第81話 失くしたモノ
罵声にも似た歓声が止まない広場。
多くの観衆が見守る中で、太陽の光に焼かれ、燃え上がる金髪の美女の亡骸。
その美貌は既に胴と離れており、胸には大きな木の杭が打ちつけられていた。
こうして女王を討伐した二人の英雄は、立ち止まることなく国を繁栄させていった。
かつて女王が予言した通り、女王を失った獣人たちは秩序を失い、エルフたちは森へ、ドワーフたちは山へと帰っていった。
獣人たちが支配する地方都市は、治安維持を目的として、キュヴィリエ率いる〝十字軍〟が占領していった。
こうしてグレザリア王国は、ニンゲンたちだけの国となった。
ハバートが歳を重ねても、結婚しコドモをもうけても、若いままのキュヴィリエだったが、二人の友情に変わりはなかった。
キュヴィリエの王妃と、そのコドモ。
ハバートのつくる家族に対して、親友としての愛しさを覚えたキュヴィリエは、ふと赤い髪の少女のことを思い出した。
もう会うことできない。
だから、彼女の関わる〝何か〟に恋い焦がれたのだ。
あの村に行けば〝何か〟があるのではないか。
今も胸に生きる彼女の形跡を求めて、キュヴィリエは自分の出身地であるあの村を探すことにした。
だが、既に手掛かりは少なすぎた。
そもそも当時の地図に載っていた街など、それなりの大きさの都市しか無かった。
辺境の地方都市の抱える農村の一つなど、探したところで見つかるはずもないのだ。
思えば、リリスと共に馬車で王都に来た際、自分は異様な眠気に襲われて眠っていた。
あれが一夜の旅路だったという保証はどこにもない。
キュヴィリエは絵画を学び、絵を描いた。
鉄の檻から見ていた、あの光景だ。
彼の知る、唯一のあの村の姿。
昼の景色と、夜の景色。
何枚も描いたその絵を、国中にばら撒いた。
高額な懸賞金も懸けた。
それでも見つからず、時は流れた。
やがてその情報を持ってきたのは、一人の旅人だった。
似たような話は幾度とあったため、まず国の役人が行ってその真偽を確かめた。
その結果、どうも本物らしいという報告を耳にした。
「ただ――」
役人は、申し上げにくそうな顔をして困っていた。
隊商を組んで現地に向かったキュヴィリエを待っていたのは、小さな廃村だった。
(こんなに小さな村だったか?)
だが思い出せる。
見覚えのある、家屋や立ち木。
例え時の流れに建物が変わり果てても、鮮明に蘇るあの光景。
あれだけ狭かった檻は、本当に小さくて――中で暮らしていたあの頃の二人は、本当に小さかったのだと痛感した。
そして、あれだけ壊せなかった鉄の格子は、既に朽ち果て、錆びて大きな穴が開いていた。
鮮明に蘇るあの日々。
心に去来した思い出の輝き。
そして、過去への羨望と強烈な絶望感。
キュヴィリエは泣き崩れた。
部下たちの視線など、この出来事の大きさに比べれば問題ではなかった。
(――なぜ、今でないのか)
今、あの少女と出会うことができたのなら――必ず助けることができるのに。
少女の笑顔と、最後の姿が思い浮かぶ。
夕日に焼かれた檻の外で、引きずられる血まみれの小さな身体。
泥に塗れた、くすんだ赤色の長い髪を見て――取り返しのつかない大切な何かが壊れた気がした。
そう――――〝取り返しのつかない〟――――
幼き頃、キュヴィリエは叫んだ。
潰された喉で。
頭に響く鈍痛も、内臓を焼くような吐き気も忘れ、この鉄の格子に組み付きながら叫んだのだ。
今、自分は何を期待していたのだろうか。
少女はあの時死んでいた。
ここに来て、その事実を痛感した。
あの日、二十メートルもなかった少女との距離が遠すぎて、叫ぶ想いの強さに不釣り合いな、己の弱さと身分の低さに耳鳴りがした。
だが今は――――――――。
世界四大王国の一つ、グレザリア王国。
この国において、護国卿の地位は王の次に位置するものだ。
今、出来ぬことなどないに等しい。
そして、自分はここまで登り詰めることが出来た。
彼女を守ると誓ったから、その想い一つでリリスの手を握ったから、自分は今彼女を守れるだけの男になれたのだと思う。
自分は今、確かに彼女を守れるだけの男なのだ。
だが、そんな〝現在の自分〟では〝あの日の君〟など守れはしない。
〝あの日の君〟に、青黒く腫れた少年の手は届かなかった。
すべてはそこで終わっていたのだ。
――――――そして、彼女のいないこの世界で、二度と彼女に会えない時間を生きていくのか。
「お前のせいだ」
聞き慣れぬ声に見開いた瞳が捉えたのは、朽ち果てた檻の中からキュヴィリエを睨みつける、あの日の名も無き少年の姿だった。
当時の自分の姿など知るはずもないのに。




