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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
七章 残月の叫び
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第59話 スターゲイザー




 視界いっぱいに広がる薄明るい空。

 流れる紺色の雲の下に、広大な街の影絵が広がっていく。


 僅かに残る星もじきに消えて、夜明けが顔を出す気配が漂っている。


 王都グレザリアで最も高い場所、月読の塔の上にはそんな絶景を眺めている一人の男の姿があった。


 黒い髪には若々しい艶があり、整った美貌は人の領域ではない。

 夜よりも深いその瞳は、限りなく近く、同時に果てしなく遠い景色を見ていた。


 〝護国卿〟キュヴィリエ・ディア・ローザリア。


 百年を超える時を生きた彼がこの場所から見る景色など、他の誰が理解するだろう。


 この国が発祥する以前から今日まで、記録ではなく記憶として残している者など彼以外にいるだろうか。


 人類の夜明け――――――その輝きを。

 仲間たちと刻み続けたその歴史を。


 使命と名誉と栄光を分かち合った日々を――――――彼らとの死別、そしてこの孤独を誰が理解できるだろう。




 夜明けの空は、地平線から覗く陽の光に照らされて、時と共に青く染まっていく。

 それに比例して、王都の息遣いが大きくなる。

 やがて太陽は天の中央へと昇っていき、また傾いていく。


 王都の中央、巨大なグレザリア王城の高層階にある、護国卿令嬢ジェルヴェールの私室に設けられた白亜のバルコニー。


 柔らかい風に佇むミラアの視界には、幾つかの尖塔が見え、その向こうに広がるのは王都の街並み。


 天は煙で覆われたような灰色の曇り空。

 そこに生じる一つの割れ目から、遠い茜色の空が覗いている。

 陽光を僅かに浴びた雲は細い輝きを帯び、それはどんな名画よりも名画らしいと言える光景だった。


「ヴァル、遅いわね」

 隣に立つジェルヴェールが言った。


 室内に設置された柱時計をガラス越しに見ると、時間は既に五時を過ぎている。

 謁見は六時。

 予定時刻よりも早めに王城に馳せ参じ、待機しておくのが謁見の慣わしだ。


 謁見は通常明るい時間帯に行うが、暗殺を目論むヴァル・シュバインは、人目を嫌って夜に行いたいという思惑で落としどころをつけた時刻だろう。


 謁見にはジェルヴェールも参加する予定になっているため、そのタイミングで自分は計画に走る手筈だが、こうして待ち続けていると本当に来るのだろうかという想いが浮かんでくる。


 覚悟という緊張感に対して、来るべき現実が訪れない。

 言いようのない不安がミラアの胸を襲う。


 心臓は強くも冷たくミラアの心に一刻一刻を叩きつける。

 昏く染まる覚悟の色は、国を覆すことに対する恐れか。

 或いは、己の愛を裏切る自らの行為に対する憤りか。


 キュヴィリエ・ディア・ローザリアの愛しい笑みを思い出す。

 その首を、全力で斬り捨てる想像に心を燃やす。

 ミラアには、もっと大切なものがあるのだから。


 それに、と自分の心のどこかが呟いた。

 あの男は、自分を愛してくれていない。


(それは関係ないけど・・・・)


 胸中で呟く。


 我ながら雑念が多すぎると思った。

 これで、最強の名を冠するハーフエルフに勝てるのだろうかと思う。


 暗黒時代以前、幾つも点在していた国々で、ハーフエルフの軍事利用計画があったという。

 そのすべてが頓挫した理由は、彼らの個体数の少なさだけではない。

 彼らは王たちの手駒として相応しくない程に強すぎたのだ。


 旧グレザリア王国の魔王リリスを滅ぼした伝説の魔術師ローザリア。

 彼はミラアに、眠る女王を殺すのは容易かったと言った。

 戯曲〝魔王〟でもそうなっている。


 だがそれは嘘だ。

 なぜなら、ヴァンパイアたちは、直射日光を浴びなければ昼間でも活動できる上に、棺が開けられでもすればすぐにでも目を覚ますのだから。


 人類の夜明けに、グレザリア王国で何が起きたのかは分からない。

 だが、当時の革命軍最強であった男が、勇者ハバートではなくキュヴィリエ・ディア・ローザリアであったことは間違いない。


 そして、今日その男と戦う――――――。


 ハーフエルフも、その強さは個体差によって大きく異なるだろう。

 だが従軍を壊滅させられた状態でドラゴンを倒したというのであれば、個人の実力であの悪魔を凌駕していたと考えるのが妥当だ。


 もし返り討ちに遭い、死ぬことになるのなら―――――それでもいいとミラアは思った。


 愛しい者のいない孤独な生など、自分にとっては謳歌する価値も無い惰性でしかない。

 あえて愛しい者をつくろうとしても、それは偽りの絆にしかならない。

 孤独から逃げ縋って来る者になど、誰が利用以上の関係を続けようとするのだ。


 むしろ、あの男の手で逝かされるのならば本望かもしれないとさえ思う。


 だが、脳裏に浮かぶグレイス家で過ごした記憶が、そんな弱音を許さない。


「ミラア」

 いつも高慢そうなジェルヴェールが、まだ少し若すぎるその美貌に、不安の色を顕わにして言った。

「恐い顔してるよ」


 背後にある掃き出し窓を振り返り、ガラスに映る己を見る。

 そこには、自らの懐かしい表情があった。


 ヴァル・シュバインに利用され、ローザリア卿に愛されている義娘ジェルヴェール。

 彼女に風のような笑顔を浮かべて、

「ほんとだ―――――ごめんね」


 胸中で呟く。


(――貴女のお義父様を殺すわ)


 口にしたのは、その謝罪。


 何かが括れ、世界が表情を変えた気がした。




 

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