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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
一章 潮風に舞う願いの残り香
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第5話 なだらかに目覚めて




 騎士として、剣と魔術の練習を重ねる日々を送った。


 それに加えて、経済学、歴史、地理、読み書きに簡単な算数、バリスタやカタパルトなどの兵器の扱いや戦兵法、馬術までが少女の日課になっていた。


 社交界における人付き合いも大切であるため、ダンスや声楽、ピアノの練習まで欠かさない。


 そんな生活の中で、垣間見る屋敷のメイドたちは、その凛々しい姿と絶大な権力によって社交界最高の花形とされるローザリア卿の話に浮かれていた。


 社交界に香る不穏な空気は、傭兵隊の募集と編成、騎士団に対する軍事訓練の強化などに比例して高まっているというのに。


 むしろそうすることで、まだ気配でしかない現実から目を背けていたのかもしれない。


 そんな空気を見かねていたのも、フィーネの背中を押すきっかけになったのだろう。

 母が娘の旅を推した時、フィーネは本気でハンターをやってみたいと思ったのだ。


 幼い頃からの友人たちを残して、少女は王都を発った。


 数日の旅とはいえ、側近や護衛を付けずに行う本格的なものだ。

 身代金目的に誘拐されることも有り得るため、身分の隠蔽は入念に行ったつもりだ。


 幼い頃、母から聞かされては眠りについていた〝銀の魔女〟の物語。

 今自分は、その舞台に最も近い場所にいるのだ。




 フィーネが目を覚ますと、そこは見慣れない天井だった。


 まず、白くない。

 汚い。

 そして面積が小さい――つまり、今自分のいる部屋が狭いのだ。


 全身を包む布団の感触がざらついており、寝床も硬い。

 物置の中で寝たかのような違和感を覚える。


 鳥の囀りに誘われ身体を起こし、光につられて窓を見る。

 なぜか板ガラスがなく、昼間の陽光が視界を白く染める――。


 目が慣れた頃、そこに緑の庭園はなく、見知らぬ街が広がっていた。


 窓から数メートル離れたすぐそばに、別の建物が立っているという不思議な光景。


 日が少し高いような気がする。


 身体が重い。

 メイドは何をしているのだろうか。


 そこで、自分がナイトウェアを身に付けず、下着姿でベッドに入っていることに気が付く。


 その瞬間、フィーネはすべてを思い出した。


 ここは王都グレザリアではなく、港湾都市ジャスニーである。


 昨日出会った銀髪の美女――ミラア・カディルッカの姿を求めて隣のベッドに視線を送ると、そこには使用感の残る布団だけがあった。


 自分は、部屋に一人きりで寝ていたのだ。


「そうだ、今日は……選考会だ……」


 王都からジャスニーに来るまでの中継地で隊商宿に泊まっていたというのに、貴族生活がまだ抜けないようだ。

 曖昧な意識でベッドから起きようとするが、窓のすぐ下が公道であることが気にかかり、踏みとどまる。


 板ガラスもない窓から、人々の話し声が聞こえている。


 これまで暮らして来た屋敷の寝室は、窓の外に庭が広がっていた。


 ジャスニーに来るまでの中継地や、ジャスニーに着いた一昨日の夜は隊商宿に泊まっていたため、やはり窓のすぐ外が公道だということはなかった。


 だから、こんなすぐ外を大衆が歩いているような部屋で、下着姿のまま部屋をうろつくことに強い抵抗を感じたのである。


 だが、ハンターたるものこんな羞恥心に負けてはいけない。

 貴族として持たなければならない羞恥心や抵抗感は、ハンターとしては捨てるべき甘さとなる。


 煉瓦とモルタルで出来た薄い壁の向こう側にたくさんの人々の気配を感じながら、熱くなる顔を無視して、ゆっくりと掛け布団をずらしていく。


 まるで覗き穴のような窓の外から聞こえてくるざわめきも、もう何も聞こえない。


 はだけていく布団。


 外から流れ込む空気を肌で感じると、心は不思議な解放感を覚えた。


 それでも公衆の面前で裸体を晒すような羞恥心に耐えながら、ゆっくりと布団から身体を露出させていく。


 途端に、扉が開いた。


「あ、フィーネおはよう」

 元気でどこかに甘さを含んだ挨拶をして、ミラアが部屋に入ってきた。


「ひゃあっ!」

 素っ頓狂な声が上がり、慌てて布団で身体を隠す。

「どうしたの?」

 と聞かれるが、すぐには言葉が見つからない。


 ミラアは少し考えて、女性らしい美貌を意地の悪さに歪めて言った。


「あー、清楚でいやらしくないフィーネちゃんが、慣れない宿屋で露出プレイの快感に目覚めるわけないしぃー」


「もういいじゃないですかっ!」

 フィーネは真っ赤な笑顔で叫ぶ。


 ミラアは少し笑ってから、いつもの涼しい笑顔を見せて言った。

「着替え、籠の中だから」

「あっ、はい」


 フィーネは改めて布団から出ようとしたが、自分の身体をミラアの視線に晒すことに抵抗を感じて、やめる。


「何、私に剥ぎ取って欲しいの?」

 ミラアが真顔で言う。


「違いますっ! メイドじゃない人の前でってゆーか……!」

「あー、はいはい、私が邪魔なわけねー」


 言い分をザックリ短縮して、少し拗ねたような笑みを浮かべて言うミラア。


「邪魔ってゆーか……」

「お風呂には一緒に入ったのにねー」


「公共浴場には昔から入ってますもん。ただ、その、寝室で二人っきりで……」


「浴場じゃないと、違う欲情するの?」


「そんな趣味ありませんっ!」


 真っ赤な笑顔で泣きながら叫ぶフィーネ。


「まぁいいや、じゃあ向こう向いてるから早く着替えて」


 そう言いながら、銀髪の女ハンターは窓辺まで歩くと、外の景色に身体を向けた。


 フィーネが籠の中から服を取り出すと、ジャスミンの花の香りがした。洗濯を済ませたついでに、アロマオイルで香りまでつけてくれたのだろう。


 太陽の位置から計算して、まだ日が出て間もない時間だというのに、しっかりと乾いている衣服。

 炎の魔術を利用して、ミラアが乾かしてくれたのだろうか。まだ慣れない軽装に着替えながら、ミラアの後ろ姿を見る。


 絵になる女性だと、改めて思う。

 美しい人は服を映えさせる――フィーネはグレイス家専属の仕立て人の言葉を思い出した。

 ただの軽装なのに、極めて女性らしい色気と、少年のような若々しさが同居しているような、そんな不思議な背中。素直に、自分もこうなりたいと思った。




 着替えを済ませて軽く髪を整え、二人で一階の食堂に行くと、柱時計の指す時間は既に九時になっていた。

 今の日の出が七時頃であることを考えると、大分寝坊をしてしまった気がする。


 十時から始まる選考会にはあまり時間がないように思えたが、ミラアが言うには人気の高い仕事には人がたくさん集まって行列ができるため、時間ちょうどに行っても待つ時間が増えるだけだそうだ。


 疲れを残すよりはずっといいよ、と笑うミラアと一緒に遅めの朝食を摂る。


 メニューはオートミールと、ブイヨンのスープに海藻サラダ。そして生ハム。


 ミラア曰く、食事に精製されていない植物系のものを加えると、ウエストが細くなるらしい。よし、習慣付けよう。


 食事を終えて柱時計を見ると、針は九時半より少し前を指していた。


 選考会は、街を囲む市壁寄りに設けられた隊商宿で行われる。

 広い中庭を持った二階建ての建物で、商人同士の商談や荷物の受け渡しにも利用される施設である。


 ジャスニーに幾つかある隊商宿の中でも、かなり大きな宿の前へと二人は辿り着いた。




 

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