The tailor makes the singer.
工房へ着くなり、待ってましたとばかりに咲乃へ連れ去られ、レイは早速障子の向こうの部屋へ試着に行ってしまった。
残った俺たち男子共は咲乃の淹れてくれた緑茶と、トラが手土産として伊勢丹で買った阿闍梨餅をお供に和室でティータイムだ。
「イト、甘党やろ。食べ食べ。」師匠はその他にも珍しい和洋菓子を戸棚からどんどん出して俺へ勧めてくれる。おお、ふたばの名代豆餅。ラッキー。
「キミは煙草吸うか?ええで、儂も愛煙家や。」
世話焼きな師匠はトラの元へ灰皿を差し出し、マッチで自分の煙草に火を点けてみせると、ホレ、とトラを促した。
「はい、じゃあ。」トラは正座を崩して胡坐をかき、尻ポケットから潰れた箱を取り出して一本咥える。
「そこの金髪少年も、」師匠が言うと、セオは「ボク未成年です」と遠慮がちに笑った。
昨夜一番ジョッキをオーダーしていた客の言う科白かよー…と俺は餅を食いながら呆れた目になる。
師匠は東京からやってきた若いバンドマン、という日常ではあまり目にしない存在を珍生物を見るようにジロジロ観察し、探求心を隠そうともしなかった。
「その髪の毛、ほんまもんか。」「入れ墨はどんな彫り師にやってもろたんや」「耳にそないでっかい穴何個も開けて、痛くないのんか」「楽器見せて」「これはギターちゃうんか」「シャツに書かれてる英語はどういう意味や」「何食ってたらそんな身長になるんや」矢継ぎ早にポンポコポンポコ質問をし、まるで消防訓練にやってきたパトカーに興奮して騒ぐ小学生のようだ。
セオもトラも、それに一つ一つ懇切丁寧に答えてやり、師匠はうんうん、としきりに感心している。
「せやったら―――」師匠がまた新たな質問をしようと口を開いたとき、咲乃が「じゃーん」と明るい声を出して障子を開けた。
「やっだあ、すっごーい。」
皆が鎮まる中、いきなり叫んだのはセオだった。
レイは黒を基調にした着物、とも言えなくはないドレス、のような、ワンピース、のような変わった衣装を着てそこに立っている。
ファンタジー映画から抜け出してきた悪い国の美しい妖精のようだった。
咲乃がどんな物を此処で作っているのか、ちゃんとした実物を見るのは初めてで、しかもそれが想像していた以上の完成度であることに驚いて、鼓動が激しくなるのが自分でも解る。
苦労している姉が、ちゃんと修行を積ませてもらっているのだな、という親心にも似た感慨が熱く心を浸食していき、呼吸が詰まった。
「ん、なかなかええな。」
師匠は先ほどまでの無邪気さとは180度姿を変えた芸術家の顔でレイと着物をじっくりと眺め、そう評する。
「モデルが良いから。」咲乃は照れて笑った。
「馬子にも何ちゃらじゃねーけど、マジで似合ってんな。
おネエさんのセンスが良いんだよ。」
トラは謙遜する咲乃を持ち上げてくれる。何度も思うが、オトナだ。
「これを、おネエさんが作ったのー?」セオはレイに近づくと、展覧会の彫刻を鑑賞するように、あらゆる角度からグルグル見ている。
「まあ、これは試作品みたいなもんで、まだ詰めたいとこはあるんだけど。
一日着て貰うくらいなら、と思って。」
「えー?もうこれで十分よ!ねえ、レイ?」
セオは師匠の前では(一応)封印していたっぽい女言葉バリバリで興奮している。
「うん、すごく、かわいいね。」レイも皆に褒められて満更ではないようだった。
「こんなの着れるなんて、嬉しいな。」
「ねー、ステージ映えも滅茶苦茶しそうだわー、ほんと、エイスケに服が持ってかれて良かったのかもー。」
セオはうっとりと溜息をつく。
「じゃあ、キミらはコレ着いや。」
師匠が唐突に口を開いた。
全員が驚いて振り返ると、師匠が和室の奥の桐箪笥をごそごそ探り、二着の着物をトラとセオに差し出した。
「これ、やるし。ロックンロール風に着崩したらええわ。」




