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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
八章 統べる者
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第77話 魔王 2




 炎の巨竜が、確かにキュヴィリエを見た。

 狙いを定め、溜め込んでいたように膨大な炎を吐き出す。


 土石流を連想する多量の炎を眼前に捉えたまま、キュヴィリエの手が空を切る。

 五指から展開した青い軌跡は、すべての魔術を遮断する不可侵の境界線だ。

 五本の線はアミダクジのように繋がっていき、すぐに大きな面へと展開し、豪快な滝の如くぶつけられる炎と熱気を完全に遮断する。


「くっ」


 視界を埋め尽くす業火の激しさに、キュヴィリエは眉をひそめた。


 炎の土石流が止むと同時に、遮断結界を解除し、火竜を見上げる。


 破格の相手。

 だが、魔術の戦いでならば負けはしない。


 そんな自負に魂を鼓舞され、キュヴィリエは右掌に精神を集中させた。


 生じた青い光は形状を整え、火竜へ向けて幾重にもなる魔法陣へと変化する。

 掌から逆円錐状に展開したそれらが青い輝きを放ち、複雑に回転、すべてを凍てつかせる膨大な冷気を発生させた。

 大気中の水分は瞬時に凍り付き、青い煌めきが竜に迫るように広がっていく。


 男の魔術に何を感じたか、炎の竜は一度上空へと大きく間合いを開けると、すぐに思い直したように極寒の冷気を睨み、その向こうにて手を翳すキュヴィリエへと襲いかかる。


 まるで、意志を持った生き物のように。


 氷よりも遥かに冷たい絶対零度の暴風を突き進み、襲い来る竜の身は灼熱の炎。


 まだ距離が開いているというのに、キュヴィリエの肌に焦げるような痛みが走る。


(これでも消えない、か)


 迫り来る、獣の姿をした炎の悪魔を前にして、キュヴィリエは心を沈めて左手を構えた。


(原理は元より、特性さえ分からんが……。生物ではなく、魔力の成す技ならば……!)


 キュヴィリエの左手から、五本の青白い軌跡が周囲に伸びる。

 輝く五本の線が面へと変わり、再び破魔の絶縁結界が展開された。


 同時に右手を基点に展開していた魔法陣を全て解除し、右手からも光の五線が大きく展開する。


 左手の絶縁結界が成した形状は巨大な盾だった。

 火竜は身の危険を感じたかのように虚空に静止し、間を置かずに炎の土石流を吐き出すも、すべての魔術を遮断する最強の盾の前では問題にならない。


 視界を業火に塞がれながらも、キュヴィリエの右手に輝く光は大きく細長く収束し、巨大な光の剣を形成した。

 謁見の間にて氷の檻を斬り刻んだ破魔の剣を、目の前に塞がる業火の向こうに浮かぶであろう火竜へと振りかぶる。


 右手の剣を正面の敵に当てるため、左手の盾の形状を変化させた瞬間、有り余る熱気がキュヴィリエの全身を焼いた。


 顔を中心に、全身の皮膚が痛い。

 肺が灼熱を嫌い、呼吸ができない。

 魔術による冷気にて全身を包むも、焼け石に水だ。

 だが戦意は衰えを見せない。


 絶縁結界で構成された巨大な剣は、所詮魔力を遮断する性質のものであり、物体を斬ることはできない。

 しかし、魔力によって構成させた炎の竜の体ならば、一振りで断ち斬ることもできるはずだ。


 結界剣の一振り、キュヴィリエの放った渾身の一撃に、巨竜の首は横一門に切断された。


 断末魔の如く燃え上がる地獄の炎と共に、炎の悪魔がこの世界から消えていく。

 同時に、役目を終えて霧散する二つの遮断結界。


 静寂を取り戻した夜の中、キュヴィリエがミラアの姿を視認するのに一瞬の時間を要した。


 夜空を仰げば、いつの間にかキュヴィリエの遥か頭上に移動し、見下ろすミラア・カディルッカの笑みが浮かんでいた。


 彼女の差し出した右手から、赤い雷が一筋、二人の下に広がるグレザリア王城の屋根へと奔る。


 神の怒りにも似た光の落下点に、巨大な魔法陣が浮かび広がる。


 やはり赤い輝きを放つ解読不能な文字と図形。

 二次元であるそれが幾重にも分かれ、複雑に回転した。


 それがまるで不可視の穴であるかのように、そこから紅蓮の炎を纏った竜が這い出て来る。


 その体躯はみるみる大きさを増し、グレザリア王城の大きささえ小さく錯覚させるほどに巨大化していく。


 放出される熱気は、この夜すべての空気を焼き尽くすようにも思われた。


 深淵な瞳にて絶望を見据えるキュヴィリエの脳裏に、かつて本物の巨竜を殺した記憶が、先程よりも鮮明に蘇る。

 忘れもしない光景、その周囲には焼け朽ちた兵士たち。

 たった一人で挑み、勝利を掴んだのだ。


 あの悪魔に比べれば、この炎による人形共など何のこともない。

 いくら巨大であるとはいえ、実体の無い存在になど負けはしない。


 空高くへと舞い上がった魔王ローザリアは、右手の五指から輝く軌跡を展開させた。


 同時に、巨竜が炎を吐く。

 流石は炎の化身、炎の息を吐き出す早さは本物の竜のそれを超える。


 そして、その火力は先程とは比べものにならない激しさだ。


 なるほど、盾と剣の二つを使っては、この炎を防ぎながら敵を斬ることはできない。


 魔王ローザリアの右手に再び輝いた軌跡は、巨大な盾となって視界を覆う炎を防ぐ。


 獄炎の量は魔王ローザリアの展開した巨大な光の盾を大きく越え、周囲から押し寄せる熱風が肌を焼いた。

 もし自分が火竜の頭と同等の高度まで上がっていなかったら、背後にあった城まで焼かれていたかもしれない。


 脳裏に、謁見の間にて自分から走り去って行ったヴァルとジェルヴェールの姿が思い浮かんだ。


 そして、その深淵なる瞳に強い意志が宿る。


 魔術の操作は、精神の操作でありながらも肉体の操作に似る。


 闘う覚悟の無い者が戦えぬように、剣の心得が無い者が剣を扱えぬように。


 そして逆も然り。


 自ら展開する絶縁結界の盾の内側、そこに魔王ローザリアは右手を添えた。


 全身に広がる世界と、右手が引き起こしている世界の歪みを感じ、その歪みを崩さぬように左手からさらなる干渉を加えていく。


 すぐ下に見える月読の塔。およそ百年前、そこで太陽王ハバートと語っていたことを鮮明に思い出す。


(「すべてを貫く矛と、すべてを防ぐ盾、どっちが強いかだって?」)


 その王がまだ若き頃、まだ魔王と呼ばれる前のキュヴィリエを見るその瞳は深かった。


(「そもそも言い方が悪いよな、それ。そんなの、その〝すべて〟によるだろ。でもさ、そんなことより――」)


 今、魔王ローザリアの眼前にて展開する光の盾。

 それに翳した左手から生じた新たなる軌跡が巨大な盾と同調し、光の文字と図形を刻んでいく。


(「その盾と矛、一緒にできないもんかな?」)


 夜を焼き尽くす業火をせき止める巨大な盾から、長大な光の剣が生じ巨竜を穿った。


 一本の剣は数十の剣へと変化し、花弁が開くが如く刃先を大きく広げ、激しく回転――巨大な火竜を斬り刻む。


 如何なる仕組みか、疑似生命を与えられていた炎の魔術は、それにて完全に霧散した。


 消えゆく炎の中、無事に佇んだ魔王ローザリアは、神代の魔法構成を予測する。


「……竜を模した、精巧な立体魔法陣か」


 あらゆる魔術において、魔法陣はその根源たるもの。

 それにて構成される疑似生物ならば、その殺し方は結果として生命体のそれと同じである。


 自然生命体でいうところの臓器、つまり立体魔法陣の〝主要な部分〟を破壊、或いは切断することができれば、これらの魔法生命体は存続する力を失い消滅するのだろう。


「ご名答」


 冷たく燃えるような女の声に天を仰ぐと、そこにはミラア・カディルッカの姿があった。


 その身に紫の雷光を纏わせ、それが背中から左右へと大きく広がっている。

 その姿は、顔をしかめた魔王ローザリアに、雷光の天使を連想させた。


 激しく明滅する雷の羽根先がこちらへと大きく曲がり、その足を大きく伸ばした。

 世界を明滅させ、魔王ローザリアを襲う無数の紫電は、天からの裁きを連想させる。


 魔王ローザリアは決死の想いで、新たなる遮断結界を展開させた。

 形状はやはり巨大な盾だ。

 布が激しく破れるような音を立てて世界が明滅する中、神秘を遮断する絶対の守りは、天の裁きでさえ破れないでいた――が、


「――ここまでだね」


 ミラアの声は魔王の耳に届いただろうか。


 魔王ローザリアの左右に、青く煌めく巨大な竜が二体、佇んでいた。


 目も鼻も口も氷で出来ているのが見て取れるものの、固形ではなく細かい氷の密集体のような質感。


 自然体で放つ冷気は魔王ローザリアの黒髪を凍てつかせ、牙の生え揃う巨大な口を向けて、今にも絶対零度の吐息を吐き出しそうに構えている。


「……」


 今にも攻撃するであろう体勢のまま虚空に浮かぶ氷竜に挟まれ、己を襲う雷も途切れたことを確認した青年は、展開していた遮断結界を霧散させた。


 一体、どれだけの魔法生命体を生み出す力を持っているというのか。


 そんな疑問を胸に、魔王は銀髪の女ハンターを見ていた。




 

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