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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
七章 残月の叫び
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第62話 天を捲くる狼煙




 予定の時刻よりもやや遅れて、暗黒街の王――そんな大層な通り名だが、つまり民間の商人であるヴァル・シュバインは、グレザリア王城に到着した。


 一家の強面な男など問題ではない屈強な黒騎士たちに、携帯していた武器は没収され、三人丸腰で謁見の間に入る。


 謁見の間は魂すら凍り付くような殺気に満ちていた。


 玉座に座る〝護国卿〟キュヴィリエ・ディア・ローザリアと、その横に座るジェルヴェールの横から、謁見の間の出入り口にまで並ぶ幾人もの黒騎士たち。

 ヴァル、フェイ、チェスターの三人を左右から突き殺すような気配に、暗黒街の王は強烈な恐怖を覚えた。


 だが、発狂するほどの恐怖でなければ、この若き豪商の涼しい顔を歪ませることはできない。


「遅かったじゃないか」


 護国卿は、玉座の上で微笑を浮かべた。

 冷酷さも皮肉さも感じないその瞳に、ヴァルは違和感を覚えたが、構わず考えた台詞を口にする。


「申し訳ありません。来る途中に馬車が故障してしまいまして。一旦事務所へ戻ったために遅れてしまいました」


「そうか、それは大変だったね」


 詳しい話を聞かれるかと思って故障の詳細を準備していたのだが、出番がなかったようで少し拍子抜けするも、間を置かずにヴァルは話を続けた。


 内容は、戦争に向けてシュバイン商会が多額の金銭と大量の馬車を、国に寄付するということだ。


 無論、その気などさらさら無い。


 約束など、その相手が死ねば反故されるのだから。


 天井に吊るされた、三つの巨大なシャンデリアの灯りの下で、ヴァルの話術が展開されていく。


 どんな作戦が行われるのか。

 どんな馬車が適しているのか。

 どんな計画があり、どれだけの金額がどう使われるのか。

 ヴァルとローザリア卿ならではの会話を、できるだけ時間をかけてゆっくりと進めていく。


 見守るようなジェルヴェールの視線が、冷たく揺るがぬ青年の心を温めてくれているような気がした。




 ヴァルが城内に立ち入ったのを確認して、すぐにミラアは計画通り蝋燭庫に向かった。


 外からの侵入に対しては多くの警備が目を光らせていても、雑用で忙しい城内の使用人たちはそんなことなど考えもしない。


 ましてやメイド服で歩くミラアなど、傍から見ればその〝雑用で忙しい使用人たち〟の一人に他ならないのだから、一体誰が警戒しよう。


 キッチン・メイドたちは厨房で料理に勤しみ、ハウス・メイドたちは住人全員の布団とナイトウェアを準備している。


 ミラアは階段を降り、回廊を抜けて、一階にある蝋燭庫へと辿り着く。


 分厚い木扉には頑強な南京錠がかかっていた。

 鍵はメイド長が管理しているため、ミラアは持っていない。

 適当な理由をつけて借りておくことも考えたが、万が一警戒されるのを懸念してやめておいたのだ。


 ミラアは廊下を見回して聞き耳を立て、誰もいないことを確認すると、エプロンのポケットから一本の針金を取り出して、一瞬で開錠する。


 蠟燭は木箱に大量に入っており、それが室内を埋めていた。

 火を付ければ激しく炎上することは間違いない。

 あとは勝手に廊下の壁紙や絨毯、カーテンなどに燃え移り、大きな火となって警備にあたっている者たちを呼び集めることになるだろう。


 ミラアは一度廊下へ顔を出して、人気が無いのを確認する。

 と、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。


 開いた南京錠を手に持ったまま、蝋燭庫の厚い木扉を閉めて身を潜める。

 もし誰かが入って来たとしても、ジェルヴェールお付きの侍女であるミラアならば怪しまれることはない。

 鍵について追及してくるのは、それを管理するメイド長ぐらいだろう。


 最悪の場合は、殺せばいいと思う。

 侍女であるミラアは、他のメイドたちと連携することなく、ジェルヴェールに従属するかたちで過ごしている。

 城内の使用人たちに対して、そう情も生まれていない。


 それでも――できたら入って来て欲しくないと願う自分に、強烈な甘さを感じる。

 こういった精神は、咄嗟な判断を鈍らせ、己を死に追い込むことになるからだ。


 足音は、蠟燭庫の前を通り過ぎていく。

 鍵が開いていることに気付いても、関係の無い他人の業務を気にする者などいない。

 メイド長以外は。


 足音が、扉の前で止まった。


「誰かいるのかしら?」


 今、一番聞きたくない声でそう訊かれ、ミラアは僅かに目蓋を下げた。


「ミラア・カディルッカです」


 扉に向かって平静に返事をすると、分厚い木扉が開いて眼鏡をかけた初老の女性が顔を出した。

 厳しさに、人の良さそうな柔らかさが滲み出ている、そんな風貌。


 この城のメイド長だった。


「貴女ですか。私は鍵を渡した覚えはありませんが?」


「メイド長に鍵をお借りしようとしたのですが、開いていたのでそのまま入ったんです。お嬢様に、部屋のシャンデリアに挿す蝋燭を持ってくるように言いつけられておりまして」


 初老の女性は、ジロリとした目でミラアを見た。


「そんなはずはありません。最後にこの鍵を閉めたのは私です」


「え、でも開いてましたよ?」


 きょとんとした顔で言うミラアは、視線をメイド長から手に持った南京錠に移して言う。


「壊れてますかね?」


 ミラアの疑問に少し深刻そうな顔をして、メイド長が近付いてくる。


 ミラアは手にした南京錠を、上に放るようにしてメイド長に投げ渡す。


「ちょ……」


 慌てて、放られた南京錠を取ろうと手を伸ばしたメイド長。

 その少し華奢な両手を、ミラアがスカートを捲り上げて抜き放った一撃――隠し持っていたカタナが切断する。


 斬り上げた一撃に続く二撃は、滑らかに軌道を変えて振り下ろすような袈裟懸け。


 胴体から見事に切り離された頭はポロリと床へ落下し、続いて首から行き場を失った血液が噴き出る。


 血飛沫が数滴、ミラアの顔と服にかかった。


「あ……」

 声が漏れる。


 剣士としては見事な技。

 メイドとしては、最低な裏切り行為。

 そして、革命の刺客としては至極当然の判断だ。


 万が一のアクシデントを避けるためには、無用な殺害だと言い切れない殺害は行っておいた方がいい。

 後顧の憂いを絶ったと言える。


 このまま蝋燭に火を付けて、謁見の間へと向かえばいい。


 ただ、血飛沫を少し浴びてしまったために、できるだけ一目を避けて向かう必要が出てしまった。

 そうしなければ曲者だと気付かれ、警備の者たちにより警戒されてしまうことになる。


 だが、そんなことは後回し。


 ミラアは、今自分にとって一番大切なことに思考を満たした。




 

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