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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
六章 大空に瞬く孤独な歌たち
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第56話 格子に隔てられても




「――なんだって。なんかもー、むしゃくしゃする!ねぇ、ジャック聞いてる?」


 凛とした美しい声でそう怒鳴られて――地下牢に幽閉されているジャック・シャムシェイルは溜め息をついた。


「フィーネ、お前な……ここをどこだと思っている?」


「王都の監獄ー」


 ランタンの光に照らされる二人の男女を隔てるのは、冷たいはずの鉄格子。


 男は額に十字傷の残る若い囚人で、女は栗色の緩い巻き髪を伸ばした、今時なドレス姿の少女だ。

 場所も会話も含めて、傍から見たらおかしな光景である。


 そんな不自然さを強く自覚してか、青年は少女に言う。


「俺は囚人だぞ」


「私は貴族だ。聞け囚人」


「くッ」


 身分の差を持ち出されて呻く青年。

 ここで大物貴族を敵に回せば、刑でさえ重くされかねない。


「ミラアさんもさ、結局大きなお城に住みたいのかなー」


「――」

 さっきから話を聞いていると、ヴァルが言っていた〝計画〟は順調のようだ。


 しかし、一国の王座を覆す壮大な計画なのだが、こういう勘違いをされてしまうと、ミラア・カディルッカが少しいたたまれなくなってくる。


「ねー、ミラアさんはなんで大きいお城に住みたいのかなー?」


(ミラア・カディルッカは、革命の刺客としてグレザリア王城に潜入しているのだ)


 そんな真実を口にできるはずもなく、ジャック・シャムシェイルは黙って話を聞いていた。


「グレイス家の屋敷、飽きちゃったのかなー?」


 延々と続く、途方もない愚痴。


 清楚で精悍なこの少女に、こういう一面があることは昔から知っていた。

 ついこの前、物凄い剣幕で頬を叩かれたり怒鳴られたり、終いには泣かれてしまったことを思い出す。

 女心は秋の空と言うが。


(あれだけやっておいて、これはないだろ……)


「ねぇ、ジャック聞いてる?」


 そう言って睨んで来たフィーネは、何かに気付いたような顔をして言った。


「そっか、前叩いたから怒ってるんだよね? だってあれは、ジャックが何も言わないから――」


 相手が何も言わなければ顔を叩くのは当然なのだろうか。

 そんな明らかに破綻した理論を口にし、フィーネは続ける。


「私も気が立ってたし……根に持ってんの? ごめんね?」


「……構わん」


 言いたいところが少しズレているが、陰険な男だとも思われたくないし、とりあえずそう答える。


「でー、グレイス家の屋敷だってさー、庭も音楽堂もあるしー。建物の高さは―――」


 前回の怒りはもう忘れたのだろうか?

 読めない女心に苦戦していた〝剣聖の後継者〟は、フィーネの気持ちを理解しようとするのをやめた。


 そんなことよりも、計画が順調であるのならやらねばならないことがある。

 ヴァルは気持ちを気持ちを切り替えて、フィーネに訊く。


「フィーネ、ヴァルを呼んでくれるか?」


 ミラア・カディルッカが城に潜入しているというのなら、革命はもう既に始まっていると言える。

 否、むしろヴァルのことだ。

 根回しを始める以前、マフィアとして力を付け始めた頃から、この革命は始まっていたと言えるだろう。


 もう迷っている時間は無い。

 このタイミングで来てくれたフィーネに深く感謝する。

 ここで彼を呼んでもらい、話をする覚悟が決まった。


(師よ、私にとっての王を確信しました。私には、幼い頃から人を見る目があったようです。だから、貴方という師と――彼に出会えた)


 ジャックの視界の真ん中で、ランタンの灯に照らされているフィーネが、以前にも増して美しく見えた。


 が、自分に向けられたその表情に怒りが浮かんでいくのを見て、ジャックはたじろぐ。


「な、なんだ?」


「ジャックー!」


 暴れる獅子の如く鉄格子に掴み掛かって、少女は怒鳴った。


「私の話も聞かずに、ヴァルを呼べー? いい度胸してんじゃない!」


 予想外の展開に対応できず、思わず弁解しようとする。


「い、いや、違うんだこれは……」


「何? ちゃんと聞いてたって? あんた、聞き流してただけでしょ? 私の気持ち分かった? 話してる私の言葉じゃなくて、〝気持ち〟分かった?」


「いや、それは……」


 まずい、よく分からないが会話が噛み合っていない。


 フィーネは明らかに必要以上に勢いをつけて、ジャックに対して背中を見せた。


「もういい、ジャックなんて知らない」


「いや、待て早まるな……!」


 それはまずい、と思う。

 ヴァルが再びここに来るという保証が無い以上、フィーネがヴァルをここに呼んでくれなければ、最悪この国を覆す計画が破綻しかねない。

 冗談じゃないぞ。


「相手の話も聞かずに、人に命令するわけー? しかも囚人がー? 貴族の私にー?」


 そう言うフィーネの目は、最早ごろつきのようにやさぐれている。

 これは取り返しのつかない事態だと気付いて、ジャックは息を呑んだ。


「いや、命令では無い! むしろ頼みだ!」


「私もヴァルに、話聞いてって頼んだよね? 私の頼みは聞かないけど、私には頼むのー?」


 つまらぬ怒りに駆られたフィーネを説得しようにも、革命の話を持ち出せない以上良い言葉が見つからない。

 しかし、事は重大だ。


「いや、俺が悪かった、だから……」


「そう、アンタが悪かった! 反省しなさい!」


 フィーネはジャックの必死の弁解に聞く耳を持たず、ランタンを持って歩いていってしまう。


 床にヒールを突き刺すような足音と、逆光に黒く染まった後ろ姿が、絶望的に離れていく。


「待て、フィーネ……!」


「ほら、また命令口調ー!」


 遠くで言いながらも、少女の足は止まらない。


「ヴァルだ、ヴァルだぞ! 頼む、ヴァルを!」


「わーわーわー! 聞こえない、聞こえないー!」


 いや、お前に聞く気が無いだけだろ!


 そう言う前に、独房と外の廊下を隔てた重たい扉が、勢いよく開いて強く閉まる。


 鉄格子から伸ばした右手は希望に届かず、〝剣聖の後継者〟ジャック・シャムシェイルは、牢獄の暗闇に閉ざされてしまった。




「……バカジャック」


 ジャック・シャムシェイルが投獄されている独房の、重たい扉の外側。


 扉に背中を預けたまま、フィーネは呟いた。


 ここ最近、彼の仕事でずっと話せなかったのだ。

 少しぐらい、話してくれても良いじゃないかと思う。


 しかし、自分に必死に頼んでいた青年の顔と声を思い出すと、笑いが込み上げてきた。


 嘲笑では無く、愛しさが溢れるような笑い。


(ヴァルね、ヴァル。呼んであげるわよ)


 監獄を歩き出す騎士の少女。


 歩いて行くその後ろ姿を、牢獄の看守は冷たい目で見ていた。




 

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