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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
一章 潮風に舞う願いの残り香
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第6話 シュバイン商会




「……すごい!」

 フィーネが感嘆の声を上げる。


 複数の塔とそれらを繋ぐコンクリートの壁によって形成された、一見城にも似た白亜の建物は、空から見れば長方形を描いているのだと見て取れる。


 広大な敷地の上に建てられたそれは、堅牢な雰囲気で見る者すべてを圧倒していた。

 一攫千金の要、高価な商品とそれを運ぶ隊商を守る要塞に相応しい貫禄がある。


 古い城門にも似た出入り口で、武装した門番の男たちに選考会に来た旨を伝えて中に入ると、コンクリートと石畳で固められた広場が広がっていた。


 一言で言えば、建物が中庭を囲んでいるといった構造。

 外側からは堅牢な要塞に見えるそれは、内側から見れば円柱の柱やアーチ型の梁に飾られた、優雅な宮殿のような宿泊場になっている。

 高価な商品を安全に保管するための構造だ。


 中央の広場には、数十台の幌馬車と対魔獣用戦車が列を成して並んでいた。


 幌馬車は通常のものよりも遥かに大きなもので、対魔獣用戦車は二基のバリスタを積んだ大型のものである。


 どちらも、一台につき二頭の馬が引くようだが、これがただの馬ではない。


 四本の細い脚は大地を踏みしめつつ、尻から前方へ流れる隆起が、巨大な筋肉の力強さと柔らかさを連想させる。

 毛並みは銀色に煌めき、その美しい体格を引き立たせている。


 野生を感じさせつつも品のある、無駄の無い首の先。

 実に馬らしい頭の先には、三十センチを超える捻じれた角が一本、聳えていた。


 生きる美術品であり、勇気と活力の象徴たる神獣〝ユニコーン〟


 ざっと見ユニコーン百頭程に、幌馬車と戦車が計五十台程。

 これだけの隊商を準備するためには、一体いくらほどの財力を要するのだろうか。


 どうせ魔獣を相手にするだけの戦力を集めるのなら、積荷も多く運んだ方がコストダウンに繋がる。

 その結果としてこんな大所帯になるのが、グレザリア王国領内におけるスパイス輸送の特徴だ。


 その横に並んでいる行列に、フィーネの目が留まった。


 皆軽装と薄いマントに身を包み、皮の袋とそれぞれの得物を身に付けている。

 老若男女、その眼光は鋭く、その背中は大きく、炎にも似た近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

 並々ならぬ気配から、彼らが今回選考会に集まったハンターたちであるのは一目瞭然だった。


「数が多いから迫力があるんだよ。一人ひとりは、そう大したことないから」


 耳元でそう囁かれて目を向けると、ミラアはいつも通りの涼しく明るい表情をこちらに向けていた。

 その表情から、他のハンター達を侮辱したわけではないのだと思った。優しく背中を押された気がする。


 行列の人数は、ざっと数えて百人以上。ミラアから聞いた、ギルドで公表されている護衛の募集人数は四十人。

 この行列から二・三人に一人が採用されるという計算だ。


 ミラアに連れられて歩くフィーネは、自分たちが行列へ向かう道筋から大きく外れて、隊商宿の建物の方に向かっていることに気が付いた。


「ミラアさん、並ばないんですか?」

「ああ、うん。並ぶと時間かかるよ?」

「え、でも……」


 並ばなければ、選考を受けることができない。そう思って戸惑っているフィーネに、ミラアは悪戯好きするような笑顔を見せて言った。


「フィーネは、シードって知ってる?」


「シードって……大会とかで、成績優秀者の初戦が上位から始まるやつですよね?」


「そう」

 歩きながらミラアは言う。


「どこの業界でも、信用って大きくてさ。ひいきかもしれないけど、依頼主はいい仕事をする人間に仕事を任せたいから。それに、ハンターの信用ってライセンスだけじゃないんだ」


 そう言っているうちに、二人は隊商宿の建物に辿り着いた。


 一階。ガラスのない窓から覗く部屋の中では、数人の老若男女が椅子に座って話をしていた。

 ミラアとフィーネが近付いたのに気が付いて、皆がこちらに目を向ける。

 その中にいる、初老の男が明るい笑顔を浮かべた。


「ミラアじゃないか!」

「こんにちはー!」


 ミラアは元気に挨拶をする。まるでおじいちゃんに甘える孫のような雰囲気。オトナの女は恐ろしいと、フィーネは思った。


「どうしたんだ?」

 明らかにミラアを好いているのだろう。初老の男は妙に明るくて、どこか嬉しそうだ。

 一体どういう関係なのだろう。


「先日はお世話になりました。私、これから一回王都に行こうと思ってて、この隊商の選考会に来たんですー」


「おお、スパイスの護衛か!ミラアちゃんだったら、できるなぁ!」


 初老の男は、まるで自分のことのように楽しそうに話をする。


「でも、行列が長いんで、時間かかっちゃいそうじゃないですか。だから、その前にご挨拶に伺おうと思って……」


 ミラアの話し方が妙な愛嬌を醸し出している。

 いつもの涼しげな元気さとは異なる、明らかに素直で健気な女の子をイメージさせる物言いと振る舞い。


「ああ、そうかそうか。それは嬉しいな!」

 初老の男はそう言うと、気を利かせたように続けた。


「シュバイン商会さんはお得意さんだからなぁ、腕のいいハンターに守ってもらいたいし。ミラアちゃんにも、また仕事を頼みたいからな。ちょっと着いてきてくれよ!」


(シュバイン商会……)

 フィーネはその名を胸中で呟いたが、誰の心に聞こえるわけでもない。


 初老の男は建物から出ると、選考会の行列の横を抜けて、その先頭へ向かって歩き始めた。ミラアとフィーネがそれに同行する。


 ハンター達が成す行列の先頭には、一基のバリスタが置いてある。

 その三十メートルほど離れた場所に、木材と大量の藁で作った巨大な的があった。

 試験官とおぼしき男の指示に合わせて、それをバリスタで狙い撃ちするようだ。


 初老の男に連れられて、ミラアとフィーネは試験官の目の前に辿り着いた。

 ちょうど試験を受けていたハンターが立ち退くタイミングで、初老の男が少し擦れた声を上げる。

「フェイ!」


 初老の男に呼ばれ、長い羊皮紙と羽ペンを手にした試験官がこちらを向く。


 浅黒い体躯は筋骨隆々で逞しく、彫の深い顔立ちの大男だ。

 恵まれた体型には不要にさえ感じられるほどに精悍な顔つきが、その男の生き様を無言で語るようだった。

 そして、フィーネはその男に見覚えがあった。


(シュバイン一家の大幹部、フェイ・ミルバーン)

 大男の視界に映ったフィーネの身体に、僅かな緊張が走る。


 周囲の人間たちは、ハンターたちの行列を圧倒する大男の貫禄に、新米ハンターの少女が身を強張らせたのだと思ったことだろう。

 そんなフィーネを尻目に、初老の男が言う。

「お前と同じSランクハンターを連れてきたぞ!」


 そこで驚いたのはフィーネだ。

 ミラアのライセンス・リングは銀色だったため、銀で出来たBランクハンターのライセンスだとばかり思っていたからだ。


 Sランクハンターのものはミスリルで出来ているというから、色で見分けようとしたのは浅はかだったと反省する。


「ほう……」

 太く、よく通る声で、Sランクハンター・フェイが呟く。


 フェイの目に映るミラアは相変わらず涼しそうな顔をしているが、彼に対して感じるものがあるためか、あるいは自分を魅せる機会に恵まれたためか。

 どことない期待感を紫色の瞳に映し、それは剣よりも鋭い迫力を放っていた。


「よし、やってみろ」

 フェイに言われ、行列の先頭に入るミラア。

 女豹の雰囲気と、凛とした姿勢の良さが歩く姿によって際立つ。


 フィーネはどうしていいか分からず、とりあえずそのままの位置でミラアを見守ることにした。


「おい、なんだあの女?割り込みやがったぞ」

「枕営業だなー!淫売がぁー」

「いや待て、Sランクだぞ」

「S……?」


 そんな野次の中、ミラアは無言でバリスタの前に立つ。


 美しい立ち姿だった。


 銀色の長い髪は風に靡き、太陽の光に煌めいていた。

 衣服の上からでも分かる身体つきは、女性の美の基準を見る者に知らしめる。

 それでいて、その佇まいは嵐の前の静寂を思わせる、武としての完成度を誇っているのだ。


 ミラアはすぐ右手に用意されている大量の大きな矢を一度目視し、次に目の前に置かれた身の丈ほどもあるバリスタに視線を置く。


「合図をしたらハンドルを回して、矢を装填、発射だ。一回目で機械のクセを確認しろ。二回目で本番だ」


 ただ的に当てればいいわけではない。

 実際に魔獣と戦うのならば、板バネを巻き上げる時間や、矢を装填する時間も短縮できなければならない。


 そして、同じ兵器と言えど仕様の違い、製造した工房や職人の腕による個体差まである。

 たった一回の射撃でこの仕様・個体の飛距離や特性を把握し、二回目で的に当てろと言うのだ。


 無論、使いこなせというわけではなく、どれだけ使いこなせるかという試験である。


「撃て!」

 フェイの叫びに反応して、ミラアは無駄のない動きでハンドルを回し、滑車の力で素早く巨大な弓を引き絞る。


 弓が機械によって固定されたのを確信すると、間を置かずに槍のような大型の矢を手で掴んで装填、狙いを定めて発射する。


 巨大な矢は、巨大な的のほぼ中央に突き刺さった。

 周囲から感嘆の声が漏れる。


 フェイは表情を変えることなく、ミラアに言った。

「……二回目はいらねぇな。ライセンスを見せな」


 ミラアは右手に嵌めたままの指輪をフェイに見せる。

「ミラア・カディルッカ、Sランク……」


 指輪に刻まれた文字を読み、羊皮紙に書き込む。

 ミラアの位置からは見えないものの、ここで点数を書くのが選考会の審査では一般的だ。


「合否は十五時にここで発表する。次はお前だ」

「えっ、わ、私?」


 ミラアの腕に呆然としていたフィーネは、突然の指名に我に返った。

 試験官の視線に身を固めながらも、慌ててバリスタの元へと駆け寄る。


 心の準備をする暇は与えられなかった。

「撃て!」


 怒涛のような迫力を持ったフェイの声に、少し挙動不審だった少女の魂が強く静かに反応した。

 これは武。明鏡止水の心を以って、自らは人らしさを捨て、技という現象に徹するべき。


 すかさずハンドルを回す。

 表面がわずかに錆びた金属の板バネが軋んでいく。


 機械が弓を固定したのを音と感触で確認して、右手で大きな矢を装填し、狙いを定める。


 先程から脳裏に焼き付いたままの、ミラアの神技など関係ない。

 自分に出来ることは、いつもやっていた訓練通りのことだけなのだから。

 状況に合わせつつも、それに徹する他にやり様がない。


 一意専心、雑念の消失――それが明鏡止水の真髄であると、グレイス家の令嬢は考えていた。


 失敗を恐れることはない。

 恐れや驕り、つまり心の揺らぎ以外の何かを恐れたところで、それらは自分にはどうしようもないのだから。

 成功を一心に目指し、出来得ることに徹するのみだ。




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