第74話 疑念
新たな敵は現れていないものの、ここからは早く離れるべきなのだと思う。
だが――。
「おい、フィーネ、外はどうなってる?」
痛みに堪えながらも次の行動に移ろうとするヴァルに、フィーネは視線を向けて、
「…ねぇヴァル、一個教えてくれない?」
「今はそれどころじゃないだろ!」
今なお強く残る痛みと恐怖のせいだろうか。
余裕なく声を荒げるヴァルに、フィーネは淡々と言う。
「ううん、こっちが先」
「……なんだ?」
己を急かす危機感を堪えて、ヴァルは質問を煽った。
「ミラアさんは?」
ヴァルの脳裏に、謁見の間で対峙したローザリア卿の姿と、ミラアの顔がよぎる。
ヴァルは正直、フィーネとミラアの関係を把握しきれていない。
フィーネが下手な気を起こさないか不安に思いつつも、
「……王城だ」
と答えた。
「革命に参加してるの?」
「……ああ」
このタイミングで王城にいるのなら、護国卿と闘っていることは明白だ。
まさかミラア・カディルッカを助けに行くなんて言わないだろうなと懸念していると、先程自分を兄貴分だと言ってくれた少女は意外な質問をした。
「ミラアさんは、なんで革命に参加したの?」
なんだ、そんなことかとヴァルは思った。
つまらぬ会話ならば、さっさと終わらせるに尽きる。
「お前に拘っているからだ」
「嘘。他に理由があるはずよ」
フィーネの言葉にヴァルは顔をしかめて、
「他に理由だと?」
「アンタ、旅の途中で出会っただけの人のために、一国を敵に回す?」
「……」
言葉が見つからなかった。
ミラア・カディルッカとフィーネの間には、ヴァルの知らない親しい関係があったわけではなかったのか?
言葉を失くしたヴァルに、フィーネは続ける。
「ミラアさんにはね、グレザリア王国に来た目的があるの。知ってる?」
ヴァルの脳裏に〝月の女神アルテミス〟を自称する悪魔の言葉の数々が蘇る。
(「あの女が護国卿を倒した時、この国はあの女を認めない」)
(「私は彼女の――そうね、好みの料理を知ってるわ」)
(「あの女の性格を考えたら、グレザリア王国に来ないはずがなかったからよ。あの女は目的があってこの街に来た。私はその目的を知ってるだけよ」)
ヴァルの思惑を他所に、目の前にいるフィーネが考える時間をくれるはずもなく、
「アンタ、なんでミラアさんが革命に参加したと思ってるの?」
付いて行けないヴァルに、影を浮かべるフィーネがトドメを刺す。
「ミラアさんが、キアラヴァ王国からの刺客――そう考えたことはない?」
ヴァルの後頭部に、重たい衝撃が走った。
戦争前に、キアラヴァ王国からやってきた素性の知れないSランクハンター、ミラア・カディルッカ。
その来訪を予知した悪魔アルテミス。
なぜ彼女たちが、この国に仇名す者ではないと思っていたのだろうか。
まさかと思い、愕然としているヴァルを見つめながら、フィーネはこの数日間抱いていた疑念を振り返った。
社交界で、戦争に対して賛成反対の思惑が漂っていたことは知っていたが、近々革命が起きるかもしれないという話を聞いた時は、正直気が動転した。
その首謀者がヴァルであることは、フィーネならばすぐに察しがついた。
眠れぬ夜を過ごしたものだ。
そんな中、王都から離れて、ミラアに会って――国に仕えない生き方というものを、身を以って経験した。
カマイタチの件で、ヴァルがミラアを巻き込もうとしたことにも勘付いていたし、ミラアが王城に住み込んでからは、ミラアがヴァルに騙されているのかもしれないとも考えた。
どう考えても、ミラアが革命を知ってそれに手を貸す理由がないからだ。
今日革命が起きているのだから、ミラアのそれは潜入だったことはつい先程理解した。
そして同時に、ミラアは己の意志で革命に参加したのだろうかという疑問が浮かんだ。
もし、ミラアがヴァルに脅迫まがいの手段で無理やり手伝わされているのでないのでないなら――革命に参加していることがミラアの意志だというのなら。
革命こそが、彼女がグレザリア王国に来た目的と一致しているのかもしれない。
キアラヴァ王国出身のSランクハンターが、グレザリア王国の革命に手を貸す。
それはつまり、彼女がキアラヴァ王国から送られて来た刺客なのではないか。
〝護国卿〟キュヴィリエ・ディア・ローザリア。
彼は人類王国連盟に〝魔王〟と呼ばれる男だが、彼の存在が現在グレザリア王国の要になっていることは疑いの無い事実なのだ。
つまり、ミラアは元々ローザリア卿暗殺の使命を持って、グレザリア王国にやって来たのではないか。
そんな疑念を抱くフィーネに見つめられながら、ヴァルは必死に頭を回した。
ミラア・カディルッカがキアラヴァ王国からの刺客だとすれば、革命を起こしてローザリア卿を打倒し、その後グレザリア王国をキアラヴァ王国に吸収させるはずだ。
ならば、なぜグレザリア王家の血筋である自分を助けたのか。
また、ずっと知恵を貸してくれていた美しき悪魔、アルテミス。
あの女は何者なのだろうか?
多くを語らないあの女が描いた絵は、本当に自分を王にするためのものなのだろうか。
「私はミラアさんが、私たちを裏切るって言ってるわけじゃないわよ――ただ、あの人はよく分からない。それだけよ。さ、逃げましょ」
フィーネが話を切った。
この話を優先させたのは、今夜彼女自身の身に何かがあっても、その疑念を自分に伝えたかったからなのだろう。
ヴァルはそう思った。
とにかくヴァルも、ここから離れることに集中した――胸に残る大きな疑念を消せぬまま、一先ずそこから目を逸らして現状を意識する。
大聖堂の門は夜間固く閉じられている上に、今正面から外に出るのは得策ではない。
フィーネのいた宿舎に対して収集が掛けられた以上、ヴァルとジェルヴェールに対する捜索は既に王都全域で行われている可能性もあるのだ。
ミラアの起こした火事など、あくまで城内にいる兵士たちを誘導することしかできないだろう。
フィーネは周囲の精霊たちに語りかけた。
自分と、ヴァル、それにジェルヴェールの周囲から重力の枷を外すようにお願いし、浮いた二人を両腕で抱えると、床を垂直に一蹴した。
勢いよく身体が浮遊、上昇していく。
目指すのは、ヴァルが侵入した天窓の穴。
魔術の光に照らされた大聖堂が、フィーネたちの眼下へと下がっていく。
流れ込んでくる夜の空気が、出口へと導いてくれているような気がした。
その先に、希望を信じていながら。
天窓を上に抜け、景色が開けた。
満天の星空と夜気がフィーネたちを迎えて、涼しい夜気が頬から首までを撫で――安心感を期待して、直面した現実に愕然とする。
「おや、フィーネ嬢。謀反人を捕えましたかな?」
なぜここにいるのか。
月明かりの下、大聖堂の広大な屋根――幾つも聳える尖塔の上や、長い大棟の上に配置された黒衣の騎士団が十数名。
それを束ねる一人の男。
「……ええ、ですからエル・エスパーダ。そこをどいて頂けませんか?」
フィーネの言葉に、対峙する騎士――黒の騎士団副団長エル・エスパーダが答える。
「こちらに引き渡して頂きましょうか」




