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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
七章 残月の叫び
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第70話 聖戦の幕開け




 もはや戦いとは言えない闘いの壮絶さによって、謁見の間は既に廃墟のように朽ち果てていた。


 焼け朽ちた玉座の前に健在する護国卿は、数段低い位置に立ち、未だに一流の武芸を披露し続けるフェイとチェスターに言う。


「なぜ、お前たちはヴァインシュヴァルツに加担する?」


 意図の読めない問いに、チェスターは鼻で笑って答える。


「稼がせて貰えるからな」


 ローザリア卿の目がチェスターを睨んだ。


 猛禽類に似たその瞳の前方の虚空に、横向きの魔法陣が複数、無造作に浮かび上がり、そのすべてから紫電の触手が伸びてチェスターの華奢な身体を襲う。


「おおっと!」


 チェスターは同じく雷を放ち相殺する。

 室内が激しく明滅した。


 額の汗を無視して、チェスターは涼しい表情を浮かべ、


「なんだアンタ、気が短けぇんだな」


「くだらぬ冗談を言うな」


 どこか呆れた顔で護国卿は言った。


「私は、彼の身の回りの者たちが知りたい。一人では、王には成れん」


「……」

 その言葉に何を感じたか。

 チェスターより早く、フェイは立ったまま全身の力を抜いて、それから視線を遠くにやって言った。


「今は、まぁあいつが可愛いんだ」


 相棒を一瞥し、チェスターも続くように答える。


「ああいう男を立てると、先が楽しみになるからな」


「……そうか」

 彼らの意見を聞いて、ローザリア卿は一度視点を遠くへ向け、そして納得したような顔で、


「お前たち」


 夜よりも深いその瞳が、二人を見た。


「この国の秩序――グレザリア王国を統べる者が誰か、知っているか?」


 フェイとチェスターは顔を見合わせた。

 自画自賛を、相手に言わせるとはくだらぬ浅ましさだと言わんばかりの表情で、チェスターが答える。


「……アンタだろ」


「……」


 ローザリア卿は無言だった。


 静寂が落ちた室内に、響いたのはフェイの太く低い声だった。


「……国民か? いや、社交界か?」


「……」


 ローザリア卿は無言のまま二人を値踏みするように見ながら、


「……待ち人が来たようだ。お前たちには、ここから生きて帰ってもらう」


 意味深なその言葉の直後だった。


 天井に浮かぶ立体魔法陣の光に照らされている、荒れ果てた謁見の間。

 左右に並ぶ割れた窓から強風が吹き抜け、フェイの肌と耳に強く障った。


 そんなただ中、やはり割れた天窓から室内に飛び込んで来たのは、赤い閃光だった。


 激しい稲妻に酷似したそれは虚空を踊り、一度天井付近に舞い上がってから音も無く床に落ちると、輝く赤い霧の塊へと姿を変えて、炎のように大きく揺らいだ。


 見たこともない現象にフェイとチェスターは唖然として佇み、ローザリア卿は目を見開いていた。


 部屋の中央――雷を纏った光の霧が、人を形取る。


 そこに現れたのは若い女だった。


 白い肌は雪のように白く透き通り、陶器のような艶を帯びている。


 冷たい美貌にいつもの表情は無く、見る者に対して人の域を超えた美しさを魅せる。


 所々破れた黒いドレス調の衣服からは、もうそれがメイド服だったという想像ができない。

 その様はむしろ、太古の女神像が身に付けているドレスによく似ていた。


 キアラヴァ王国から海を渡って来たSランクハンター。


 フィーネ・ディア・グレイスに肩入れする、強力な魔術と二刀を扱う女剣士、ミラア・カディルッカ。


 しかし、この場にいる誰もが、彼女が得体の知れない存在だということを改めて思い知らされていた。


 銀色の長い髪が、風に大きく靡いた。

 真紅に輝く瞳がローザリア卿を見据える。


 その視線を真っ向から受け止め、


「さて、ヴァインシュヴァルツの片腕たちよ。行くがいい」


 ローザリア卿は大きく告げた。


 ヴァルの考えた作戦通りにはなった。


 だが、フェイとチェスターの見立てでは、この人外の魔王は思っていた以上に人間離れした実力を持っていた。


 ミラア・カディルッカでも勝てない――そう思っていた矢先、彼女の得体の知れなさを目の当たりにし、ミラアならばあるいは? という想いがミルバーン兄弟の頭を占めていた。


 だが確信が持てず、革命の同志――少なくとも現状では――を一人残して、逃げ帰ることに抵抗を感じるフェイとチェスター。


 だが、現れた時のミラアの姿に、大きな疑念とともに小さな期待が生まれたのだろう。


 神妙な顔でローザリア卿とミラアを一瞥し、踵を返す。


 去り際にフェイが見せた瞳には、グレザリア王国最強の男に立ち向かう女ハンターに対する、強い激励が宿っていた。


 二人が部屋から立ち去ったのを背中で感じ、ミラアはローザリア卿に言う。


「あの二人を見逃してくれたんだ」


「……」


 ローザリア卿は、何も言わない。

 ミラアは、よく響く声で訊ねる。


「あの時の質問――もう一度訊くよ。国を王子様に譲る気はない?」


 その質問に、護国卿は遠くを見て、ハッキリと答える。


「大切なものの行く末を、他人に委ねるつもりはない」


「そう」


 ミラアの周囲の物理法則が、彼女にひれ伏した。




 

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