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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
七章 残月の叫び
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第71話 兄弟の想い




 燃え上がる炎は、王城の一角を飲み込んでいた。


 城内に満ちていたシャンデリアの灯はすべて消されており、暗闇に満ちる城内で視界を確保するのは、揺らめく巨大な炎のみ。


 耳に響くのは、壁紙や木材の焼ける音。


 肌を焼くのは城内に満ちる熱気。


 明らかに人気が少なく、煤と血の臭いだけが鼻につく。


 ミラア・カディルッカが何をやらかしたのかは分からないが、遠くで激しい物音まで聞こえているところからも、あの女が城内を滅茶苦茶に荒らしたということだけは察しがついた。


 紅蓮に照らされた城内を走り抜け、フェイとチェスターは城の正面へと向かっていく。


 途中、廊下に躍り出てきた黒騎士をフェイの剣が突き殺し、相手の剣を奪って投擲。

 さらなる敵を葬り去る。


 己の剣にて倒れた黒騎士が若い少女だと目にするも、フェイの心に揺らぎはない。


 戦争では、この悲劇がより大きな大波となって国全土を覆うのだから。


「護国卿の後だと、雑魚共が屑に見えるな!」


 廊下の向こうまで紫電の触手を大きく伸ばして敵を仕留めながら、チェスターは楽しそうに言った。


「……侮るな」


「わーってるって!」


「ヴァルと別れた以上、俺たちの役目は陽動を兼ねる。正面から城を出て、ヴァルを追うぞ」


 二人は、王城の窓から敷地の向こうにある城壁、そして城門を確認すると、走り込む速度を落とすことなく窓ガラスを破って屋外へと躍り出た。


 空には満天の星空が瞬き、満月に照らされた雲は光と影に浮き上がり、この夜をダイナミックに飾っている。


 下界に広がる白銀の庭園の上空で、落下に伴う浮遊感と共に心を躍らせるチェスターは、この夜に満ちる精霊達に命令を下した。


 返事は想像通りに上々なもの。

 世界に捧げられたその力は、チェスターとフェイに掛かる重力を操り、暴風は二人の身体を城門の上方へと導いていく。


「はっはあ!じゃあな、屑共!」

 高らかに笑うチェスターの横で、フェイは目を見開いた。


「待て」


「あん?」


 二人の眼下に広がる夜の庭園、その向こうに見える城門。

 それがゆっくりと開いていく。


 姿を現したのは、黒騎士たちだ。各々が槍と松明を手にして、軍勢となって城へ押し寄せている。


「おい、戦争かよ!」


 驚き洒落にならないツッコミを入れるチェスターに、フェイが言う。


「王城が襲撃されたんだ、妥当だろう」


「おい、どうする!?あの女、やべぇんじゃねぇか?」


 チェスターの言葉に反応して、フェイの脳裏に謁見の間での光景が蘇る。


 最強の護国卿に立ち向かう、得体の知れぬ銀髪の女ハンター。


 その時、城壁の上に漆黒の騎士が姿を現した。


 当然だ。

 空を飛ぶ魔術の扱える者たちは、わざわざ混雑した城門を行く必要が無い。


 一人、また一人と城壁を超えて姿を現す。


 まさかの展開に硬直するチェスター、既に身構えている黒騎士たち。

 彼らを冷静に見つめる、フェイの眼光。


「おい、シュバイン一家のミルバーン兄弟だぞ!」


 誰かが叫んだ。

 と、下から殺気と共に風切音が聞こえたかと思うと、フェイが剣を振るって飛来してきた〝何か〟を弾く。


 クロスボウだろう、とチェスターは踏んだ。


 フェイはいつもと変わらぬ冷静な様子で、先程相棒がした質問に答える。


「やることは同じだ。来る者は迎え撃て」


 城門に近い城壁に近付いていくフェイとチェスター、それを迎え撃つ壁上の騎士団。


 双方の眼光が交じり合う。


 飛来する逆賊に向けて、手から眩い雷を放つ黒騎士の一人。


「ははあ、雑魚雑魚!」


 暴風を纏い、空を舞うチェスターの周囲に白紫色の魔法陣が幾つも浮かんだ。


「じゃなかった、屑屑屑屑!」


 歪んだ笑顔でそう言いながら放つ雷は、黒騎士の放ったそれとは比較にならない程の太さと数だった。


 夜の庭園を照らす幾多の紫電。

 明滅する視界の中で、一抱えもある太さの雷が十数本、対向する敵の魔術を霧散させながら、城壁上の黒騎士たちを絡めとっていく。


 まるで黒雲から大地へと落ちる雷が、横向きになったかのような異様な迫力。


 焼け焦げ、倒れていく黒騎士たち。

 だが、城壁の向こうからはまだまだ新手が出現する。


 さらに、地上から放たれるクロスボウの矢は、今なお上空を舞うチェスターとフェイを狙って必殺の風切音を幾度も響かせる。


 その度に振るうフェイの剣は風よりも速く、幾多もの死の一撃を悉く斬り払い続けていく。


「粕粕粕!」


 相棒なくしては既に殺されているはずの天才魔術師は、それでもなお高慢に敵を貶しながら、雷を伴って城門の上に降り立った。


 フェイもそれに続き着地し、間を置かぬ短剣の投擲にて、紫電を切り抜けてきた敵を絶命させる。


 さらに踊りかかって来る敵の双剣を、体重を乗せた短剣にて受け止め、その手首を掴んで身体ごと押し返し、そのまま上廻しに振り投げ、その勢いで足場へと華麗に叩きつける。


 硬い何かが砕けるような音と共に、月下に黒く見える液体が飛び散った。


 壁の上、ここならば下からクロスボウで狙われることもない。


「ゴミゴミゴミゴミ!」

 チェスターのテンションは下がらない。


 城壁の上から城壁の外側、今なお城壁の上へと挑みかかって来る黒騎士たちを、紫電の手足が絡めとっていく。


 炎は上へ、雷は下へ。

 魔術戦における基本的な戦い方である。

 この場合は、使い手が異常な強さを持っているが。


 地面へと落下した死体から立ち昇る煙は風に流されるも、なお嫌な臭いがチェスターの鼻をつく。


 さらに、城壁の上から奔る雷は大地を薙ぎ、城門下に集まった軍勢を撫でていくも、流石に黒の騎士団。

 規格外の紫電に対してもその剣を構え、幾人もの力で光を霧散させながら凌いでいく。


「撃て!」

 剣を構えた黒騎士たちがチェスターの放つ雷を受け、幾人もの黒騎士たちがチェスター目掛けてクロスボウを放つ。


 死の気配から逃げるようにチェスターが城壁の上に身を隠すと、下から上空へと幾本もの矢が突き抜けていく。


 さっきまで自分がいた虚空を射抜かれたのを目の当たりにし、チェスターの背筋に悪寒が走る。

 精神の揺れのせいだろう、周囲に浮かんでいた魔法陣が霧散してしまう。


「野郎……」


 明らかに恐怖を覚えながらも、チェスターは反撃の機会を狙う。


 それを尻目に、フェイは大きく身を伏せて眼下を確認した。


 城門下に集まった黒騎士たちは、既に百人を越えるものの、戦争に備え王都より東方へ武力を終結させているこの時期だからこそ、この程度の人数で済んでいるといえる。


 それでも、長期戦になれば勝ち目は無い。


 フェイは敵から見えない位置に立ち上がると、心の奥底に眠る精神を、臍下丹田から全身に送り出し、飽和状態を作り出す。


(精霊よ)


 身を包む巨大な虚空――この夜空すべてに満ちる精霊に対して、大きな祈りを捧げる。

 剣に纏わりつく、不安な程に強力な魔力を感じながら、


「チェスター、伏せてろ」


 太く響く声に、チェスターは驚きの表情を向ける。


「おい、もう二回目だろ!?」


「……ああ、まだ二回目だ」


 身を震わせるような、怒涛にも似た聞こえざる精霊の声を、右手に流し込んでいく。


 膨張する魔力を、右手に握った剣に強引に絡みつけ続ける。


(矢に当たったら……自爆するか?)

 正直自分でもよく分かっていない技法――魔術の応用技を行いながら、フェイの脳裏に危機感が走る。


 だが、フェイは賽を投げることに戸惑いはなかった。


「おい、こっちだ雑魚共!」


 相棒の叫び声は、思ったよりも遠くから聞こえた。


 見ると、チェスターはフェイから少し離れた位置で立ち上がり、眼下に群がる黒騎士の軍勢の意識を引き付けている。


(〝お前はいつも分かり辛ぇんだよ〟)


 いつもそう言っているチェスターに、


(仲間意識に厚い、お前の性根もな)


 フェイは胸中で答えつつ、全身の力で右手を大きく振り上げ、大きく一歩前へと踏み込む。


 視界に、城壁の下に群がる黒騎士の軍勢が入る。


 魔力の恩恵の無い、渾身の投擲。


 敵の矢はすべてチェスターへ向けられており、一切の邪魔は入らない。


 フェイの投げた剣は銀色の軌跡を描きながら大地を穿つ。


 それは、樽に詰めた大量の油と火矢によく似ていて、その威力はそれを遥かに凌駕するものだった。


 軍勢の中央にて弾けた炎が夜を照らす。

 四方八方へと広がる爆炎は、百人を超えるであろう黒騎士たちを巻き込み、大きな火柱を上げた。


 所詮は魔術による夢物語、数刻もしないうちに炎は跡形もなく消え失せるものの、そこには跡形もなく吹き飛んだ黒い炭や、死にきれなかった黒騎士たちの地獄絵図が残されていた。


「虫虫虫虫―!さっすがだなー、相棒!」


 もう何をどう貶しているのか分からないチェスター、その右腕に目が留まる。


 突き刺さったクロスボウの矢、その流血。


 それでもなお、チェスターの表情は前向きな想いに歪んでいた。


 フェイできる良い対処法などは無い。


「……これで充分だろう」


 低い声でそう言い、フェイは虚空を掴んだ。

 右手にはクロスボウの矢。

 投げ返す先は、通りの反対側の屋根の上。

 聞こえる小さな悲鳴は、クロスボウの射手に当たったということだろう。


 フェイが城壁の上から見下ろすと、戦力と言える者はもう数える程しか残っていないようだった。


 まだちらほらと集まっては来るものの、先程の軍勢に比べればその数など高が知れたものだ。


「なぁ、相棒。やっぱ、俺らって強ぇよな?」


 痛みに顔を歪めながら、それでも気取った姿勢を崩さずにチェスターが言った。


「……基準ならば、人の数だけある」


「……ああ、分かったよもう」


 謙虚ながら、やはりまどろっこしい相棒の意見に嫌気が差して、チェスターは話をするのをやめた。


 フェイは、眼前に広がる広大な夜の王都、松明を手に幾人かの黒騎士たちが集まって来る様を見下ろしながら、夜気を震わせる太い声で言う。


「俺たちは追われる身だ。追われながら、この夜を凌ぐしかない」


 そんなフェイを尻目に、チェスターは顔をしかめた。


「なぁ、相棒。あの女――護国卿に勝てると思うか?」


〝あいつが負けたら、俺たちみんなお尋ね者だぜ?〟


 そう続くのであろう台詞。


 フェイは飛来する矢を拾った剣で斬り払い、懐から取り出した短剣を同じ方向へと投擲して、


「分からん。分からんが――俺たちが生き残れば、その結果を知ることができる」


「……なるほどね」


 二人を無重力感と暴風が包み込んだ。


〝この国を護る為〟


 幼い頃にそう志したグレザリア王国の神童は、有り余る魔術の才をより大きく開花させる過程において、己のすべてを魔術に捧げた。


 過剰な向上心をより強く維持させるため、自分の理想像に対する羨望、それと比較して現実の自分に対して抱いた劣等感、さらには他者を嘲笑することで魔術に陶酔することさえ厭わない生き方。


 それは幼少期から思春期、その後に至るまで、彼の人格を大きく捻じ曲げる結果となったかもしれない。


 それはいつしか彼自身の目的と手段を入れ替え、ただ魔道を邁進する信念以外の人情を荒廃させたかもしれない。


 それでも、成長し青年となった彼は、今フェイの目の前で確かに〝国を護る為〟に戦い抜いている。


 フェイとチェスター、グレザリア王国最強と名高い二人の狩人は、壮大な大空の下、夜の王都へと身を躍らせた。


「行くぜ相棒!」


 痛みを忘れ、ただ前進する天才魔術師。


 狂気に染まってなお志を忘れぬチェスターの操縦で、二人は迫り来る矢を抜けながら家々の上を飛び越えていく。




 

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