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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
七章 残月の叫び
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第72話 月下の騎士 1




 集まる黒騎士たちの殺気、そして襲い来る幾本もの必殺の矢。


 それらすべてを越えながら、ミルバーン兄弟は夜を走り抜ける。

 弟のように想う、彼らの王の身を案じ、探しながら。


 そして、王城から離れ、追撃の手が止んだと思ったその時、


「!」


 二百メートルほど離れた屋根の上に立つ、その姿に目を止めた。


 大型集合住宅の軒の上に佇む凶悪なシルエット。

 それは複数の武器を身に付けた黒馬の騎士。


 構えるのは、クロスボウではなく大掛かりなロングボウ。

 習得に時間がかかる上、持ち運びに不便なため、クロスボウに取って代わられた暗黒時代の長距離武器だ。


「ハ、石器人かっつーの」


 鼻で笑うチェスターの顔面に飛来した必殺の長矢を、フェイの剣が斬り払う。


「あぶ――」

 蒼褪める天才魔術師に、再び飛来するロングボウの長矢。


 標準の正確さ、矢の速度、そして連射速度。

 並大抵の腕ではない。


 再びフェイが斬り払うも、長矢の連射は止まらない。


「このまま近付け」


「おうよ!」


 守りを相棒に任せて、チェスターは夜に満ちる精霊たちに命令した。


 無重力下にて背中を押す暴風が、さらに強さを増す。


 右腕の痛みにより日頃より精度は落ちるものの、凡俗な者共よりは遥かに上手く飛んでいく。


 チェスターの視界、まだ遠い月光の下。


 騎乗している漆黒の射手は、そのまま馬ごと真上へと高く飛び上がった。


「!」


 騎乗したまま飛行する――今のチェスターと同等の魔術に、ミルバーン兄弟は目を剝いた。


 黄金の満月を背景に、影絵となった騎士は、虚空にて再びロングボウを撃ち放つ。


 逆光を利用した必殺の長矢を、必死の想いでフェイは斬り払った。


 敵との間合いは五十メートル弱。


 僅かに空いた時間、フェイは懐からチャクラムを一つ取り出し、腕の筋肉に魔力を通して投擲した。


 だが空を駆ける騎士は飛来する暗器を華麗に躱し、そのまま空を走り出した。

 そして、止まることもなくロングボウを番えて放つ。


「なんなんだ、あいつ!」


 チェスター・ミルバーンは、騎士を舐めていた。

 それを深く理解する。


 よく訓練された馬に乗りこなし、その馬ごと空を飛び、その上でロングボウを連射する。

 こんな騎士が実在したのだ。


「手持ちの武器が終わった」


 そう言ったのはフェイだった。

 だが飛来する長矢は止まらない。


「ああ、くそう!」


 チェスターは比較的足場として良さそうな屋根の上に降りると、風と重力に対する干渉を解除する。


「とにかく、やるぞ!」


 既に振り切って来た他の黒騎士たちに追いつかれることを危惧しながらも、そう言ったチェスターにフェイは同意する。


 こんな奴に付け狙われたまま逃げるなど、危険極まりない。


 再び飛来する矢をフェイが斬り払うと同時に、チェスターは右足を前に出した。


 虚空に展開した青い魔法陣は、横向きに敵を狙ったものだ。


 幾重にも回転し、特定の形状の氷と、冷気の暴発を生じさせる。


 冷たい余波と青い光を撒き散らしながら、撃ち放たれたのは大槍程もある氷柱が数本。


 夜気を貫く氷の凶器は、弓矢の如く騎士を狙い飛ぶ。


 だが夜の王都の空を駆けながら、新たな矢を番える月下の騎士には当たらない。


(余裕で軌道を読んでやがる……)


 フェイにも匹敵する動体視力と戦闘センスか。


 チェスターはすぐに新たな魔法陣を展開する。


 待ってはくれない騎士の矢をフェイが斬り払う。

 だが、こちらもゆっくりしているわけではない。


 チェスターの眼前に展開した紫色の魔法陣は、やはり敵を狙った横向きのもの。


 中央に大きく一つと、その四方に小さく四つ。

 主体になる一つを小さな四つがフォローするもので、自ら見惚れたくなる出来栄えだ。


 溢れ出る雷を、まだ抑え込みつつ精巧に操作していく。


 屋根に立つチェスターと、夜を駆ける月下の騎士。

 その距離は大よそ三十から五十メートル。


 通常ならば雷魔術の射程を超えるその距離を、チェスターの技量はものともしない。


 白紫に輝くの魔法陣から、収束させた雷を細長く伸ばし、夜空を走る月下の騎士を狙い撃つ。

 躱せるものなら躱してみるがいい。

 周囲を照らしながら明滅する紫電の魔手は、虚空を撫でるように月下の騎士へと追いついて行く。


 そして遂に命中、空から落下する騎士の長弓。

 そして雷を全身で浴びる騎士。


 そう見えた――だが、騎士が雷を全身で浴びたわけではなかったことを、チェスターはすぐに理解した。


 手放した弓矢の代わりに、手に持っているのは白銀の槍斧。

 それで紫電を受け止め霧散させながら、騎乗した状態でこちらへ突っ込んで来る。


「フェイ、接近戦でいけるか!?」


 騎士の皮を被った怪物を前にして、余裕の無いチェスターの問いに、


「こっちの獲物が心許ないがな」


 フェイは手にした剣を意識し、相変わらず低くよく響く声で言った。


 続けて、

「馬ごと突っ込んで来やがる。避ける準備をしてくれ」


 頼りになる相棒の低い声に、


「いや、返り討ちだ」

 チェスターは笑い、稼働していた芸術的魔法陣を解除。


「当たるか分からねぇが、真っ直ぐ特攻はさせねぇよ」


 チェスターの目の前に展開したのは、赤く輝く魔法陣が中央に一つと、その四方に計四つ。

 先程と異なり、これはすべてが敵を攻撃する魔法陣だ。

 槍斧で魔術を打ち消すというのなら、五方向には対処できまい。


 幾重かの回転を経て、魔法陣は迫り来る敵目掛けて五本の火柱を吹いた。


 その瞬間、チェスターには死角になって見えなかったが、刮目するフェイの視界の中で、月下の騎士が槍斧を大きく振るった。


 (投擲…強烈な!)


 フェイはすかさずチェスターに駆け寄り、華奢なその身体を抱くようにして屋根に転がる。


 状況を読めないチェスターの視界で、自分のいた位置を銀色の疾風が吹き抜ける。


 それは高速で回転する槍斧。


 鈍重な凶器に青蒼褪める暇はなかった。


 屋根から転がり落ちる二人の真上に踊りかかる、単身の騎士の姿。


 手には紫電を纏う二振りの刃が握られている。


(雷魔術……!)


 精霊に叫ぶ暇もなかった。


 月下の騎士の持つ刃から伸びた紫電が、チェスターの身体に巻き付いた。


 視界が激しく明滅し、全身が痛みと痺れを伴って激しく痙攣する。


 そのまま路地裏へと落ち、遠いどこかで頭に重たい衝撃が走ったことを理解する。


 そして、チェスター・ミルバーンの意識は、完全に闇に消えていった。




 満月が照らす路地裏に、月下の騎士は降り立った。


 タイミングよく駆けつけて来る、幾人かの黒騎士たちを一瞥する。


 倒れたまま意識を失っているフェイとチェスターを見下ろし、月下の騎士は言う。


「重要な謀反人だ。連行しろ」


 男の指示に応じ、揺れる松明の下、二人の狩人たちが引き摺られていく。


 手にした異国の片刃剣〝カタナ〟二本を振り、血糊を飛ばしてから流麗に納刀。

 そして、騎士は空を睨んだ。


 先程戦いの最中、屋根の上から見えた光。

 その正体を確かめねばならない。




 

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