第86話 刺客なるものの運命
王子が生きていたという話が王都中に広まるのに一日もかからなかった。
さらに、その王子がまさか暗黒街で名を馳せたシュバイン一家の元締めだということも、彼が護国卿の娘ジェルヴェールと結婚することも、王都の市民たちを驚かせ、数日と経たずにグレザリア王国全土に知れ渡った。
王家を由緒正しい王族であるとする派閥も、ローザリア家こそ新たなる王族に相応しいとする派閥も、他の国々でさえも認める、最も理想的な婚姻である。
当然、連盟からの粛清は流れ、グレザリア王国は戦争という危機を免れたことになる。
だが、その婚姻を最も喜んだのは、当の本人たちだろう。
そんな会話をルイーザとしながら、ミラアはナイフとフォークを駆使して肉汁滴るステーキを食べていた。
王都の商業区域にある五階建ての建物の二階。
大きなバルコニー席のあるレストランで、オススメだと言うルイーザと二人で来てみたのが大当たり。
宮廷料理とは異なる庶民的な美味しさに、ミラアは新鮮な感動を覚えることになっていた。
鳥たちの姿と鳴き声が飛び交う、真昼の青い空の下。
人々の談笑に混じって咲き誇るガールズトークは終わらない。
話題から話題へ、言葉のキャッチボールに笑顔のスパイス。
それが会話をさらに咲かせていくのである。
話のネタの中心は、やはりヴァインシュヴァルツ王子とジェルヴェールだ。
ギリギリ悪口でない内容の詳細は秘密。
本人の前では決して言えない(笑)
「ミラアは結婚しないの?」
不意に投げられた質問に、ミラアはきょとんとしてから一度複雑な顔し、涼しい表情で遠くを見た。
「いい人いないしねー」
そう言いながらも、脳裏にはキュヴィリエ・ディア・ローザリア卿の甘い微笑みが思い浮かぶ。
これはしばらく引きずるかもな、と心の奥で覚悟を決める。
すると、
「キュヴィリエ・ディア・ローザリア」
その名前をルイーザが突然口にするから、ミラアは口に含んだオレンジジュースを吹き出しかけた。
慌てて飲み込み。
「ローザリア卿がどうしたの?」
と、平静に訊き返す。
「私が彼にトドメを刺したの、言ったじゃん?」
「……うん、聞いた」
自分たち二人がローザリア卿を殺したという事実と、一つ気になっていることがあり、ミラアはどことなく上の空で聞く。
「それでね――私、小さい頃に彼に会ってるような気がするんだ」
「……」
ミラアはフォークでラディッシュを口に入れる。
瑞々しく、薄い辛みが遠く感じる。
キュヴィリエの創った異世界の中で、幼い彼と一緒に座っていた赤い髪の少女。
彼女はルイーザによく似ていた。
そして、まだ赤みの引かぬミラアの瞳に映るルイーザ。
「……なんでそう思うの?」
胸を焼く想いを隠して訊ねた。
ルイーザは食事の手を止めて語り出す。
「私ね、ほんとは人間じゃないんだ。ヴァル――ヴァインシュヴァルツ王子を城から助けた時から、見た目が変わってないんだ。ううん、そのずっと前から」
「……ルイーザって何歳?」
ミラアが目を丸くして訊いた。
赤髪のSランクハンター兼娼婦は、神妙な顔つきで答える。
「分からない。昔の記憶がないのよ。ただ、ミラアよりはずっと年上」
「……ふーん」
どことなく上の空に聞くミラアに、
「あ、ヴァンパイアじゃなくて、ハーフエルフだから安心してね。ちゃんとご飯食べてるし。昼間だって出歩いてるし」
そう言ってミラアに笑顔を向けたルイーザは、ふと何かに気付いたような顔をして、
「ミラアって……そんなに目、赤かったっけ?」
ルイーザの記憶に残る、紫水晶のような色彩だったミラアの瞳は、今は美しい赤紫の輝きを帯びている。
気のせいだろうか。
「――これね、体質なんだ」
「体質?」
ミラアは涼しい顔で答える。
「うん。だいたい紫なんだけど、たまに赤くなるっていうか」
「なによそれー(笑)」
「いいじゃん、イメチェンできるじゃん(笑)」
笑顔を見せ合い、笑う二人。
だが、ルイーザの顔から再び笑顔が消えた。
代わりに浮かんだ表情は、ささやかな疑念。
「ねぇ、私たち――――どっかで会ったことない?」
そう訊ねる真摯な瞳に、ミラアは少し意地の悪い笑みを浮かべて、
「何それ、口説いてんの? 私レズだよ? いいの? フィーネにもぞっこんだしー」
それに対しルイーザは瞳を輝かせ、
「ほんとに? 私両刀だよ? 今夜ウチにおいでよ」
「ギャー!嘘だよ嘘!」
ルイーザの煌めく笑顔と誘いに、ミラアは笑いながらも泣きそうな顔で言った。
そして、
「ルイーザ、この後どうする?」
「ん? 特にないよ?」
そう言ってオートミールを口にする赤髪の美女に、ミラアは、
「私、この後ちょっと予定あるんだ」
「誰だれー? 男―?」
興味津々に食いついて来るルイーザの笑顔に、ミラアは僅かばかりの気まずさを覚えながら、
「まぁ、男っちゃ男だけど……」




