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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
七章 残月の叫び
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第68話 ――お前を連れて




 満月の光は、行くべき道を照らしてくれていた。


 重力干渉と風の魔術を駆使し、巨大な城壁の上に降り立ったヴァルは、王都を見下ろしながらふと考えた。


 ミラアは、フェイとチェスターと交代できただろうか。


 燃やし続ける心を涼しい風が撫でる。


 まだ終わりではない。

 王都グレザリアは、城から逃げる自分を黙って逃がしはしないだろう。


 両腕に抱きかかえたジェルヴェールと一度見つめ合い、ヴァルは眼下に広がる夜景に飛び込んだ。


 精霊への干渉、その手応えが薄らいで来ていて、両手に抱いたジェルヴェールさえ重たく感じ始めている。


 日頃、魔術の訓練を行っていないからだろうか。


 器用さだけは一流な己の魔術行使によって、乏しい魔力は既に枯れ始め、精神にも疲労が混ざりつつある。


「おい、門を超えたぞ!」


 追手の声は門の内側から聞こえてきた。


 相手は黒の騎士団――グレザリア王国が誇る選りすぐりの先鋭たちだ。


 自分など、モタモタしていてはすぐに追いつかれてしまうだろう。


 地面へ着地する寸前、一気に精霊に問い掛けるも、最早その返事は薄く、落下速度を殺しきれずにヴァルは地面に転がった。


 ジェルヴェールだけは両手で抱きしめる。

 自らの身体で守り切ろうとする想いに、身体が勝手に動いただけだ。


〝走れるか?〟


 ヴァルのその問いは、ジェルヴェールの履いているハイヒールによって、口に出すまでもなく意味を失った。


「ヴァル……」


 腕の中から自分を見上げるジェルヴェールの声を無視して立ち上がり、全身に流れる魔力に意識を集中する。


 大気に満ちる精霊たちにも、真摯な心で向き合い、語り掛けるように。


 ふと、ミラア・カディルッカの姿を思い出した。

 自分たちを運んだあの力強い魔力――その感覚を真似できないだろうか。


 そう思った瞬間、精霊たちが自分に強く応えてくれた気がした。


(これだ!)


 咄嗟に精霊に干渉、言葉で表し辛いその感覚が逃げてしまう前に、筋力強化系の魔術を行使する。


 全身が、腕に抱いたジェルヴェールごと軽くなった。


(よし、いけるぞ!)


 魔術は感覚的に理解されているもので、その体系化が成功しているわけではない。

 それ故に、その伝承は容易では無いとされる。


 だが、かつてヴァインシュヴァルツ王子は、このグレザリア王国で最高の魔術教育を施されていた。

 そこで植え付けられていた芽は、もういつ目覚めてもおかしくない程に育っていたのだ。


(昔やってたな。結局できなかったけど。アデプトとか、エンチャントとかいうやつだ。ソーサリーとは異なる、身体強化の魔術)


 技術の体系化はできていないものの、由緒正しい流派などにおいては、その効力から一定の呼び名が付けられている。


 無論、同じ名称ならば同じ技法であるという確信はなく、似て非になるものが乱立しているとされるのが今の時代の魔術の現状である。


 ヴァルは、ジェルヴェールを抱えたまま驚くほどの身軽さで走った。


 王城で起きている火事に気付いたのだろう、集まってきた人目を避けるため、建物の屋根の上へと跳び上がる。


 屋根から屋根へ。

 満天の星空の下、灼熱する全身を冷たい夜気に晒しながら、月明りの照らす王都の上を走った。


 息を荒げ、身体の悲鳴を無視し、魔術の素である精神――信念でさえ摩耗し、ヴァルが辿り着いたのは、グレザリア大聖堂の屋根の上だった。


 この時間、誰もいない建物の中は、考えてみれば絶好の隠れ蓑だ。


 だが、なぜ無意識にここを選んだのかがよく分からない。

 無神教であり、得体の知れぬ悪魔と契約まで交わした自分が、神にも縋りたくなったということだろうか。

 天窓を割って、建物の中に侵入する。


(罰当たりだな……)


 天窓より遥か下に広がる床と観衆席。

 神聖な建物に満ちる精霊に干渉し、重力の縛りを解いて、ジェルヴェールを腕に抱いたまま、ゆっくりと絨毯の上に降り立つ。


 神の安らぎに、焼けた精神が優しく抱かれた。


 祭壇の向こう一面に広がるステンドグラスが、外の月光を通して七色の絵画を浮かべていた。

 その明かりに、幾本もの束ね柱とそれらを繋ぐアーチが美しく照らされている。


 薄暗い静寂の中を、黄金の祭壇の前まで歩いて行く。


 座り込み、ジェルヴェールを床に降ろし、身体を崩して一安心して――思い出したようにヴァルは言った。


「ジェルヴェール、怪我はないか?」


「……うん」


 ジェルヴェールは、いつになく優しくヴァルを見つめていた。

 その瞳がなんだか照れくさくて、ヴァルは目を逸らす。


 九死に一生を得た気持ちで、現状を意識する。

 とりあえず、危機は去ったと思って良いだろう。

 あとはフェイ、チェスター、そしてミラアの三人次第だ。


 今思えば、よくこんな大掛かりなことを考えたものだと感心する


 計画実行の発端は、社交界で生じた噂だった。

 誰かが護国卿を暗殺する計画を立てていると。


 真相は定かではないが、人類王国連盟との戦争を避けたいと思っている貴族たちの希望的観測によって生じたものだったのだろう。


 そして、ヴァル・シュバインが失踪した王子なのではないか――思春期を経て顔が大きく変わった上に、ローザリア政権においてタブーとされていたこの噂も、その頃から出始めていた。


 そこで、ルイーザに暗躍してもらって、その噂を誰がどの程度信用しているかという情報収集を始めた。


 そして、ローザリア政権に対する不満も。


 危険は承知だったが、革命はただの反乱ではない。

 志を共にする仲間がいて、市民が後について来るからこその革命だからだ。


 その結果、革命を求める声が多く確かであったことから、少数精鋭で事に及ぶことに決めた。


 そして、計画は上手くいっていると思われる。


 自分の役割は達成した。


 そう思った時、ガラスが割れる音が静寂を破った。


 背筋に走る悪寒に身を硬直させ、音のした方を見ると、大聖堂の横に並ぶ小さな窓が割れたのだと理解した。


「罰当たりだぞ……」


 聞き慣れない男の声が室内に入り込んで来る。


 続けて飛び込んで来たのは、五人の人影。


 逃げる間もなく、そのうちの一人が手に浮かべた光を天井へと飛ばす。


 立体魔法陣による光魔術。

 松明よりも遥かに明るい光に、暗闇に慣れていた視界が眩しく霞む。


 祭壇の前に座り込んでいるヴァルとジェルヴェールの姿が顕わになった。


「ビンゴ」

 敵側の女が言った。


 黒衣に身を包んだ五人組、腰には二本の剣を携えている。


(黒の騎士団……!)


 胸中で呟くその名に対して、これ程恐怖を覚えたことがあっただろうか。


(なぜ、ここにいる!? もう招集が掛かった!? 以前から目をつけられていた!? それで逃げる所を見られたのか!?)


 疲れ切った身体を残して、巡るヴァルの思考が辿り着いた結果――それは己の認識の甘さだった。


「逃げるアンタたちを見つけたのよ」

 女の一人が言う。


 ヴァルはとにかく頭を冷やした。

 その上で最適な選択肢を選び、実行する。


「……それは助かった。王城に賊が侵入した。ディア・ローザリア嬢は無事だ。王城へ向かってくれ」


 ヴァルの脳裏に浮かぶフェイとチェスター、そしてミラア。

 彼らならこの程度の黒騎士たちなど敵ではないだろう。


 だが、女は仲間たちを振り向き、間を置いて笑う。


 五人全員が失笑を浮かべて、


「私たちは、その賊をこうして捕えに来たのよ」


 女がそう言って、他の黒騎士たちと共にヴァルたちへ近付いてくる。


「ヴァル・シュバイン……〝暗黒街の王〟な」


「おい、どうする?ここで殺すより、連れてった方がいいんじゃねぇか?」


 恐怖に目を見張るヴァルとジェルヴェールを差し置いて、勝手な話が進んでいく。


「俺はこいつが昔から気に入らなかったんだ」


 石を見るような目で男がヴァルを見た。


 が、

「その坊やは私のだよ」

 それを遮る黒騎士の女の一言。


「とにかく、副団長に……」


「おい」

 ヴァルの一言に、全員が注目する――冷酷で、暴力的な殺気と共に。


「あ?」


 言いかけていた男の殺気が膨らんだ。


 当然だが、勝ち目は無い。


 幼い頃に武術の経験を積み、相手の技量を読み取ることができるヴァルは、直感でそう思った。


 だが、言いたいことがあったのはヴァルだけではなかった。


「貴方たち、私を誰だと思ってるの?」


 立ち上がり、そう訊き放ったのは、ジェルヴェール・ディア・ローザリアだ。


「護国卿の命を狙った男の恋人」

 黒騎士の女が返す。


 そこに込められた冷たい感情は、地方で貴族令嬢として生まれ、王都で護国卿の義娘として育ったジェルヴェールにとって、免疫の無い恐ろしいものだった。


 血の気が引いたか、今の自分の立場を理解して蒼褪めるジェルヴェール。


 ヴァル・シュバインは冷たい瞳で男を睨み、鼻で笑った。


「おい、この女は人質だぞ?」


 もう助からぬ故に、せめてジェルヴェールの立場を守ろうとしての嘘。


 見え見えのその行動に、一瞬空気が静まって、


「アンタやっぱりいいねー」


 ヴァルの嘘に隠れた感情を見抜いて、黒騎士の女が笑顔で言った。


 ヴァルは全身の疲労を侵食するように、力を振り絞って立ち上がる。


 すぐ傍にある、祭壇に飾られた剣――かつて、勇者ハバートが女王リリスの首を切り落としたとされる伝説のそれを握り、その末裔ヴァル・シュバインは振り返った。


 敵は、グレザリア王国最強の騎士たち。


 先ほどからヴァルに執着している黒騎士の女が嬉しそうに言う。


「私、やるぅ」


「……」

 何かを言おうとした男を、他の男が片手で制止する。


「どの道、殺さずに連れていかねばならない」


 彼らの会話が意味するところはなんなのだろうか。

 それを語るように、女の瞳が笑顔に歪んだ。




 

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