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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
八章 統べる者
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第76話 魔王 1




 グレザリア王国の誇る華の都、その中心地であるグレザリア王城。


 堂々とした敷地から天を突くその頂き、天守の下に位置する謁見の間。


 許しを得た者が、グレザリアの王たる者の目下へと馳せ参じることのできる栄誉、その意味に相応しい豪華絢爛な室内は、今や完全に焼け落ち、廃墟のような趣しか感じられなかった。


 丹念に石灰を塗った白亜の柱は黒ずみ、舞い降りる神々が描かれた天井は焼け落ち、華麗な絨毯など石造の床の上を汚す煤に成り果てている。


 そこに立つ者は二人。


 深淵なる瞳を見据え佇む、黒い髪を下ろした眉目秀麗な青年。

 人類王都連盟によって〝今世紀の魔王〟と指定された、人類歴創世の魔術師キュヴィリエ・ディア・ローザリア。


 不敵な笑みで相対するのは、キアラヴァ王国からやってきた銀髪の女ハンター、ミラア・カディルッカ。


 未だに玉座の前から動かぬローザリア卿と対峙したミラアは、白い右手を高く掲げた。


 細く美しい五本の指に纏わりつくように現れたのは、赤い光の糸。


 傍目には極細の魔法陣になど見えないそれは瞬時に発火し、巨大な炎が高い天井にまで燃え盛る。


 大きく揺らめく形状は問題ではない。

 その温度と質量が問題だった。


 広い室内の気温が急上昇し、熱風がローザリア卿の頬を撫でる。


 大きく扇状に広がった炎は、ミラアの右腕の動きに伴って、上から叩きつけるようにローザリア卿を襲う。


「!」


 ローザリア卿の目が見開くと同時に、足元に奔った無数の青白い軌跡が上へと伸び、彼自身を包み込むように展開した。


 複雑な図形や文字に似た軌道を描いたそれは、絶対零度の冷気を封じた魔法陣だ。


 ローザリア卿の周囲を包み込む、もはや〝陣〟とは呼べぬその形状は、炎と共に荒れ狂う熱風を遮断するためのものである。


 炎の巨掌が撫でた後には、無傷のローザリア卿と、彼の周囲を除いて真っ黒に焼け焦げた床が残った。


 巨大な炎の手が消失すると、ミラアの右手に青色の光が灯る。


 その輝きを軽く床に叩きつけると、彼女の足元に波紋が広がるように魔法陣が現れ、まるで見えぬ巨人の足跡のように、同じ物がローザリア卿の方へ向かって幾つも生じていく。


 床の上に計八個、ほぼ一直線に現れたそれらから生えたのは、八本の巨大な氷柱。


 それらは周囲に凍てつく冷気を撒き散らしながら、真っ直ぐにローザリア卿を襲う。


 その膨大な質量は、もはや氷柱というよりも急激な大地の隆起を連想させた。


 それを見据えるローザリア卿の身体が宙に浮く。

 高速で上空に回避した彼を、八本の巨大な氷柱から生じた新たなる氷柱の群れが追い越し、それらからさらに生じた無数の細長い氷柱がローザリア卿を追い詰めていく。


 無数の氷柱はさらに無数の氷柱を生み、青年は一瞬で氷の森の奥へと閉ざされた。


 だが、張り巡らされた氷の森が、内側から巨大な光の剣で斬り刻まれるのを、ミラアは見ていた。


 砕け散った氷は霧散し、深淵なる瞳でこちらを見据える、徒手空拳のローザリア卿が姿を現す。


 代わりに、ローザリア卿の足元から奔った無数の線状魔法陣が床から上へと伸び、無数の蛇のようにミラアを取り囲む。


 真紅の檻は一瞬で発火し、室内の空気ごと彼女を焼き尽くすかのように激しく燃え上がった。


(〝竜殺し〟か)


 身を焼き尽くす炎の中で、ミラアは思った。


 納得だ。

 大型の竜種――もはや魔獣という枠を超え、災厄を呼ぶ悪魔として扱われる彼らでさえ、この男には敵わなかっただろうと確信する。


 ローザリア卿の放った炎の陣は、ミラアの周囲に発生した見えない空間の膨張に押されるように霧散した。


 人智を超えた災厄の後、静寂を取り戻した謁見の間に、ローザリア卿とミラアが残った。


「拉致があかないねー」


 ミラアは不敵な笑みを浮かべたまま、赤く光る瞳でローザリア卿を見据えて言った。


 現グレザリア王国建国時からこの国を守護する役割を担って来た青年は、深淵なる瞳で真紅の視線を受け止める。


 ミラアの笑みがさらに深く、妖艶に歪んだ。


 銀髪の女ハンターは、床を軽く蹴った。

 在り得ざる力によって全身が前へと急加速し、視界が一気に後ろへと流れる。


 目にも留まらぬ速さ。

 刹那という時間を超えると、ローザリア卿はすぐに目の前だった。


 鞘から抜き放つカタナは二振り。

 鋼色の鋭利な光が護国卿を襲う。


 それを受け止めたのは高密度に創られた氷の壁だ。


 ローザリア卿を庇うように現れたそれは、あっけなく砕け散りながらも、銀髪の女ハンターの得物二つを一撃でへし折ることに成功する。


 が、

 ミラアの瞳に涼しさが浮かぶ。


 その瞬間、彼女の足元に紫色の魔法陣が大きく広がり、回転。

 光を放った。


 空間の一部を重力を中和して発生させた無重力ではなく、完全なる〝重力の逆転〟現象。


 ミラアとローザリア卿は共に床から天井へ向かって落下し、さらに彼女の体術によって絡んだ二人は、そのまま割れた天窓から外へと躍り出た。


「な!?」


 流石に馴染みの無い状態。


 夜の大空へと落下するという原始的恐怖に、ローザリア卿は声を漏らした。


 魔術によって歪められたのは、その空間に作用する重力そのものだ。


 基点たる魔法陣がすでに遠く離れた以上、如何なる術を持ってしても遮断することはできない。


 咄嗟に思いついた手段としては、より強力な魔力を以って空間にかかる魔術そのものに干渉することだが、その重力は既に女ハンターの支配下にある。

 それを覆すことができるとすれば、それは一体どれ程の魔力が必要とされるのだろうか。


(出鱈目な……!)


 ローザリア卿は、自分を掴み空へと落としていく銀髪の魔女を睨みつけた。


 グレザリア王国にて、究極の魔術士として生きて来た。

 あまりに桁外れな実力故に、魔術士として誰かと比べられたことさえなかった。

 百年間。


 今相対する銀髪の女ハンターが、初めての例外なのだと確信する。


 城の屋根から夜空へと落ちていく最中、大きく視界が開けた。


 頭上に広がる王都グレザリアの夜景は、より広大すぎる星空に比べてあまりにも狭く感じた。


 自らに絡みつくミラアと共に、天空へと落下していくローザリア卿は、魔術によって歪んだ世界を感じ、そこに己の精神を以って干渉した。


 明らかに現世のレベルを超えた力に、自らも人外の力を以って拮抗する。


 生まれて初めて相対した絶対的強者の魔術。

 生まれて初めて試した、己の全力の反魔術。


 ローザリア卿はミラアの支配する重力を中和することに成功し、二人は空中で停滞した。


 間を置かず、ミラアは護国卿を大きく蹴り飛ばした。

 続けざま、右手に巨大な炎の鈎爪を召喚する。


 逆転重力空間から解放されたローザリア卿に迫る炎の鉤爪は大きく、まるで壁が倒れてくる様に似ていた。

 すかさず呼び寄せた暴風に身を翻し、回避する。


 それを逃がさぬと、睨む銀髪の女狩人。

 その右手からは巨大な鈎爪が燃え上がったまま、さらに右肩から燃え盛る炎が噴き出す。


「!」


 刮目する護国卿の視界で、炎は大きな火柱となって夜空へと燃え上がり、それは質量を増やして大きく展開、ミラアの右肩から天へと向かって扇状に広がっていく。


 灼熱の片翼。


 それを見たローザリア卿は、神教における天使と言った美しいものを連想しなかった。


 禍々しい、まるで悪魔のような何か。


 どこか懐かしい気分になりながらも、大きく撫でるように迫り来る灼熱の翼を迎え撃つ。


 ローザリア卿は、その手で大きく虚空を薙いだ。


 手元にて輝く青白い光を基点に、展開する巨大な氷の壁。


 絶対零度の冷気を纏ったそれによって灼熱の翼を防ぐも、爆発するような勢いで撒き散らされた蒸気によって視界が埋まる。


 すかさず暴風を呼び起こし、蒸気を振り払ったローザリア卿が目にしたものは、十年前、王の命にて飛び込んだ悪夢を連想する光景だった。


 鍵爪も翼も、こいつの一部だったのだろう。


 ミラア・カディルッカの白い右腕に細長い尾の先を巻き付けたまま生まれたのは、空に浮かぶ巨大な火竜。


 全長は二十メートルを超えるだろうか。満月と満天の星空を背景に、肌を焼く熱気を放ちながら、虚空にその姿を大きく揺らめかせている。


 そして、人外の魔王だからこそすぐに気付いた。

 大きく揺らめき、常に不安定ながらも形状を崩さないそれが、ただの炎でないことに。


(これは、もう魔術と呼べる領域ではない……!)




 

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