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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
七章 残月の叫び
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第63話 復讐の刃




 話のネタは、結局金を出すというだけのことだ。

 軍備の詳細を聞き、商会の金銭、物資、馬車等の話をいくら詳しく話そうとも、稼げる時間はそう長くない。


(まだか?)


 ヴァル・シュバインは内心焦っていた。


 笑顔はそれを隠すため。

 悠長な話し方は、あくまで時間を稼ぐためだ。


 ローザリア卿の横にジェルヴェールが座っている以上、ミラアは既に城内に放火できる状態にあるはずだ。


 フィーネに拘っているあの女が、自分を裏切ることはまず有り得ない。

 何か、予測し得ない邪魔が入ったとしても、あの女なら自力でそれを突破してくるだろうということは想像できる。


 放火に成功しながらも、謁見の間にまだ来ない事情があるというのか。

 それならば、せめて火事の報告が入ってもいいはずだ。


 その時、ヴァルの背後にある両開きの扉が大きく開いた。


「失礼致します!」

 滑舌の良い、男の大きな声が響く。


 護国卿は、涼しい顔で若き豪商の遠い背後に立つ者を見ている。


 警備の黒騎士なのだろう、その男が言った。


「城内に、火が回っております! 出火元は蠟燭庫! 現在、城内にいる氷の魔術に秀でた者たち総出で消火に当たっておりますが、火の勢いが激しく……」


「お前も火を消して来い」


「は?」


 ローザリア卿のあまりに平然とした一言に、報告に来た警備兵が口を開けたまま固まる。


 ローザリア卿は、表情を変えずに言う。


「火事だろう? 一大事じゃないか。さっさと行って、消して来いって言ってるんだ」


「は……はいッ!」


 ヴァルの背後で扉が閉まる。


 放火には成功。

 だが、ミラアはまだ来ない。


 しかし、護国卿の対応に大きな違和感を覚える。


 ヴァルが思考を巡らし僅かに顔をしかめた時、〝護国卿〟キュヴィリエ・ディア・ローザリアは、まるで目の前に出された料理の名を口にするかのように言った。


「ミラア・カディルッカか」


(なッ?)


 ヴァルの心臓が一度強く打ち、同時に頭から血の気が引く。


 ローザリア卿は平然と続ける。


「お前がジェルヴェールを通して迎え入れた女だ。当然だろう?」


 ヴァルには意味が分からなかった。

 理解が付いていかない。

 だが一つ確実なのは、暗殺計画がローザリア卿に見透かされているということだ。


 ジェルヴェールが驚愕の表情で、ヴァルと義父を交互に見た。


 ヴァルの血の気の引いた頭では、現状に対処する方法が思い浮かばなかった。


「ヴァインシュヴァルツ」


 ローザリア卿が、ヴァルの本名――気付いていただろうことは予想していたが、王子としての名を口にする。


「お前が私に牙を剝くことは分かっていた。だから、ジャック・シャムシェイルにお前の血肉を削がせたんだ」


 カマイタチのことを言っているのか。


 シュバイン商会の娼婦を狙った通り魔事件。

 犯人がジャックであることから、その首謀者がローザリア卿だと確信した時に、イマイチ掴めなかった動機。

 ジェルヴェールが、自分を巡っての異常な嫉妬だと言って片付けてしまった、その真意がここで明らかになった。


 無論、暗殺計画――――即ち革命の意志を見透かされている可能性を考えなかったわけではない。

 だが、この冷酷非道な男に自分が殺されていないことから、もっと小さな理由があるのだと思っていたのだ。


 隙をつくつもりだったが、甘かったと悟る。


 ジェルヴェールが、困惑した顔で自分を見ている。


 額から冷や汗が噴き出しているのが分かる。

 心臓を掴まれたような気分だ。


 どうすればいい?

 手段が見つからない。


 言葉にはならない、ただ強く覚える原始的な危機感。

 時間は戻らない。

 どこでしくじった?

 どうでもいい。

 ミラアはまだ来ない。

 今、この状況を打開するには――――――。


「フェイ、チェスター!」


 必死の形相を隠すこともなく、ヴァルは後ろ左右に待機する、自らよりも強力な片腕たちの名を呼んだ。


 グレザリア王国随一の魔術士、未熟な頃に既に神童と謳われていたチェスターは立ち上がると、室内の空気に満ちる精霊たちに強く干渉した。


 凡俗な魔術士たちのように精霊に協調するのではなく、むしろ命令する。

 それが精霊たちの喜ぶものである限り、この世界はこの手に無限の力を与えてくれるのだ。


「あいよ」

 相変わらず何かを小馬鹿にするような返事と共に、彼の周囲に青紫色の光源が複数出現する。


 詠唱や精神集中を省略して行われた大魔術は、雪が結晶を形どるように光の魔法陣を形成した。

 その大きさはすべて均等であり、その数は十を超え、そのすべてが部屋の左右に並ぶ黒騎士たちを向いている。


 間を置かず、幾重にも回転する魔法陣の光が膨らみ、放たれた無数の紫電が左右に並んだ幾人もの黒騎士たちを襲う。


 この場にいた何人がその芸当に見惚れていたとしても、魔道を行く者ならばそれを責めはしないだろう。

 それ程に、このチェスター・ミルバーンの一連の作業は流麗だった。


 だが、護国卿を守る彼らは、黒衣に身を包んだグレザリア王国最強の剣士たちだ。

 敵を攻撃する魔術に秀でていない者でも、魔術に立ち向かうことなど想定内である。


 彼らの抜き放った双剣。

 左右の手に一振りずつ持った鋼色のそれらにを光が包む。


 魔術を受け止め、散らす〝反魔術〟

 破魔の力を双剣に絡めて、黒騎士たちは襲い来る幾つもの紫電を迎え討った。

 暴れる雷光が部屋中を明滅させる。


 突如として巻き起こったそんな激闘の最中、太く明瞭な声が響いた。


「さすがだな、相棒」


 それは、筋骨隆々のSランクハンター、フェイ・ミルバーンだった。


 城に入る際に剣を没収されている彼に出来る事――それは、超人的な体躯と体術にて、剣を持つ敵をも圧倒させること――そう考える者がいたとしたら、それはフェイ・ミルバーンという男を知らないのだろう。


 彼が両手に取り出したのは、真円状の刃だった。

 その名をチャクラムという、東方世界に伝わる暗器だ。

 フェイがその大きな両手に持ったチャクラムは、片手につき三本。

 計六本を指の間に挟み込み、無駄の無い動きで冷たい刃すべてを同時に投擲する。


 大蛇の如くうねる無数の激しい雷を、魔術を纏わせた二刀で受け止めながら、さらに飛来する高速の刃に対応できるはずもない。


 明滅する視界の中では、自分の首に走った痛みの正体を捉えることなどできなかっただろう。

 剃刀に似た感触に頸動脈を斬り裂かれ、血飛沫を撒き散らしながら、黒騎士たちは崩れるように倒れていく。


 フェイが次々と取り出し、投擲していくチャクラム。

 一体どこに隠し持っていたというのだろうか。

 超一流の使い手によって行われる暗器の武芸は、間を置くことなく幾人もの標的を斬り裂いていく。


 言葉を発する余裕などなかった。


 最強を自負する漆黒の騎士たちは、最強のハンターと呼ばれる二人の連携の前に、瞬く間にその命を散らしていく。


 こうして、謁見の間はすぐに静寂に包まれた。


 すべての黒騎士たちは肉塊へと変わり果て、床や壁に飛び散った鮮血が視界を彩り、鉄の臭いと絨毯の焼け焦げた臭いが混じり鼻腔を強く刺激する。


「ほう」


 その小さな声に、ミルバーン兄弟――今この場を支配する二人は視線を向ける。


 その先には、玉座から立ち上がった〝護国卿〟キュヴィリエ・ディア・ローザリア。

 護衛の黒騎士全員が瞬殺されてなお、ただ一人堂々と佇む人外の魔王。


「なかなか面白いな」


 その表情は平静でありながらも、幾らかの好奇心を浮かべている。


 驚きに声を失っているジェルヴェールの横から、大きく一歩前に進み出る。


 まず、ローザリア卿は部屋の天井に向けて光を飛ばした。

 それは空中で立体状の魔法陣に変化し、天球儀に似た複雑な回転をしながら、高い天井のすぐ下に浮遊し、シャンデリアに照らされていただけの室内を真昼のように明るく照らし出した。


 次に、ローザリア卿の周囲からミルバーン兄弟へ向かって風が起こった。

 それは生半可な風量ではなく、激しい嵐の夜を遥かに超える強さだった。


 重たいシャンデリアが弾かれたように揺れ、無数の蝋燭が勢いよく飛び散った。


 それだけでは収まらず、暴風はフェイとチェスターを襲う。


 床に這いつくばるようにして辛うじて耐え凌いだヴァルの左右、立っていたフェイとチェスターが、圧縮された空気に大きく吹き飛ばされて、後ろの壁へと叩きつけられる。


 その時、

 ローザリア卿のすぐ横――――ジェルヴェールが立ち上がり、間を置かずに走った。


 向かう先は義父キュヴィリエ・ディア・ローザリア。

 赤い髪を伸ばした少女の手元には、銀色に光る短剣が握られている。


「ジェルヴェール、お前もか!」

 そう言ったローザリア卿に、先程までの余裕はなかった。


 あまりにも思わぬ出来事――絶望に似た感情を瞳に映して、愛する義娘の身体を迎える。


 赤い髪の少女は、凄惨な表情で叫ぶ。

「キュヴィリエ! お父様とお母様の仇だ!」




 

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