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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
終章 グレザリアの夜明け
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第90話 王位を継ぐ王子に告げる




 澄み切った漆黒の夜空に散らばる、煌めく極小の極彩色。

 そして、未だに満たされ光輝く月が、天空を統べるかのように佇んでいる。


 その風景を流れる薄い雲が立体感を色付けし、地上には点々と広がる街の灯、そしてその境界線である遠い山々までが見渡せた。


 手前に広がる白銀世界が、ミラアの心を強く打つ。


「ここで、護国卿と話したんだ」


「……何を?」


「……色々と」


「……ふうん」


 聞いて欲しいから話したんじゃないのかよと思いつつも、何も言わずに聞いてくれたヴァインに、ミラアは少しだけ嬉しく思った。


 そして、少し冷たすぎる夜風に言葉を溢す。


「愚かなる人々の上に君臨する者よ。君は君がその足で踏みつけ、その目で見下している者たちと変わらぬ浅知恵しか持たぬことに気付かない。否、気付くことが恐ろしく、逃げているのだろう。君一人には、君の国を支えるほどの力などないのだから……」


 戯曲〝魔王〟にある有名な台詞だ。


 かつてキアラヴァ王国を統べていた女王カーミラが自らに対して口にしたという、帝王学で最高峰の知恵と呼ばれるものの一つ。


「この台詞、ほんとは続きがあるんだ」


「続き?」


 ヴァインが興味を示す。


「王たるものは、自らの決定がもたらす結果の全貌をとらえきることができない」


 ミラアは夜空に浮かぶ月を見上げながら、言葉を紡いでいく。


「だから、良きに勤め、それでも手に負えないような災難が訪れた時、何をするか」


 その声は、どんな楽器よりも美しく、ヴァインの心とこの夜に静かに響いていく。


「何をしても、叶わないものはある。それでも、最善を尽くし続けなければならない。それが王という存在の生き方なのだろう。故に、王とは孤高でありながらも孤独ではならないのだと私は思う――今ならば」


 それがその台詞の終わりなのだろうか。


 それ以上何も言わないミラアの横顔を眺めていたヴァインだったが、視線を遠い夜空と街の灯に広げ、


「それで、カーミラは国を捨てたのか」


と言った。


 少し意外そうにミラアが振り向く。

 赤紫色の視線を頬に感じながら、ヴァインは続ける。


「古い文献に残る彼女の行動は、彼女自身が自らを正当化させるために行った、或いは捏造したものだと言われてる。でも、それだと辻褄が合わないことが多すぎるんだ」


 いつか、文献を読み漁りながらヴァインが気付いたこと。


 〝女王カーミラに対する親身な理解〟は、この世界の禁忌だ。

 しかも、人類王国連盟に加入する、このグレザリア王国の王たる自分が、こんなことを素性の知れぬ女に話している。

 その事実に違和感が生じなかった。


「持論なんだけど、きっと彼女は理想が高すぎんだと思う。カーミラが目指したものは、きっと夢物語で――そんな女王について行けない者も多かったんだろうな。吸血鬼という孤独な身でありながら、彼女も一人の女だったはずだ――背負いきれるはずもない」


 頬にミラアの視線を感じながら、ヴァインは続ける。


「きっと彼女は、そんな自分の半生を振り返った時があったんだね」


 そう言って、ヴァインはただこの世界とこの国を見た。


 地平線の向こうまで無限に広がる夜空。

 幾千に輝く星々。

 数万年、それ以上にか、大地を見守り続ける月。

 そして、我らグレザリア王国の人類が息づく夜の街の灯。


 ふと、ヴァインの頬に小さく柔らかい感触が生まれた。


 硬直した首を動かせず、目だけを向けると、そこには白銀の女神の美貌があった。


 粉雪よりも白く、きめ細かい肌。

 銀よりも輝き、絹よりも細かく風に揺れる長い髪。

 宝石よりも光を宿した赤紫の瞳と、この夜よりも美しいその美貌。

 頬に触れたのは、その可憐な唇だと気付く。


「な、なんだよ急に……!」


 顔を赤らめ、慌てる青年にミラアは笑顔で、


「嫌だった?」


〝良かった〟

 頬に熱く残る甘い感触を覚えながらも、仏頂面で無言を決め込むヴァインは、再び遠くを見た。


 意識は隣にいるミラアからなかなか離れないが。


「じゃあ、そろそろ行こっかな。ジェルヴェールにも恨まれそうだし」


 そう言って、ミラアはヴァインから一歩距離を置いた。


「このタイミングでかよ」


 昔から悩まされていた小悪魔気質な女たち――そのやり口に似たミラアの行動に、ヴァインは口を尖らせた。


 無論、女の色香に対する免疫など空気のようなものだ。


 だが、ミラアに対してはなぜか心が昂る。

 首筋に蘇る、小さな甘い熱と共に。


「何、続きがしたいの?」

 自分の抱きしめるようにして、嫌に形の良い胸を強調するミラア。

 小馬鹿にするような瞳とこれ見よがしな姿勢に、ヴァルの心臓が高鳴る。


「ミラアさ、そういうのやめようよ」


 視線が谷間に吸い込まれないように気を保つヴァインに、ミラアは風のような笑みを浮かべて、


「そうだね――それよりさ、いい国つくってよ? 〝気長に〟待ってるから」


 その言葉に、


「ああ」


と、次期国王は答えた。


 いい出会いだった。


 二人は同時に、そう強く思った。




 

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