第67話 最強の魔王
謁見の間は、もうこれ以上無いほどに荒れ散らかされていた。
壁や天井はシャンデリアもろとも剥がれ落ち、石材が剥き出しになっている。
左右に並んだ装飾窓は勿論、天窓に至るまですべての窓ガラスは砕け散っている。
豪華絢爛だった面影は既になく、塵に塗れた黒騎士たちの亡骸から飛び散った血潮は焼け乾き、数刻前まで絨毯が敷かれていた石の床を赤黒く汚していた。
「おい、まじかよ」
連続する大魔術の行使――張り詰めた精神の疲弊もあって、〝グレザリア王国の神童〟その成長した青年チェスター・ミルバーンは苛立ちを顕わにした。
「なかなかいいぞ!」
歓喜の声を上げるのは、その瞳を見開いた狂王キュヴィリエ・ディア・ローザリアだ。
美貌は美貌のままに、品性を損なうこともなく、天を仰ぐ魔王の如く勇者たちの力を楽しんでいる。
「お前の魔力は、この国の宮廷魔導士五人分だ! だが、最も特記すべきはその活用方、力の流れだ! 徹底的に無駄を無くし、すべてを効力に繋げたその技術体系、素晴らしい!」
(ここに呼ばれてすらいねぇ奴ら五人分だとか言われても、あんまり嬉しくねぇよ)
チェスターは胸中で呟く。
ローザリア卿が台頭してから、城の警備はすべて黒の騎士団が行うことになり、宮廷魔導士たちは日々彼らの対魔術戦闘訓練の相手をさせられているという。
「お前もだ!」
ローザリア卿が一瞥すると、彼の足元から細い光が床を這うようにフェイへと奔った。
線上魔法陣――伝説上存在したという輝く軌跡から、巨大な氷柱が爆発するような勢いで生え進み、それがフェイの足元に迫る。
フェイが一振りの剣に魔力を纏わらせ床に突き刺すと、打ち上がる氷林はそこで途絶えた。
すかさず飛び上がる巨躯――フェイ。
その俊敏さは、大男のそれではない。
氷林を跳び超えてたフェイは、手に残された一本の剣を高い天井目掛けて放り投げ、すかさず両手に構えた六本のチャクラムを左右へ大きく投擲。
着地と同時に八本のナイフを両手の五指に握って、突風の如くローザリア卿へと間合いを詰める。
投擲された八本のチャクラムは、銀色の軌跡を残しながら大きくカーブを描き、左右からローザリア卿を襲うものの、彼を中心に床に広がった複雑な魔法陣、その左右から生じた巨大な二本の氷柱にて遮られる。
だが、敵の正面に向かって走るフェイはその速度を落とすことなく、さらに八本のナイフを投擲する。
先程ローザリア卿の足元に広がった巨大な魔法陣は、まだ輝きを失っていない。
巨大な魔法陣の正面部分。
そこに描かれている小さな魔法陣から打ち上がった竜巻がナイフを散らし、そのまま大きく前傾してフェイを襲うも、彼の巨体は素早くそれを躱した。
「炭屑になれ!」
嘲笑が板についていた若き天才――チェスター・ミルバーンが声を荒げ、精霊たちに物理法則の確変を要請。
眼前に等身大の光の図形を展開させる。
横向きに発生した魔法陣は幾重にも分離し、それぞれの回転によって生じたのは激しい炎だった。
それは火山の噴火のように勢いよく吹き出し、ローザリア卿とその背後の玉座を飲み込み、勢い余って壁へと吹き付けられる。
室内の空気は一瞬で上昇するも、その炎の中から巨大な氷塊が円陣のように広がり、室温を急下降させる。
荒れ狂う炎を飲み込んだ氷陣の中心――こちらを見上げて佇むローザリア卿に向けて、空中に舞い上がったフェイは、回収した一本の剣を投擲した。
ただの剣ではない。
魔術の光を纏ったそれは、大量の油を詰めた樽と、火を纏う矢の合わせ技よりも強力な攻撃手段だ。
フェイによって投擲された剣が、ローザリア卿の頭上に吹いた狂風によって弾き飛ばされた瞬間、圧縮された風に包まれていた炎が暴発した。
フェイ・ミルバーンの持ち味である武芸百般、そこには魔術も含まれている。
ただし、単純に炎や氷を扱う伝統的なものではない。
他の武器と合わせてこそその力を発揮する戦闘技術。
彼にとっては、剣も弓も魔術も変わらない。
戦いに勝ち、敵を倒す――そのために磨き抜かれた無数の能力とその応用力が、その筋骨隆々な巨躯に込められているのである。
燃え上がる巨大な火柱を睨みながら、フェイが床に着地する。
だが、
「素晴らしい!」
燃え上がる炎の中から、比類無き称賛の声が響いた。
爆炎が鎮火すると、ローザリア卿の周囲が氷に閉ざされていたことが顕わになり、すぐさまそれが砕けた。
霧散していくダイヤモンド・ダストが、未だに天井の下で輝く立体魔法陣の輝きを反射させ、朝露よりも美しく虚空に煌めく。
「素晴らしい!」
部屋の上座に立つローザリア卿は、大きく見開いた瞳でフェイとチェスターを見降ろしながら、力強く繰り返した。
そこに一切の余裕はなかったが、無論戦慄も無い――完成された芸術を、心の底から称賛し、興奮する今世紀の魔王の姿だけがあった。
「……そらどーも」
敵として認められてすらいないが、心底褒められている。
そんな複雑な心境に、チェスターが小さく呟いた。
フェイは、何も言わずにただ敵を見ている。
「アンタ何者だよ」
チェスターが改めて口にした質問。
応えてくれるとは思わなかったが、
「この国を護る者だよ」
その哀愁の香る表情と言葉に、チェスターは顔をしかめた。
自分がこの男のことを何も知らないのだという気付きと共に、これだけ凄腕の魔術師ならば、称賛されたことにも素直に喜んでいいのかもしれないと思い直す。
改めて思えば、この男は〝護国卿〟キュヴィリエ・ディア・ローザリア。
今この国を統べる、実質王である。
本来ならば、これだけ対等に会話をして頂けていることこそが、何よりの名誉なのかもしれないと思う。
だが、革命の志は変わらない。
変わらないが――。
その上で強く感じる、絶望的戦力差。
ここにミラア・カディルッカが来ても勝てないと、彼女の実力を垣間見たことのあるフェイとチェスターは思った。
〝護国卿の強さは、グレザリア王国全ての軍事力を超える〟――ふざけた噂だと思っていた。
だが、ふざけていたのは噂ではなく、この男の実力の方だった。
この暗殺計画は、そもそもが無謀だったのだ。




