」

「本とか、映画のDVDかブルーレイくらい?あとは学校関係のとか。」

「映画……映画、見たことない。」

レイが呟いた。


「映画館でってこと?」驚いて聞いてみる。

「ううん、多分全部見たことない。」

レイは首を横に振った。

現代日本の社会において、十七歳が映画を一度も見ていないなんてあり得るのか。

「テレビは?」

「テレビ、持ってない。」

テレビもないとか。

意外にも硬派なご家庭なのかな?いや、でも項に入れ墨あるし、違うかー。

「学校の授業で観たりしなかった?『マイフレンドフォーエヴァー』とか道徳系の。」

「マイブラッディバレンタインなら知ってるけど…。」

そこで飛び出してきた意外な答えに俺は首をかしげる。

「マイしか被ってないじゃん、っていうかそれホラー映画でしょ。観たことあんの?」

「マイブラはホラーじゃないよ。」

ここで互いの会話がかみ合ってないことに薄々勘付く。

「じゃあ何?」

「――――シューゲイザーでしょ。」

シューゲイザー?

初めて聞く単語に、頭の中で疑問符が舞った。

「まあ、俺あんまりカナダ映画は詳しく無いからわかんないんだけど。それでも、よかったらどうぞ。」

俺はレイを部屋に入れてやった。

映画を観たことないなんて、人生損してる、とか訳知り顔で言いたくはないけど、良い映画や映像を観れば得した、幸福な気持ちにはなるだろう。


 レイは入ってすぐに嫌でも目に付く、壁一面にずらりと並んだDVDをしげしげと眺めた。

「すごいね、これ全部映画?」

「レンタル落ちのとか、中古で買って集めてるやつがほとんどだけど。」

「あー、このサウンドトラック、わたしMDに録音して持ってるよ。」

レイは『パルプフィクション』のパッケージを取り出して得意げに笑った。

 音響機器に詳しくないからMDが何かは解らないが、テレビがなくても音楽を聞ける環境はあるのか。

まあバンドをやってるなら当然かと思って俺は問う。

「映画、みてないって言ってたけど。サントラだけ聴いたわけ?」

「そうだよ、色んな人の曲が聴けるからサウンドトラックはよく借りてるよ。

これだと……、やっぱり1曲目もいいけど、チャックベリーの曲が踊りだしたくなる感じでわたしは好きだな。」

「じゃあ、今日歌ってたムーランルージュも見てないってわけ?」

「“Lady Marmalade”?原曲のラベルと、サントラは聞いたけど、見てないよ。」

「へー……」

俺はそういう楽しみかたをするニンゲンもいるのか、という事に謎の感動を覚える。


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