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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
六章 大空に瞬く孤独な歌たち
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第54話 同じ月を見ながら




 グレイス家の屋敷では、食事の席にミラアがいないことに溜め息をつくフィーネがいた。


 天井に吊られたシャンデリアの上、揺れる大量の蝋燭の光が室内を照らしている。


 上座に座る母を見るが、年齢を感じさせない公爵夫人は、燭台の灯りに照らされながら淡々と食事を摂っている。


 母カタリーナからすれば、ミラアなど娘の知人に過ぎない。

 多少娘が世話になったとはいえ、フィーネのように特別な感情を抱いていないことは見てとれた。


 ミラアをジェルヴェールに取られたような気分。そんな不満を覚えながら、フィーネは隊商宿でミラアが自分とクラーラが仲良くしているのを不満そうに見ていたことを思い出す。


(ミラアさんも、こんな気持ちだったのかな)


 ミラアとクラーラ。

 三人でこの街を観光したかった。

 もちろん、そこにジェルヴェールがいてもいい。

 クラーラは、きっとジェルヴェールと一緒に買い物をすることに驚いたに違いない。


「あのローザリア卿の子息女だよ? 驚くに決まってるじゃないか!」


 太陽を思わせる笑顔でそう言って、彼女はジェルヴェールとも分け隔てなく楽しく過ごすのだろう。


 そんなクラーラとの死別を思い出して、さらに心が暗くなる。


 このままミラアとも疎遠になってしまうのだろうかと、そんな不安にも駆られる。


 考えてみれば、自分とミラアだって本来特別な関係でもなんでもないのだ。

 そもそも、ジャスニーから王都まで付き添ってくれたことが奇跡なのだと気付く。


 幼い頃から母に聞かされた〝銀の魔女〟ラミアキカーヴァ。

 彼女と母がコンビを組んでいたように、自分もミラア・カディルッカと過ごしていた――そう思いたかったのかもしれない。


 そう考えて、フィーネは端正な姿勢で食事を摂っている母を見た。


「お母様」


「何?」

 自分と同じ、空色の瞳がこちらを見る。


「お母様は、もしラミアキカーヴァさんと再会することがあったら、どうしますか?」


「……」


 母は銀食器を持った手を止め、遠い目をした。それからなんとも言えない表情を見せて、

「……どう再会するかによるわね」


「……」

 母の返事に、具体的なイメージが浮かばずに困惑するも、続けて質問する。

「ミラアさんって、ラミアさんに似てませんか?」


「――似てませんかって、貴女ラミアに会ったことないでしょ?」


 母に言われて、


「お母様からお話を聞かせて頂いていたので、イメージです」


「イメージかぁ」

 母は少し食事から離れ、やはり遠くを見る。


「どうですか?」

 どうしても気になり、急かすフィーネに、

「ラミアね。顔、忘れちゃった」

 母はあっけらかんとした返事をする。


「ええ?」

 呆気に取られるフィーネに、母は続ける。


「でも、似てると思うわ。ラミアも銀髪だったし。レディ・カディルッカとは違って、全く笑わなかったけどね。結局、ラミアの笑った顔が見れなかったのが心残りだったわ」


「やっぱり、そうですよね」


 似ていると思った自分の感覚が肯定されたからか、フィーネは嬉しそうな顔をするが、母の視線の先で少女の表情にまた影が差す。


「ミラアさん、もうこのお屋敷に来てくれないんでしょうか」


「……さあね」

 母は困ったような顔をした。


「お母様がラミアさんと別れた時は、どんな気持ちだったんですか?」


「――今の貴女によく似ていたと思うわ」


「……」


 胸の痛みが膨れ上がった。


 ミラアと過ごすつもりだった〝これから〟という時間。


 それが実現しないことに対して、大きな空虚感が生まれている。


 あの銀色の髪と、紫色の瞳。

 風のような笑みが、ただただ恋しい。


「ミラアさん、なんでジェルヴェールの……ローザリア卿のお城に行ってしまったんでしょうか?」


 話は唐突だった。

 王城に住むことを、どことなく申し訳なさそうに話して来たミラアの顔を思い出す。


 そんな娘を見ながら、しばし思案し――母は食事に視線を戻して答える。


「……また会ったら、本人に訊きなさい」


 夕食を済ませてから私室のバルコニーに出ると、心地良い夜風がフィーネの全身を包んだ。


 上を見上げれば、澄み切った漆黒の夜空に散らばる、煌めく極小の極彩色。


 フィーネの瞳と天空の狭間に薄い雲が流れる。

 大きく欠けた月は、切り傷のように細く輝いていた。




「待たせたね」


 忘れもしない、魂を鼓動させる声に振り向くと、もう見慣れ親しんだ護国卿の美しい顔がそこにあった。


「ここの景色はどうだい?」


 グレザリア王城の最上階に位置する〝月読の塔〟。


 グレザリア大聖堂の尖塔よりも高いその場所からは、天に散らばる星々と、地上に点々と広がる街の灯、そしてその境界線である遠い山々までもが見渡せた。


 切り傷のように細く輝く月に、フィーネを想っていたミラアだが、護国卿の言葉に現実に還って返答を探す。


 王都グレザリア、その広大さを最も実感できる場所なのかもしれない。


「美しいと思います」


 ミラアは心の底から答えた。


「月の明るい夜には、城の庭と街が雪景色みたいに白く光るんだ。今夜は月が欠けてるけど」


 そう語る仮初の王。

 遠くを見るその瞳は少年のように煌めき、同時にここではないどこかを慈しむようにも見え、ミラアの視線と心を強く吸い込んでいく。


 塔の上は直系十メートルほどの円形になっていて、背の低い銀色の柵で囲まれている。


 その中心には低い円柱型の石が椅子のように置かれているだけで、視界を遮るものは何も無い。


「座ろう」


 甘い笑顔に促されて、ミラアはメイド服のスカートに隠れた丸い尻を石の席に降ろす。


 すぐ隣にローザリア卿も腰を下ろした。


 冷たい風は、魔力の操作による体温の上昇で涼しい風へと変わり、満天の星空、数え切れぬ街の灯と共に二人を祝福しているように感じた。


「ミラア、率直な意見が欲しい」


「……はい」


 僅かに固まりながらも小さく踊りそうな心を沈めて、返事をするミラア。

 隣から彼女を真っ直ぐに見つめて、この国を統べる男は訊く。


「キミは、この国をどう思う?」


 風が鳴いた。


「え?」


 返事に困る。


 ローザリア卿は、視界いっぱいに広がる街の灯を見下ろしながら言う。


「キミはキアラヴァ王国から来たと聞いている。ジャスニーから王都まで、幾つかの村や街も見ただろう。私の話も聞いたと思う。今の、この国の現状も」


「――――――」

「私はね、〝守らねば奪われる〟――そう考えているんだ」


 ローザリア卿は、朗らかな笑顔で、しかし真っ直ぐにミラアを見た。


「キミは、私の知っている女性にどこか似ていてね。そのせいか、キミの目に私が、この国がどう映っているのか気になってしまう」


「――――――」


「……話の内容が飛び飛びだね、申し訳ない」


「……いえ」


 言葉通りに、少なかれ自分のことでローザリア卿の頭の回転が鈍くなっているというのなら、むしろ嬉しいとミラアは思った。


「私の話を聞いてくれないか?」


「……はい、ぜひ」


 こうして一人の男の物語は始まった。




 

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