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(プリーズデリート.)  作者: 音羽[HAITA Press.]
2/52

chocolate。


 バンドをやっている人間ってのは通っている学校柄クラスにも何人かいるけど、


選民思想ってヤツなのかなんなのか、“特別な自分☆(super me!!)”オーラがバシバシ放たれてるから、あんまり近寄りたくない。


まあ、向こうからしてみてもこっちなんて「地面に落ちる塵の如し」眼中に無いって感じなんだろうけど。


「おーい、イトくん、もう帰って良いから。」

ぼんやり物思いにふけっていると、店長が上がりの声をかけてくれる。

「えー、いんっすか。まだ諏訪リーダー来てないですけど。」

俺はまだまだ入れますよ、と言えば、二カっとヤニで染められた血色の悪い歯茎を見せて店長は言った。

「あいつは今日も遅刻やろなー。ま、高校生は家でオベンキョしときなさい。」

「はいはい」

背中を思ってもみない力で叩かれ、送り出すように手を振られれば、従うしかない。


 猫の額ほどの従業員室兼ロッカールーム兼男子更衣室でモゾモゾ着替えをしていると、しばらくして同じ時間に上がりのカジヤンが制服姿で「お疲れー」と言いながら入ってきた。

 女子は奥に別の更衣室が用意されていて、ここを通らなければ行くことが出来ない。

つまり、男子は無料ストリップを晒すことになるわけで、俺はズボンだけはトイレで履き替えるようにしていた。

なので「つかれっしたぁ」と返事をしてトイレへ入ろうとすれば、煙草を挟んだ指が「ちょっと待って」と言うように服の背中を引っ張った。

「なんです。」

振り返って聞けば、赤色に塗られた爪で四角い箱を持って、カジヤンが微笑んでいる。

「はい、チョコ。」


「あー。悪いねえ」俺はおどけて受け取った。


今日はバレンタイン、というモテない男子を卑屈にさせる、日本の3大迷惑記念日だった。


「学校ではどやったんよ。」


カジヤンが煙草に火をつけながら、パイプ椅子に腰かける。


「全然すな。」


俺も向かいに座って、早速地元の菓子屋の包装紙を派手に破った。


丁寧に開けるなんて無粋、アメリカンスタイルでいくぜ!!


「早速食べるんかい、」


「へえ、働いた後のアメぇモンは格別でさあ」


カジヤンが笑って突っ込み、俺は江戸時代の貧民をイメージして情けない声を出す。


「タイムカード前にも皆用に置いといたから、それも食べてええよ。」


煙が吐き出され、気前のいいカジヤンは親指でタイムカード打刻機を指さした。

「つるかめつるかめ…」


俺はガナッシュをほおばりながら、意味不明な言葉を呟き、両手を合わせて拝むポーズ。


「マジ調子ええやつやの!」カジヤンは煙草を持った方の指で、俺の頭をコツコツ叩く。


「うぉあ、あぶねぇ!」


灰が落ちて来やしないかとビビった俺は大げさに椅子から立ち上がって(それでも両手にチョコを持ったまま)慌てた。


ケラケラと笑うカジヤンを座った目で見つめる。


「さっきも手伝わんかったくせになー…」


バレてたか。俺はなんとなく気になって、ついでに話を逸らす意図でもって聞いてみる。


「あのバンドメン、どうなった?」


「ん。ちゃんと残ったメンツで会計しとったわ。荷物も全部持ってった。」


「そーですか。なんか修羅場ってたねぇ。」


俺が言うと、カジヤンは手をひらひらさせながら答える。


「あれは、言われとった女の方が悪いで。なんやシクシク泣きよってからに。

ああいう女はシタタカで、胸糞悪いわ。」


「しっかり会話聞いてたんだね。」


「ったりまえやん!聞かな損やろ、つーかウチはそういうのめっちゃ聞く。

むしろ自分から聞きに行くもん。」


「はあ。」


「あの小さい方の女の子出て行った後にな、

“ゴメンナサイわたしのせいで”とか“皆に迷惑が”とか

綺麗ゴトめっちゃ言いよんねんアイツ。」


全然知らない客に対して、アイツ呼ばわりをするくらいに、カジヤンはムカついているらしかった。


「そしたら隣の男が“もうアイツは外そう”とか、その女に向かって言っててなぁ。

“俺らでやって行こう”って、やさしーく慰めんねん。

社内恋愛ならぬ、バンド内恋愛ってやつやな、デキとんねん。男はまんまと、ダマされてからに。」


 俺は白熱するカジヤンを黙って見ていた。


「あっつ!」案の定、話に夢中になるあまり煙草の存在を忘れていたらしく、

じりじり擦り減るそれが指に触れて驚いている。


「ああ、大丈夫?」


俺は厨房から拝借した氷水の入ったグラスをカジヤンへ手渡す。


「ありがとー、……と、つまりまあ、あんたもこの手の女には気を付けや。」


赤い爪で直接氷を摘み、少し腫れた指に押し付けながらカジヤンは忠告してくれる。


「暴れてテーブルの上散らかす女も嫌だけど。」


「だーかーら、あれは絶対泣き虫女の方が何かしら悪いこと言ったんが原因やって!!」


カジヤンは自論を曲げようとはしない。

とにかく、大人しそうに泣いていた女の方を完全なる悪者にしたいようだった。


「もう、男はほんま解ってへんわあ……んじゃ、ウチ行くし。」


ブチブチ言いながら帰っていく背中を見送って、そういえばカジヤンの離婚原因はダンナの浮気、とかいう話を以前に聞いたことを思い出す。


絶対、ダンナを横取りした相手こそが、カジヤンと正反対の弱弱しい女だったにちがいない。


こりゃ闇が深そうだぜ!と肝が冷える思いを抱えながら俺はチョコを齧るのだった。




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