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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
六章 大空に瞬く孤独な歌たち
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第55話 君の知らない物語




 私の話は聞いているだろう。


 百年を超える時を生きる魔術師――――〝ダンピール〟――〝悪魔と契約し、永遠の命を得た人間〟――〝ハーフエルフ〟


 多くの者たちが、そんなことを言っていると思う。


 百年を超える時を生きて来た――それは事実だ。

 どう考えても、純粋な人間ではないのだろう。

 私は、ハーフエルフだ。

 確証は無いが、自分ではそう思っている。


 子供の頃の話は、どうでもいいかな。

 私がこの王都に来た頃から話そうか。


 この国の歴史上、人類として初めて王に選ばれた、勇者ハバートのことは知っているね?


 後に太陽王と言われた彼は、志を同じくする私の親友だった。

 私は彼と決めていたんだ。

 誰もが笑って暮らせる国をつくろうと。


 当時はまだ暗黒時代、人類の夜明け前でね。

 この国は魔王リリスの支配する国だった。


 住民にはまだまだ獣人やエルフ、ドワーフたちがたくさんいた。

 市街地ごとに住み分けされていたんだ。


 戯曲〝魔王〟はご存知だね?

 史実通り、私とハバートは仲間たちと一緒にこのグレザリア王城に侵入して、魔王リリスを討ち取ったんだ。


 昼間眠っている女王を手にかけるのは難しくなかったよ。

 私とハバート、それに仲間たちで力を合わせれば、昼間の城を護衛する獣人たちを切り抜ける程度、造作も無いことだった。


 私たちは、女王リリスの灰を中央広場にあるオベリスクの下に埋めた。


 それからが大変だったかな。

 まず、女王リリスによって支配されていた獣人たちが、その支配から解かれて姿を消した。

 エルフやドワーフもそうだ。


 残った人間たちは、すっと支配されていたから、自分たちをコントロールする術も、倫理さえ知らない状態でね。


 臣民たちは富を奪い合った。

 盗賊も増えて――自分の領地を通る者から略奪する強盗騎士なんて貴族もいたな。

 賄賂を使って犯罪を起こす貴族もいた。


 だから、私はまずそんな彼らを粛清していったんだ。


 ハバートや仲間たちと一緒になって、豊かな国を目指したよ。


 護国卿としてこの国を託されて、月日は流れて、ハバートは逝った。

 立派な王だったと今でも思う――。


 ――その息子が二代目の王を継いだんだが、あの子はハバートや私たちが描いた都市計画を進めるにあたって、他の派閥との関係に苦しんでいた。


 貴族たちの多くは国全体の安定よりも、自分たちの私利私欲を大切にする者たちだったから。


 ハバートに心惹かれていた者たちも、その息子を同じように見るわけではないからね。

 一人のカリスマを失った社交界は、個々の思想と都合に揺れるようになっていったんだ。


 財政と治安が悪化する中で、若い大臣と、財政顧問の女性がよくやってくれていたな。

 なのに、国の財政が立て直せた頃に、大臣は暗殺されてしまって、財政顧問の女が無実の罪で逮捕、処刑されてしまった。


 時代が悪かったのか、二代目の王に器が無かったのか。

 当時の私には分からなかったが、親友であったハバートとの約束を守るために、いつからか私は自ら暗躍して国の安定を図るようになっていた。


 もともと教養の無かった私も、かつてのハバートの思想や、自分自身が見て来た経験から、政治の何たるかを少しは学べていたんだと思う。

 ハバートの息子に当たる彼と一緒に都市計画は遂行されていき、財政も安定。

 治安も良くなった。

 だが、王は若くして病に倒れ、三代目の王が王位を継承した。


 こうして王位は受け継がれていく。

 王侯貴族たちも、国民たちも代替わりをしていく。

 当然、国全体も変わっていく。


 ――三代目の王は息子に恵まず、一人娘だけが生まれて、他貴族の子供が婿養子として四代目の王位に就いた。

 国は既に治安が良くなっていて、私の暗躍は必要なくなっていた。


 そこで私は孤立してしまってね。

 当然だ、私の仲間たちは皆老いて死んでいるのに、私だけが若いまま独り生きている。

 皆の目には、さぞ不気味に映ったことだろう。


 しかし、王妃――ハバートの曾孫に当たる子だな。

 あの子は幼い頃から知っている私に懐いてくれていた。


 それを、四代目の王はどう思ったのか。

 王という立場を利用して、私に無理難題を押し付けてきたんだ。

 私はそれをすべて遂行した。

 幾度も死線を潜った。

 今生きていることは奇跡だったとも思う。


 キミも聞いているだろう、私の〝竜殺し〟の話を。

 あの悪魔の討伐命令も、王の命令のひとつだった。

 討伐には成功したものの、私を除いて部隊は全滅。

 私も深手を負ったのだが、その土地の領主に救われたんだ。


 その後、その貴族に不幸があって、その娘を引き取った。

 それがジェルヴェールだ。

 それからは、誰もが知る王家連続暗殺失踪事件が起こり、護国卿である私がこの国を受け持つことになった。




 百年を超える時を生きる男の話。

 それを聞きながらも、ミラアはその横顔をじっと見ていた。


 今穏やかに話す彼も、物語の時系列である当時は、多くの怒りや悲しみを飲み干しながら、鬼気迫る心境で使命を全うしてきたのだろう。

 百年という永い孤独の中で。


 同情では無い共感。

 暗殺されたという今は亡き王に対して湧き上がる怒りは、女としての恋心故だろうか。


 百年の時を走り抜けたこの青年が、今仮初の王座に就いて、こうして心穏やかに話をしている。

 そのことに安堵する自分がいた。

 例え、それが大きな罪を犯してのことだとしても。


 ミラアは、ただローザリア卿の話に耳を傾け続ける。


「今私が国を護ることは、親友である初代国王から託された、護国卿としての使命でもあるんだ」


 そう語る彼の横顔がどこか悲しそうで、それを分かち合えぬことに心が疼く。


 彼はきっと、かつての盟友・太陽王ハバートがいないことが悲しいのだ。


「レディ・カディルッカ」

 ローザリア卿は、ミラアを見て言った。

「ジェルヴェールを宜しく頼む。あの子は、大切な子だ」


 当然だが――――自分よりも、想われている義娘の名。


 暗い嫉妬に胸が痛むのを堪えながら、

「はい」

 と答えた。


 静寂が訪れると、夜の香が鼻腔から胸いっぱいに満ちていくのを実感する。


 自らの肩と、護国卿の肩。

 触れそうで触れないその距離が、絶妙に思える。


 何かの拍子で触れてくれないだろうか。

 或いは自ら――あわよくば、彼の方から――。


 不意に我に返り、ミラアは迷った。

 この国の未来を分かつ道が、今目の前にあることに気付く。


 だが、自分はそれを言える立場ではない。

 だが――迷いつつ、口にする。


「先程頂いたご質問――答えさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 〝この国をどう思う?〟という質問に対する、ミラアなりの回答。


「ああ」


 キュヴィリエ・ディア・ローザリアは、ミラアに優しく微笑んだ。


「――素敵な国です。ずっとここで暮らしたいくらい」


「それは嬉しい」

 百年を超える時を生きてきた若き青年は、その笑みを深めた。


 ミラアは視線を外して、出来る限り自然な口調で続ける。


「だから――戦争を、やめませんか?」


 自分は、ヴァル・シュバイン――ヴァインシュヴァルツ・ロ・ドゥ・グレザリア王子が絵を描く、ローザリア政権に対して行われる革命の刺客だ。


 それを悟られるきっかけに成り得ることを口にしてはいけない。


 だが、もし――ローザリア卿が、王位をヴァインシュヴァルツ王子に譲り、護国卿としてその下で生きることを選んでくれれば、グレザリア王国は人類王国連盟にも認められ、戦争は起きず、目の前に立つこの青年やフィーネを含む愛しい者たちと共に――――――ミラアも、この国でずっと生きていけるのではないだろうか。


 そんな甘い夢を見て、口にしてしまった質問。


 視線を夜景に移して数秒、ローザリア卿は答える。


「失踪した王子――かい?」


「……!」


 やはり、ローザリア卿はヴァルが王子だと気付いているのだろうか?

 革命が悟られることだけは避けなければいけない。

 だが、訊いてしまったことに後悔はしたくない。

 したとしても、それを認めたくない。

 だってそれは、自分の願いを殺してしまうことになるから。


 それ程までに、ミラア・カディルッカはこの国を愛してしまったのだ。


 それ故に選んだこと。

 もしこれでローザリア卿に革命が勘付かれたとしても、ミラアは自らの夢を懸けたこの判断を後悔したくなかった。


 ローザリア卿は続ける。


「失踪したヴァインシュヴァルツ王子――あの子がもし生きていて、私が王位を譲るのであれば――戦争は避けられるだろう」


「……」


「だが、もしあの子が生きていても、私は王位を譲るつもりは無い」


 〝なぜですか?〟ミラアが抵抗を覚え口にできない質問を察したように、ローザリア卿は答えた。


「私はもう、他人に運命を委ねるつもりは無いんだ」


 そう言った彼の瞳を見て、ミラアは背筋が寒くなるのを感じた。


 呪術と呼ばれる技法は負の感情と相性が良いというが、誰かの何かを鋭く焼き抉るような彼の瞳――そこに投影された憤怒と憎悪を以ってそれを行えば、どんな災厄がもたらされるのだろうか。


「だが――」


 護国卿の瞳から呪詛の炎が消え、夜よりも深く美しい輝きが取り戻され、


「シャーロットの子、か……」


 シャーロット・ロ・ドゥ・グレザリア。

 ヴァインシュヴァルツ王子の母にして、このローザリア卿が暗殺したとされる前王妃。


 その名を口にしたその男は、やはりミラアには優しく映るのだ。




 

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