第94話 それぞれの想い
「……何かしら?」
何か言いたいことがあるのか。
怪訝な顔をする魔王リリスに、ミラアは真剣な眼差しで、
「アンタは、永遠の時間をどう思う?」
「?」
怪訝な顔を変えないリリス。
ミラアは目を逸らして続ける。
「いろんな人に出会って、楽しいのに別れて。自分は皆と生きられず、みんないつか死んでいく。自分独り残して……」
黄金の女王は、完全に呆れたといった様子で、
「――ホント〝ヒト混ざり〟ね、貴女」
リリス・ロ・ドゥ・グレザリアは、ミラア・カディルッカを見かねて続ける。
「私たちは、時の流れに朽ちていく者たちとは違う。昇っては消える月や、吹いては消える風を嘆く? 川を見て、流れ行く水を気に留める? 私たちは〝統べるもの〟――――夜に君臨し、世界に秩序をもたらすもの。なぜ、ヒトとの縁などを気にするのよ?」
黄金の女王リリスは、僅かばかり真摯な心を瞳に浮かべて、
「だいたい、ヒトの代わりなんていくらでもいるでしょう?」
そこには侮蔑という意識はなかった。
人間が、草花を躊躇いなく踏み、摘みながらも侮辱の念を持たぬように。
特に思うところもなく、魚や牛や豚を食べながらも、そこに侮辱の念を持たぬように。
生粋のヴァンパイアにとっては、人間など取るに足らぬ存在なのだという。
「……そう」
ミラアは涼しい顔をした。
赤紫に染まったままの瞳に映るのは、余裕と憂いと涼しげな虚無感。
今回グレザリア王国に渡る以前、この感情こそ彼女が最も慣れ親しんだものだった。
今ある生き甲斐も、活力も、すべてはグレイス家との関わりによって生じていたものだ。
人との縁の価値を理解できないと分かった時点で、ミラアは女王リリスから完全に興味を失くしていた。
同じく、そんなミラアをつまらないといった様子で眺めていたリリスは、思い出したように言った。
「私は貴女の質問に答えた。だから、貴女も私の質問に答えてくれるかしら?」
ミラアは冷たい瞳のまま、沈黙を以って肯定する。
リリスは玉座から立ち上がると、ここで初めて赤い瞳に強い感情を浮かべた。
「私はこれまでに何人ものヴァンパイア達に逢って来た――――これは貴女も同じでしょうけど。国が四つに纏まるまで、私たちは何人もの同族たちを殺して来たのだから」
「……私たちは、同族とハーフエルフを恐れてたからね。自分と匹敵するものが許せなかった」
ミラアも懐かしむように言った時、リリスの美貌が締まった。
「そこよ。私は何人もの同族に逢って来たけど、貴女は違う。明らかに同族じゃない。まるで、空想上の混血〝ヴァンピーラ〟 でも、子を産まない私たちと人間の混血なんか有り得ない。つまり、考えられるのは別のルーツ。貴女はどうやって生まれたの?」
「貴女たちと同じ、水晶の棺」
即答して、ミラアは続ける。
「生まれた経緯は知らないよ。ただ、物心ついた頃から獣人たちに囲まれていて、集落の長として担がれてた。他の集落と戦って、集落が大きくなってった」
夜よりも美しい夜の世界。
視線は煌びやかな星々の向こうへと向けたまま、ミラアは続ける。
「ただ、私も神々の聖戦のために創られた戦士。〝月の加護〟のもと、獣人たちを引き連れ、異なる神々の国へと侵略する使命をもっていた――――のだと思う」
「思う?」
「うん」
「どういうこと?」
リリスが顔はしかめて、
「神々の記憶は、ないの?」
「……」
遠くを眺め、答えないミラア。
リリスの表情に、強い憧憬のようなものが映る。
そして女王は、異様にぎらつく星々と、壊れたように流れる無数の流れ星、そして天の大半を占める巨大な満月を背景にして語り始める。
「グレザリア王城や時計塔など問題じゃない高さ、真に天を突く銀色の摩天楼がひしめく世界。太陽の輝き、風、巨大な川の流れや業火から、無限の力を取り出す魔力炉。そこから得られる膨大な〝雷力〟が街中に行き渡り、昼も夜も無い世界を実現させた崇高なる神々。海の底から、星々の彼方までを支配していたという、栄光の記憶」
とんでもない話である。
人が聞いたら、気が触れたのだと思うだろう。
だが、人外の女王リリスはミラアを見ながら、真剣な顔で続ける。
「かつて貴様が創った〝蒸気機関〟――――私はあれに、神代の魔力炉の面影を見た。貴様も神々の記憶を持ち、我らが父や母たる神々に逢わんが為にアレを開発したのだろう?」
口調が昔に戻っているのは、異常な興奮のためだろうか。
「記憶はね――」
ミラアは詰まらなさそうに答えた。
「記憶はあるけど――神々にはあんまり興味ないかな。蒸気機関は、昔、風車と水車を作った時に考えた副産物でさ。竹とんぼとかざぐるまと一緒に、人間の子供に玩具として作ってあげたんだ」
まだ赤みを強く残すその瞳は、記憶の彼方に残る無邪気な笑顔を見ていた。
「――そう」
熱が冷めた女王リリスは、やはり月のように冷たい心をその表情に取り戻していた。
「憧憬も誇りも無い失敗作――それが貴女というわけね。じゃあいいわ。貴女にはもう用はない」
興奮して昔馴染みの口調になっていたリリスが、再び優雅な口調に戻った様を目にしながら、ミラアは夜の女王に訊く。
「……貴女が神になろうとしてるのって、もしかして……」
「……」
沈黙が落ちる。
(ファザコン? マザコン? きも……)
極めて侮蔑的な眼差しを向けてしまうミラアに、リリスは言う。
「そうそう、カーミラ」
冷めた眼差しで見上げて来る銀髪の女ハンター、赤みの混ざったその瞳を見ながら、
「私の領地で人間の血を吸うのは構わないけど、表には出さないでくれるかしら? ヴァンパイアの影をこの国に残さないで欲しいのよ」
「ああ……うん」
銀髪の女ハンターは、本日もう慣れた自らへの嫌悪感に顔を歪めながら、夜の女王に背中を向けた。
「あと、ヴァルの血も吸っていいわよ? グレイス家の女たちの血も、ね」
ミラアの喉が大きく音を鳴らした。
唇から零れそうなよだれを飲み込み、リリスを振り返り睨みつける。
まるで自分の物のような言い方が気に入らなかった。
だがリリスは気にする風もなく、
「ここから送ってあげる」
そう言われるなり、ミラアの視界――祭壇の上に立つリリスを含む一面の景色が大きく歪んた。
水の中で見る景色のようにぼやけたそれらがやがて落ち着いていくと、ミラアは夜の王都――――〝鎮魂の広場〟に一人立っていた。
目の前には、漆黒の四角捶の上に直立したオベリスク――通称〝リリスの針〟が聳えている。
空には先程よりも遥かに少ない現実の星々が瞬き、通常の小ささの満月が光っていた。
勿論、無数の流れ星がとめどなく流れているなんていうことも無い。
すべては夢だった――そう思える感慨を胸に、ミラアはしばらく佇んでいた。




