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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
八章 統べる者
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第80話 人類の夜明けに




「そうだ、キミには名前がないだろう?」


 頷く少年に、女は言った。


「キュヴィリエ、はどうだ? いつか、好んだことのある男の名だ。キミにも、彼のような男になって欲しい」


 妖艶な笑みを浮かべる女。

 甘い気分を濁すように、なぜか脳裏に赤い髪の少女がよぎるが、少年は目の前の現実に深く俯いた。


 それを見た女は満足そうな顔をして、よく分からないことを言う。


「私の名を言っていなかったな。リリス・ロ・ドゥ・グレザリア。この国の女王だ」


「リリス、ろーど、ぐれあ……」


「リリスでいい。身支度を整えるぞ」


 純白のドレスを靡かせ優雅に歩いていくリリスに連れられて、少年は王城へと入っていく。


 民家の屋根よりも高い天井を見上げながら玄関ホールを曲がり、煌びやかな廊下を歩いて行く。

 城内ですれ違う異形の者たちの視線に少し気まずさを覚えたが、やがて辿り着いた場所に少年は強い感動を覚えた。


 白く、広大な空間。

 聳える幾つもの柱と天井が、ただ美しい。

 身体を纏う柔らかい布をリリスに脱がされ、少年は全裸になる。


 同じくドレスを脱いだリリスは、白く、美しかった。


 彼女に連れられて再び歩いて行くと、壁に懸かった巨大な銀色の板が目に留まる。


 そこには金髪を長く伸ばした全裸のリリスと――長い黒髪の〝ニンゲン〟が映っていた。


「そうか、自分を見るのは初めてだったな?」


 そう言われて、巨大な銀色の板に映る〝ニンゲン〟が、自分の姿なのだと気付いた。

 自分の姿は〝ニンゲン〟と何ら変わらないものだったのだ。


 記憶に残る赤い髪の少女と同じぐらいだったはずの身長は、いつの間にか高くなっていたような気がした。

 隣に立つリリスと、さほど変わらない高さ。


 巨大な板に映ったリリスが言う。


「なかなか綺麗な顔をしているだろう? だが、まだ子供だな。早く大人になれ」


 そう言って笑うと、リリスはまた歩き始めた。


 辿り着いたのは、空の見える広大な空間だった。


 白亜の壁に囲まれたような空間には、水に満ちた大きく美しい場所があり、煙のようなものが立ち昇っている。

 少年は、リリスと一緒に水に身を沈めた。

 その水は温かかった。


 それは、生まれて初めて感じた温もりで、少年の胸から熱い何かを呼び起こすには充分なものだった。


 ずっと住んでいた〝あそこ〟は、少年が知っていたよりもずっと冷たい場所だったのだ。

 比べるものを知ることで、それを強烈に実感する。


 零れた涙は、再び赤い髪の少女を想起させた。

 初めて会った時に、少女が流した涙。

 理由は違うかもしれないが、きっと少しは似ているのだろう。


 感情によって流れる涙など知らなかった少年は、リリスと出会ってその意味を始めて理解できた。

 そして、少女もここに連れて来たかったと強く思った。


 すすり泣きは、やがて大泣きへ。

 声を上げてただ泣く少年に対して、リリスは見向きもしなかった。

 ただ、湯の下で手を繋いでいただけで。


 何かを許されたと思ったのか、少年は誘われるようにリリスに身を寄せた。


 リリスは黙ってそれを受け入れた。


 やがて少年の気分が落ち着いた頃、再びリリスに連れられて、温かい水から外に出た。


 上から降ってくる暖かい水で髪と身体を流し、厚く柔らかい布で全身を拭われる。


 リリスに渡された服を着て外に出ると、彼女は、


「キミに紹介したい男がいる」


 と言った。


 現れたのは、自分と同じ年頃の少年だった。


 笑顔でされる挨拶。

 金髪のその少年に対して、先程キュヴィリエと名付けられたばかりの少年は、対応に困ってしまった。


 そんなキュヴィリエに女は言う。


「彼はハバート。いずれ、グレザリアの姓を継ぐ者――次のこの国の王だ」


 そして、ハバートに視線を移して、


「この少年がキュヴィリエ。キミが受け継ぐ、この国の〝護国卿〟だ。この国で最強の男になる」


 こうして名も無き少年の〝キュヴィリエ〟という人生、そしてグレザリア王城での生活が始まった。


 女王は夜しか出歩かず、昼間はいつもどこかで眠っているようだった。

 自然と、キュヴィリエはハバートと行動を共にするようになった。


 やがて、昼間の王都には四つの種族が出歩いていることを理解する。


 もう見慣れている〝ニンゲン〟たち。


 リリスが〝森の民〟と呼んだ〝エルフ〟たち。


 もう一つ〝山の民〟と呼んだ〝ドワーフ〟たち。


 そして、夜にその数を増すものの、昼間も姿を見せることのある〝獣人〟たちだ。


 ニンゲンたちは、村にいた者たちとは大きく違って、ハバートと一緒にいるキュヴィリエに友好的だった。

 むしろ、リリスの寵愛を受ける二人に敬意さえ見せていた。


 エルフは、緑色の髪を持った美しい者たちだったが、彼らそして彼女たちは同族を誇りし、他種族を見下す傾向が強かった。

 彼らは魔術という技法に長けており、一部の眉目秀麗なニンゲンたちが、彼らそして彼女らに弟子入りをして、その技法を学んでいた。


 ドワーフは、小さく筋肉質な身体に、赤茶色の髪をしていた。

 他種族に興味が無いといった風で、いつも物づくりに励んでいた。

 彼らの作る工芸品は秀逸で、王都の建物は彼らの技術によって築かれたという。

 多くのニンゲンたちも、やはり彼らに弟子入りしているようで、その技術はニンゲンたちの間で普及しつつあった。


「すべて、リリス様の命令で、だけどね」


 そう言って、ハバートはキュヴィリエを見た。


「リリス様は、エルフの魔術とドワーフの工作技術を僕ら人間に与えてくださり、その上で国を僕らに譲ってくださるんだ」


 そう言って浮かべたハバートの表情に、キュヴィリエは吸い込まれるような錯覚を覚えた。


 理解や共感を超えた、潰えることのない安らぎをくれる微笑み。


 理解して欲しいと思うところまでを理解し、信じて欲しいと思うところまでを信じ、伝えられればと思うこちらの想いを確かに受け取ったと安心させてくれる。


 そんな次期王に、キュヴィリエはいつしか憧れを抱いていた。


 王城に住む人間はハバート一人だったが、王都には他にも貴族階級という特権を持った人間たちが何人も住んでいて、ハバートは若くして彼らのカリスマのような男だった。


 だが〝冠をハバートが受け継ぐ〟ということは彼とキュヴィリエの二人しか知らず、二人は使命と秘密を共有する間柄になっていた。


 ハバートと過ごす時間は多かったが、そのすべては〝一緒に国を治める事〟に向けられていたと思う。


 キュヴィリエは、王都で暮らしながら、まず〝街〟と〝文化〟を学んだ。


 それでも足りない部分を補うために、ハバートと一緒になって書物を読み、そこで多くの歴史を学んだ。


 城の外は治安が悪く、王都でも犯罪などは日常茶飯事だったため、人々は戦闘の強さに価値を見出しており、人の上に立つためにも二人は戦いの腕を磨いた。


 ハバートは剣術において、キュヴィリエは魔術において破格の才能を発揮した。


 生き方を知らなかったキュヴィリエには、女王に指示された生き方を全うする以外に道が見えなかったのだ。

 すべてを忘れて〝護国卿〟という役割に殉じることは、ごく自然なことだったのかもしれない。


 ハバートはリリスに心酔していたが、キュヴィリエはそれがリリスに血を吸われているからだと見抜いていた。


 この王都に辿り着く前に、馬車の中でリリスが言った一言が脳裏によぎる。


〝私の精神干渉が効かないか〟


 リリスは、血を吸うことで人々の心を操ることができるのだ。


 リリスは、毎晩キュヴィリエやハバートを含むニンゲンたちを一人連れて、寝室に行く。


 連れられていくのは、若い少年や少女たちばかりで、時には帰って来なかったという話さえ聞いた。


 リリスは、この世界を支配する四人の女王たちの一人〝ヴァンパイア〟だ。

 彼女はニンゲンの生き血を飲んで生きている。


 人が、肉や野菜を食べるのと同じこと。

 キュヴィリエもよく寝室へ連れて行かれるため、特に思うところはなかった。


 だから、それがどういう理由であれ、太陽のように生きるハバートは、日々キュヴィリエの心を惹き付けていった。


 やがてハバートとキュヴィリエは〝神々の黄昏〟という秘密結社に所属した。


 それは〝人類の夜明け〟というコードネームを冠した革命を起こすことを目的としたニンゲンの組織。


 四つの国を統べる四人の女王たちを暗殺し、四つの国をニンゲンたち自らの手中に収めようという者たちの集まりだ。


 革命の理由は幾つかあり、まず四人の女王たちの仲が険悪で、いつまた戦争が起きるか分からないという不安。


 また、今の四大王国では、ニンゲンの立場が好ましくないという不満。


 さらに、各国の地方を治める領主たちが、獣人たちから知恵の働くニンゲンたちに変わっていったことによって、ニンゲンたちが自信を持ったことで生まれた野望もあったのだろう。


 つまり、多くのニンゲンたちが女王や獣人たちに支配・捕食されることなく、エルフやドワーフたちに見下されることなく、この国を手中に収めたいと思っていたのだ。


 グレザリア王国で特権地位を得ていた二人は、すぐに結社の中でグレザリア王国を担当する役割を与えられた。


 やがて、少年だった二人は青年へと育ち、革命を起こす時が来た。




 

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