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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
終章 グレザリアの夜明け
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第89話 神代の遺産(アーティファクト)




 夕陽が染めた王都の街並みを窓越しに見ながら、豪華な馬車に揺られて、ミラアはヴァインシュヴァルツと共に王城へと入っていく。


 城内にはもう黒衣の騎士たちの姿はなく、正式な国家の騎士たちがその役割をこなしていた。


 もう見慣れた風景を潜って案内された宝物庫。

 そこは、まさしく〝宝物庫〟と呼ぶに相応しい広大な空間だった。


「ここは、アーティファクト専用の宝物庫なんだ」


 そう言うヴァインシュヴァルツに答えることも忘れて、ミラアはその光景に絶句していた。


 無数の燭台が飾る大きな部屋に整頓されて眠っていたのは、剣や槍など武具の類だけではない。


 アクセサリー、楽器、家具調のもの。

 さらには機械仕掛けの人形や動物たちまでが、そこに並んでいた。


(まさか、ここまで……?)

 ミラアとて、ここまで多くのアーティファクトを目にしたことはない。


 見渡す限り、大小数百はくだらない神代の遺産たち。


(いつから? リリス朝時代から? いや、人類の夜明けから……?)


 胸中で戸惑うミラアに答えるように、


「ローザリア卿が遺跡の発掘にも熱心でね。俺が城を逃げ出す前は、こんなにはなかったはずだ」


 ヴァインシュヴァルツは懐かしそうに、だがどこか切なそうにそう言った。


 そして、


「どう? お気に召すものはあったかい?」


 微笑を浮かべながら訊いて来る次期王。

 彼の表情には、妖艶で胡散臭い香りはもう漂っていない。


(これだけのアーティファクトがあっても、適正のない人間には使いこなせない……)


 ミラアは辺りを見回しながら、


「私、カタナがなくなっちゃったんだよね」


 何気なく口にする。


「カタナかぁ」


 ヴァインシュヴァルツは宝物庫の一方向を見た。

 そこは、いくつもの武具が揃っている方向だ。


「こっちにあったと思うけど……ミラアはカタナに拘りがあるのかい?」


 並んだ棚の間を歩きながらそう訊くヴァルについて行きながら、


「拘りっていうか、機能的にね。斬る、刺す、払うに特化してるからさ」


「そっかぁ」


「槍とか他の武器も、むしろアーティファクトならなんでも興味あるんだけど」


「そうなんだ。初めに訊いた感じだと、あんまり興味がないのかと思ったけど」


「……まーね」


 ミラアは僅かに気まずさを覚えた。


 先程までは、確かにそうだっただろう。


 だが、実際にこれだけ大量のアーティファクトを目にして、強い興味が湧いた。


 腰の軽いやつだと思われたくなくて、そう言いづらいと思っていると、


「この辺りだ」


 と、ヴァインシュヴァルツは立ち止まった。


 その一角には、遥か東方の秘境オリエントの武具たちが並んでいた。


「ちょっと、ヴァル……」


 またつい旧名で呼びつつ、あからさまに顔をしかめたミラアの視線。

 その先を見るヴァインシュヴァルツに、


「このカタナ――捨てた方がいいよ?」


「え?」


 ミラアが指差したそれは、一振りのカタナだった。


 漆黒の柄と鍔、そして鞘。

 納刀したままで美しいそのデザインは、ヴァインシュヴァルツの心に僅かな感動以外に何も訴えかける要素などは感じられなかった。


「なんで?」


 貴重な神代の遺産、その一つを突然〝捨てろ〟と言われ、次期国王は目を丸くする。


「いや――これ、マズい気がする……」


 そう言うミラアは真剣だった。


「詳しく教えてよ」


「いや、何となくだから。でも、これはホントに……うん」


 そう言われ、しばし考えるヴァインシュヴァルツ。


「……これが欲しいわけじゃないよね?」


「絶対いらない」


 キッパリと言い放つミラアに、そういうわけではないんだと納得する。


「……ミラアがそう言うなら、考えとくよ」


「うん……早めにね」


 そう言って、ミラアは再び他の刀剣に目を移した。


 そんな女ハンターに、ヴァインシュヴァルツは訊く。


「ミラアは、アーティファクトの効果が分かるのかい?」


 ミラアは目線を並ぶ遺産たちに向けながら、


「うん。波長が合うと、みんなそうだよ。使い方も剣が教えてくれる」


「それでかぁ」


 ヴァインシュヴァルツは納得したような顔をした。


「?」


「神話とか英雄譚でよくあるからさ。どっかに刺さってて誰も抜けなかった剣が抜けたり、どう考えても使い手がそれを使いこなしてたりさ」


 さすが帝王学に生きる男だ、とミラアは思った。

 神話や英雄譚も、歴史や人を惹き付けるカリスマ性を学ぶために大いに役に立つため、学んでいるようだ。

 そして神話や英雄譚も、実話をベースにして創られているものが多い。


「ああ、うん。それもそうだね」


 ミラアは微笑みながらそう答え、一振りのカタナを手に取った。


 鞘から抜くと、ミスリルの輝きを帯びた刀身が見える。


 納刀して一度棚に置くと、さらにもう一振り、手に取って抜いてみる。


 遺跡から出て来た武具は、見た目普通の武器と何ら変わらないものもあるが、その多くはミスリルで出来ているのが特徴だ。


 現代の技術でも見た目は模倣できるものの、手に取って軽く魔力を流せばそれが本当にアーティファクトであるか否かなどすぐに分かる。


 さらに、ミラアは人並外れたその感覚を持っていることを誰にも話していなかった。


 ヴァインシュヴァルツを見て、


「この二つ、くれるんなら欲しいな」


「いいけど――それ、どういう力があるんだ?」


 ヴァインシュヴァルツに訊かれ、ミラアはしばし思案し、


「えー、どうしよっかな」


 悪戯好きな笑みを浮かべて、青年を流し目で見る。


「いいだろ、俺がやるんだから。国家の財宝だぞ?」


 ミラアは再び思案し、

「……まだね、分かんないんだ」


「分かんない?」


 〝さっき、波長が合えば効果が分かるって言ったじゃないか〟


 そう言いたげな次期王に、銀髪の女ハンターは言葉を贈る。


「このアーティファクトは、使い手にも効果をすぐには教えてくれないみたいなんだ」


「じゃあなんでそれを選んだんだ?」


「何となく、かな。私にとって、有用な気がする――それぐらいのことは分かるから」


 何かを確信したような瞳でそう言うミラアを、ヴァインシュヴァルツはしばし見ていたが、半ば諦めたように目を逸らし、


「そっか」


とだけ言った。


 そして、


「じゃあ、またこの街に来たら、その時教えてくれよ」


「……あのカタナ、ちゃんと捨ててくれたらね」


 ミラアに言われ、ヴァインシュヴァルツは先程ミラアが恐れていた漆黒のカタナを思い出した。


「拘るね」


 少し呆れたような笑顔を浮かべる青年に、ミラアが鋭い視線を向けて、


「あのカタナ、いつからここにあるの?」


 ヴァインシュヴァルツは少し眉を潜め、


「知らないけど、あそこの棚はずっと昔からじゃないかな? 少なくとも、ローザリア卿が集めたものじゃないはずだ」


「……」


 宝物庫に、しばしの静寂が訪れた。


 何かを想うミラアと、それを少し気に掛けるヴァインシュヴァルツ。


「ねぇ、ヴァイン」


 不意にミラアが、愛称で呼ぶ。


「な、なんだよ」


 なぜか耳が熱くなるヴァイン。


「ちょっと時間、ある?」


「ん? ああ、別にあと少しぐらいなら」


 それを聞いたミラアは、少し嬉しそうに言った。


「じゃあさ、月読の塔行こうよ?」


 初めて見る少女のようなその笑みに、ヴァインは僅かに、だが確かに心を奪われたような気がした。




 

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