第66話 最強の刺客
空を流れる、散りばめた雲や巨大な雲。
横から照り付ける月光が、それらの明暗を色濃く浮かび上がらせ、壮大な立体感を生んでいる。
その下、王城では大きな炎――熱い輝きが揺れていた。
高く燃え上がる炎は巨大な獣の尾にも見え、揺れるその先には焼けた煤が舞い上がっている。
夜の冷気と相反する膨大な熱気が、微かに肌を焼くのを感じながら、大きく育っていく業火に城の一部が飲まれていく様と、それに対して城内にいる多くの者たちが氷の魔術をかけ続ける様を、ミラアは走りながら視認していた。
乾いた熱風に晒されながら屋根の上を急ぐ彼女に、飛来する無数の鋭い風切音。
ミラアがカタナの一振り、二振りで斬り払い落とすそれらは、一撃必殺の威力を込めた正確無比な弓矢たちだ。
そのすべてがミラアのキメ細かな白い肌を突き刺し、その内に在る臓器を貫かんと死の気配を纏って襲ってくる。
メイド服からエプロンを取った状態――漆黒のドレスにも見えるその服に身を包んだミラアは、銀色の髪と白い肌を闇夜に浮かび上がらせ、疾風の如く屋根の上を走る。
衣服を闇に溶かしたその姿は、美しき亡霊のようでもあった。
軒の端で大きく跳び上がり、空を舞い上がって高い尖塔の先へと着地。
城の殆どを見下ろせる位置に立って、ミラアはその魂で世界を感じた。
ミラアを取り巻く世界の物理法則は、彼女の精神によって完全に歪んでいる。
圧倒的優位な程に。
真紅に輝く瞳は月光に照らされた敵すべてを明確に捉え、ミラアは一振りのカタナを大きく振るった。
まるで多量の水を含んだ布を、大きく振るったように飛び散ったのは、水滴ではなく幾本もの氷柱だ。
その大きさは人の身の丈を超え、その数は十を超える。
高速で夜気を貫く氷結のランスは、屋根の上に身を伏せクロスボウを構える刺客たちの顔面を正確に撃ち貫いていく。
僅かに漏れる悲鳴は女のもの。
頭から中庭へと落下する姿は、城内で仕事に勤しんでいたメイド達だ。
さらに尖塔を滑り降りながらも、ミラアは再び世界の歪みを感じ、それらに響かせるように全身から微弱な魔力の波を放った。
建物などから返って来るその波動を感知し、暗闇に紛れたすべての敵を把握。
すかさず魔力を纏ったカタナを大きく振ると、無数の氷柱が飛び散り敵を仕留めていく。
微かな悲鳴と落下音、その数が敵の数と等しいことを確認し、ミラアは再び周囲を見渡した。
屋外の敵は、もう片付いたように思えた。
屋内の兵士たちは皆、火事に気を取られているので問題ないだろう。
ミラアは尖塔の下にある屋根の上まで滑り降りて周囲から身を隠すと、仕上げとばかりに臍下丹田に意識を置いた。
蝋燭庫にてメイド長に見つかり、服を血で汚してしまったのは誤算だった。
ミラアが自身が城内の視線を引いてしまっては、本末転倒だからだ。
だが、ヴァルとジェルヴェールを逃がしたからには、今謁見の間にはフェイとチェスターしかいないはずだ。
彼らと交代する前に、城内の混乱を拡大させておいた方がいいだろう。
彼らには、できるだけ速やかにヴァルに追い付き、その警護に当たって欲しいからだ。
臍下丹田に集めた意識を膨張させ、全身に行き渡らせる。
同時に世界の歪みを感じ、精神を体外へと流出。
世界の歪みに意志を反映させるように己の精神を操作し、既に歪んでいるこの世界に働きかける。
その焦点は、ミラアの正面、城の壁だ。
生じた青い光は壁に魔法陣となって輝きを増し、幾重もの複雑な回転・分離・変形を経て起動。
その中央に〝風〟が生まれた。
青い軌跡を描きながら膨張した風の塊は、球を描くようにしてその形状を安定させた。
それは意志を持ったかのようにミラアから離れ、窓ガラスを割って城内へと侵入。
廊下を吹き抜け、見る見る廊下の灯りを吹き消していく。
城内から遠く聞こえる混乱の声と共に、城内が闇へと飲まれていく。
ただ一つ大きく残るのは、先程蠟燭庫から生じた巨大な炎一つ。
城内にて暴れ回る〝狂風〟を、黒騎士たちは仕留めることができるだろうか。
そんな光景を尻目に、ミラアが目指したのは――城の上層階にある謁見の間。
この国の最強――〝護国卿〟キュヴィリエ・ディア・ローザリアを討ち、この国を戦火から救うために。




