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「もういいよ。」
俺はふい、と顔を逸らしてレイの視線から逃げるように足を速めた。
その時、コートのポケットの中でスマホが振動する感触が指先に伝わる。
何か言いたげなレイを無視する形でそれを取り出し確認すれば、咲乃からのメッセージが画面上に表示されていた。
“二条まで来ちゃってて。帰るのダルいから友達の家に泊まるわ。”
読んで、益々落胆する。
案外心配性な咲乃だから、先に帰宅していて俺がまだ家にいないと知ったら
“今帰ったよ”“何処にいる?”等という連絡を寄越すだろうことは確実だった。
しかしそれがこの時間にも来てない時点で、こういうことになるんじゃないかと思っていたのだ。
「咲乃、今日帰れないらしい。」
つまり、家には誰もいない、ということをレイへ暗に匂わせてやる。
来るなら黙ってついて来ればいいし、思い直してやっぱり怖いだなんだというなら同級生で独り暮らしの女子の家に頼み込んでやってもいい。
「どうするよ、今なら戻ることもできるし……」
すると、何を思ったか背後からレイは某アニメのエンディング曲を徐に歌い始めた。
「いーいーな、いーいーな、人間っていいなー。」
それが先ほど聞いたライブのものとは違い、やけに原曲とそっくりな本物の5、6歳児風のあどけない声色であることに俺は背筋を凍らせる。
何故ならそのあとこいつが続けるだろう先は……
「みんなでなかよく ポチャポチャおふろ
あーったかい ふとんで ねーむるんだろなー」
――――だよなー畜生、なんつー選曲。
まるで切なく唄いあげられるその歌詞に、反応しないほど俺は冷酷な男ではない。
「わかったもう良いよ、俺はシリアルキラーでも変態でもないし。安心して我が家に泊まりなさい。」
「やったー。」間延びした声をあげて、レイは両手を挙げる。
「まあ、わたしはイトーちゃんが危なくないし、優しいって、最初から解ってたけどねー」
ふふん、とレイは得意げに俺を見上げてくる。
まるでミステリー小説やドラマをラストまで見た後に“自分は全部解ってたぜ!”と言いだす滑稽な視聴者そのものだ。
俺はそんな自分の考えに口元を緩ませつつ、気になっていたことを呟いてみる。
「あー、それは良いんだけどさ、ちょっと勘違いしてるかもしれないけど、俺の苗字、伊藤じゃないからね。」
「え?」レイはきょとんとした直後に、零れそうに丸い眼を大きく見開いた。
「でもおねえさん、イトー、って言ってたよ。」
「いやいやいや、自分の弟を苗字で呼ばないでしょ普通は。」
「そう……?」
何かまだ納得出来ていなさそうな表情で、レイは首をかしげる。
「そうそう。俺の苗字は佐倉。……で、まあ、名前の方がイトなわけ。
“絃”って漢字なんだけど。実際、耳慣れないし、あんまりメジャーな名前じゃないから解りづらいかもだけど……。」
リアルに同じ名前の奴に出会ったことはないが(キラキラだとは絶対思いたくない)
伊藤だと勘違いされたまま呼ばれるのであれば訂正したかった。
「そうなの。じゃあ、イトちゃんってこと。」
「んー……」
ファーストネームにチャン付けされるってのは十七歳男子としてどうなのか?
でも此処でレイにそう突っ込んでもややこしくなりそうな気がして口を噤む。
「もしかして、気付かなかったのってわたしだけかな?
恥ずかしいよー、ほんとに伊藤だと思ってた!」
レイは両手で顔を覆う。
「そこまで気にすることじゃないでしょ。」
俺は言ってやる。
「そうかなー。」
「それより俺も、あんたのこと、何て呼べばいいかちょっと悩んでるんだけど。」
「ああー、わたし?」
レイは照れ笑いをしながら自分を指さして言った。
「うーん、セオくんはレイっていうし、トラはレイ坊って呼んでるよねー、何でかな?男の子じゃないのにね。
で、バンド関係のヒトとかはユウレイちゃんって言ってるよ。」
「あ、そうだった。何でそんなあだ名になったわけ?」
「これね、誰が付けたのかよく解んないんだけど、あんまりお喋りしないし、背が低いから皆に隠れちゃうしー、苗字と名前を略したらユウレイになるし、まあ多分理由は色々いっぱいあるんだよねぇ。
それに本名でやりたくなかったし、これで良いやってなったの。」
「それでいいやって。」
「うん。」
また、適当な。




