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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
六章 大空に瞬く孤独な歌たち
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第52話 復讐の貴公子




 その怒りと失意は、少年にとって生まれて初めてのものだった。


 この国の頂点に立つべくして生まれ、育てられた少年。


 忘れもしない、豪華な生活と共に課せられていた壮絶な訓練。

 王子らしからぬ過酷なその日々は、その身が王子であるが故に。


 偉大な王であった父は、いつも言っていた。


「私は、国の王としても、妃の主人としても相応しくない」と。


 母が〝護国卿〟キュヴィリエ・ディア・ローザリアに心を奪われていたのは知っていた。

 その事実が、父を社交界で惨めな立場に貶めた原因だということも。


 この国の男たちなど、女たちにとっては手に届かぬ護国卿の代役に過ぎない。

 それは国王である父でさえ変わりなかったのだ。


 だが、悪魔が悪魔ならば、魂を売った女も女だ。


 堕落した母。


 父より、国より、子供よりもローザリア卿を選んだ母。


 王の妻、王妃、母親――そんな立場を捨てて、女として生きた母。


 誇りや名誉よりも快楽を選んだ、そんな母を見ていると情けない気持ちになったが、その反面父が立派な親であったことは自分が証明してみせると心に決めていた。

 自分の功績は、自分を育ててくれた父の功績になるのだから。


 派閥による陰謀、保身、謀略、堕落、腐敗。

 グレザリア王国社交界に満ちたそんな風土の中で、自分だけは真っ直ぐに育つ。


 清濁を呑みながらも、未来のグレザリア王国を統べる者として生きる。

 その信念は、父母の関係の歪みから目を逸らすための材料に過ぎなかったのかもしれない。

 だが、事実少年はそれを貫いていた。


 そんな日々に幕が降りた。

 たった一夜の出来事だった。

 それをきっかけにして、すべてが崩れ落ちたのだ。


 妙に胸が騒いで眠れない夜、突然現れた若い女によって寝室から連れ出された。

 魔術で声を封じられたまま、バルコニーから見た母の最期。

 眠る母に突き立てられた剣の一突き。

 賊――数人の兵士たちの姿を、少年は忘れなかった。


 それがローザリア卿の手先だということは、翌日に起きた父王の殺害と、その後ローザリア卿の台頭が公表されたことで確信した。


 父はローザリア卿に母を奪われ、その母はその男に裏切られ、名誉ある王位は歪んだ欲望によって不当に奪われたのだ。


 自分の命が狙われていることは分かっているから、城には戻れない。

 少年は、自分を救ってくれた女と共に暮らすことになった。


 その女は娼婦だったが魔術の腕が立つため盗賊を兼業しており、たまたま忍び込んだ王城で王家暗殺の話を聞いて、少年を助けたのだという。


 赤い髪を伸ばした美しい女。

 その魅力は、すべてを失い怒りと失意に震えていた少年の荒んだ心を癒し、虜にするには充分なものだった。


 愛する者の存在は、人の心――人生を豊かにしてくれる。


「俺が王座を取り戻した暁には、お前を大臣にしてやるよ」


 それこそが女の目的だったのかもしれない。


 それでも、いつからか不敵な笑顔でそう言うようになった少年を、優しく見守る女。

 姉のように慕うその女との関係から、少年はすべてを始めた。


 その頃から、少年は不思議な夢を見るようになった。


 美しい占い師が出て来て、自分に未来を教えてくれるのだ。


 少年は自分の知らないことを知り、それを踏まえた上で動くことができるようになり、それは彼の人生を思いの他彩るための武器になった。


 未来を見る夢の力を駆使し、少年はまず、彼女の仲間である娼婦たちに可愛がられる術を身に付けた。


 次に、自分に付き従う女をつくる術を身に付けた。


 そして、女たちを働かせて金銭を集める術を身に付けた。


 自分自身に磨きをかけた後は、幼い頃仲が良かったローザリア卿の義娘ジェルヴェールと再会。

 彼女を手籠めにして国家と癒着し、暗黒街で成り上がった。

 ローザリア卿の後ろ盾は、義父に溺愛される娘によって得たものだ。


 自分が元王子であることに気付いてか気付かずか、自分と顔を合わせてもローザリア卿は何も言わなかった。


 もし気付いていた場合、そこにどんな思惑があるのか知らないが、義娘であるジェルヴェールを手籠めにしている以上、この身が危ぶまれることは無いのだろうと確信した。


 そして、ローザリア卿台頭からずっと噂されていたこと――人類王国連盟と戦争になる話が色濃くなっていくにつれて、ローザリア政権を認めぬ思惑が社交界を巡った。


 戦争という恐怖に怖気づきながらも、これはチャンスだと少年は思った。


 幼い頃から続く記憶の道筋。

 今なお続く物語は、ここで一先ずのクライマックスを迎えることになる。


 愛着が染み込んだアジトのソファーに座ったヴァル・シュバインは、ガラス製の高価なグラスを掲げた。


 よく冷えたその器の中には、血のように赤い最高級のスパークリング・ワインが満ちている。


 ガラスのテーブルを囲むように座るのは、自分を育ててくれた姉のような女性、ルイーザ・アイフィル。

 自分の片腕とも言える二人、フェイ・ミルバーンとチェスター・ミルバーン。

 そして、今回の計画の要である、外から招き入れた刺客ミラア・カディルッカ。


「グレザリアの夜明けに」


 若き次期王の声に、一同がグラスを上に挙げる。


 ヴァルの口腔を満たすその味は、復讐心と向上心を混ぜた業火に似た、アルコールの辛さ。

 これまでの辛辣さを表すような酸味。そして、掴み取る栄光を連想させるような濃厚な深みが混ざったもので。

 それを―――――この世の愉悦を匂わせる、葡萄の香が包み込んでいた。




 

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