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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
四章 煌めく絵画への招待
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第41話 激闘




 ミラアは両手に計二本のカタナを構えて、一気に間合いを詰めた。


 疾風の如き無数の剣撃は敵の防御を手数で押し切り、その獲物を弾き飛ばすための斬撃だ。


 だが、敵は両手に構えた二本のサーベルで、そのすべてを受け流し、払い、打ち下ろす。


(――こいつがカマイタチ・・・?)


 ミラアは敵の得物を狙うのを諦め、攻撃を分散させた。

 多少怪我をさせてしまっても構わない。

 手首、足首を的にして、多角的な攻撃を仕掛けていく。


 だが、それでもミラアの攻撃は通らない。

 硬く鋭利な刃がぶつかる音ばかりが、夜の路地裏に鳴り響く。


 相手の剣筋で分かる。

 多少のアレンジが入っているが、この太刀筋は間違いなくミラアの扱う剣術と同じものだ。


 かつては呼び名も無かったこの剣術が、今や黒の騎士団に採用されていることは知っている。


 しかし、技術を模したところで技量が及ばなければ、その技術を再現することはできない。

 その点において、この青年は充分な技量を持っていると言えた。


 いつしかミラアのカタナは防御に回り、敵の太刀筋はこちらへの攻撃へと転じていた。


(王家近衛騎士団剣術指南役、カタリーナ・ディア・グレイス)


 両手に響く重たい衝撃。

 視線と血の気を奪う鋭利な反射光。

 そして目にも留まらぬ太刀筋の雨。


 生から死へと今にも転げ落ちそうな戦いの最中、ミラアは思考を巡らせた。


(王家近衛騎士団団長から、黒の騎士団団長へとなった〝剣聖〟ディルク・ディア・グレイス)


 ミラアの眼前に迫る、殺気が形となったような強烈な一撃。

 止まることを知らない、人を両断し得る鋭さと重さを合わせた二撃。

 一時も止まない三撃に対応させたこちらの構えに、漬け込むような角度から斬り込まれる四撃、さらに続く流麗な五撃。


 降り注ぐ豪雨の如き死の連撃を、ミラアは条件反射と二刀を以って受け流していく。


(黒の騎士団の剣術指南役は誰なのかな?)


 それは分からない。

 だが、技術を超えた太刀筋のクセさえ誰かに似ているとしたら、それは深い師弟関係によるものではないだろうか。


「貴方がカマイタチなの?」


 手を緩めず、息も切らさないミラアの問いに、青年の表情が締まる。


 こちらの様子に余裕を感じたせいだろう、鋭利な死への誘いが更なる速度でミラアの首、胸、全身を襲う。


 その一刀を一刀で受け流し、追うように迫ってくるもう一刀をミラアももう一刀で受け流す。


 二刀は一刀に対して大きく勝るものの、二刀同士の戦いにおいては、当然ながらその優位性を発揮することはできない。


 ミラアは両手の二刀を振るって、敵の二刀を左へ打ち払った。

 同時に、ロングスカートに大きく切り込まれたサイドスリットを活かして、右足で敵の膝に足刀を叩き込む。


 意外に効果が薄かったか、カマイタチは動きを落とすことなく大きく距離を取ると、手にした二刀を前後に大きく開いて半身に構えた。


(ふん、大袈裟な構え……)

 ミラアは、ただ右のカタナを敵に向けた。


 カタナを握った状態では術が安定しにくいのだが、両手でそれを握っている以上仕方がない。


 瞬時に全身の感覚に集中する。

 四肢に細かく走る精神の経路に対して、臍下丹田から大量の意識を通す。

 その量と意識に比例して、周囲に広がる世界の歪みが事象を引き起こす。


 右手に集めた光が、大きく膨らむように魔力を操作、雷に酷似した状態に変換。

 暴れ狂うそれを抑え込みながら、器用にカタナに纏わらせていく。


 予定は変わらない。

 カマイタチは、生かして捕獲する。


 ミラアのカタナに纏った雷が大きくうねり、明滅しながら路地裏を明るく照らした。


 地や壁を打つ紫電の触手は、手探りで獲物を探すように黒い刺客へと向かっていく。


 カマイタチは一刀をこちらに向けたまま、一足で一気に間合いを詰めて来た。

 固定したような前手の剣で、ミラアの放つ雷を弾き散らしながら。


(反魔術?)


 ミラアは雷を纏ったままのカタナで、敵のサーベルを受け止めた。

 刃に纏わせた雷が、敵の剣に触れるなり霧散していることが見て取れる。


 反魔術――魔術と魔術が相殺し得ることは周知の事実だが、相手の魔術を打ち消すことに特化した術が存在する。


 術者の力量に応じて相殺できる魔力の強さは異なるものの、そのコツは相手の魔術の波長に合わせること。

 逆に言えば、反魔術に対してはこちらが魔術の波長を変えていくことで押し返すこともできるのだが――。


 青年の周囲に当たる世界の歪み方を感じると、異様な程に安定感があることに気付く。


(違う、これ……アーティファクト……!)


 神代の遺産とされる物品〝アーティファクト〟

 その形状は様々だが、総じて強力な魔術に酷似した機能を眠らせるそれは、多くの人間たちにとって使い方の分からぬ代物でしかない。


 さらにこの百年間、発掘すればすぐに賊に襲われることから、災いを呼ぶ呪われた財宝とまで呼ばれている。


 もし使いこなすことができれば、その力は現代の魔術をゆうに凌ぐ力を発揮するものの、その技術は魔術に似た特殊なものであるため、大半の人間にとっては宝の持ち腐れにしかならない。


 近年、グレザリア王国が手広く収集していると聞いてはいたものの、まさか使いこなす者と対峙しようとは思わなかった。


 青年の持つ二振りのサーベル。

 今まさに魔術を弾く刃の横に、太古の文字にも似た文様が浮かび輝いている。

 カマイタチの正体は、魔術を打ち消す魔剣を操る凄腕の剣士か。


「ねぇ、それちょーだい?」

 ミラアは少し硬まった表情を緩めて、楽しむような顔で言った。


 カマイタチは表情を変えず、後ろに構えた右手を素早く振るった。


 頭上に振り下ろされる一刀を、ミラアも一刀で受け止める。

 腕と肩に固い衝撃が響き、足が地面に沈むような錯覚を覚える。


 カマイタチの連撃は、通り名に負けず流麗なものだ。

 元はミラアと同じ流派だろう。

 明鏡止水の心を以って、敵の隙に差し込む静の剣術。


 だが、この青年の無駄のない刺突と斬撃には、身体強化魔術(アデプト)による剛力が加わっている。

 下手に受け止めようものなら、ミラアは身体ごと弾き飛ばされるかもしれないし、こちらのカタナが折れる可能性さえある。


 目まぐるしい動きはすべてこちらの隙を狙い、或いは隙をつくるためのもの。


 そして、高速の凶刃は闇に溶け込む。


 もはや生け捕りにするのは諦め、互いの致命傷を狙って斬り合うしかないとミラアは思った。


 双方が披露する剣の舞は、打ち合わせをしたかのように華麗に刃を重ねていく。


 その一撃一撃が、互いの得物を受け流しては弾き、その手足を切り払い、最終的には首を斬り落として心臓を突き刺す死の斬撃・刺突だ。


 互いに獲物は両手に二本構えている。

 だが、剣筋の滑らかさによる切り返しの速さはミラアが勝っており、剣撃の重さはカマイタチの方が勝っている。


 敵が剛で勝るなら、ミラアは柔でそれをいなし、己の身体の動きは常に敵の動きに対応して攻めを狙う。


 ミラアは特別夜目の効く方だ。

 闇に溶けた敵の太刀筋を見切り、一刀たりともその身に届かせてはいない。


 だが、最近人を斬ったのはいつだったか。ふと、頭の隅で考えた。


 これまでに、もう数えきれない数の人間たちを斬り捨ててきた。


 二刀流に対応できない者たちは比較的多く、二刀で一刀を制すミラアの剣術は、いつも有利に機能してくれた。


 だが、今回はいわば同門対決である。

 二刀を巧みに操る二人は、お互いに有効打を打つことができず、戦いは平行線上だった。


 勝負の決まらない戦いは、お互いの技の見切りと駆け引きが生む一瞬で、その行方を決めることが多いのだが――。


「ねぇアンタ、私が誰だか分かってる?」

 ミラアは戦いながら訊いた。


 黒い殺戮者は無言のまま、冷酷な斬撃で応える。


 敵の太刀筋は揺るがない。精神に迷いが生じ無い。 


(容赦なし、か……)


 ミラアの目的はこの青年の生け捕りだったが、それはもう諦めている。

 むしろ、この場で自分が生きて帰れるのかさえ危うい状況。


 月の大きく欠けた夜であり、視界は暗い。

 さらに、大通りから少し入った裏路地だ。

 憲兵たちによる応援など期待できないだろう。

 他の黒の騎士団は……敵か味方か、もう何も分からない。


(殺すか?)


 殺すことができるかすら分からないが、本気で殺しに掛かるかどうかという心構えの問題で、ミラアに迷いが生じる。

 ただし、己の身を守ることや敵を牽制することに関しては迷いがないため、現状攻防においては引け目をとらない。


 敵は自分のことを本気で殺しに来ている。

 ミラアの心が決まる。


(もういい。全力で……)


 銀髪の女ハンターの両手に構えた双剣が、再びまばゆい紫電を纏う。


(……気絶させる!)


 殺すことに対して迷いが生じるのなら、殺さずに身動きを取れなくすることに没頭すればいいのである。


 ミラアは敵の剣を一度大きく受け流しながら、壁へと駆け上がった。


 重力を完全に無視し、なおかつその身に横向きの重力がかかっているとしか思えぬ姿勢での壁走りに、路地に取り残されたカマイタチは目を見開いた。


 女豹を思わせるしなやかな身体が宙を舞い、ミラアは民家の屋根の上へと降り立つ。


「止めてごらん」


 夜空の下に浮かんだミラアの笑み。

 どこか楽しむようなその声に呼応するように、彼女の左右のカタナに纏った紫電が踊り狂った。


 屋根の上から伸びた二筋の雷は、路地裏を舐め回すような動きで闇の刺客を襲う。


 若き黒騎士は、両手に構えた左右の剣を適確に操り、雷を受け止め、霧散させて凌いでいく。

 しかしこの距離において、常時軌道を変えていく二本の雷を見切り、受け続けるのは至難の業。

 足の動きが明らかに落ちている。


「ほーらあ!」


 明らかに高揚感を隠さないミラアの魔術は、途切れることなく踊り狂い、魔剣で防ぐカマイタチを襲い続ける。


 雷光が明滅し、眩しく夜を照らす。

 屋根の上から路地の下に紫電を放つその姿は、大地に裁きを下す麗しき雷神のようでもあった。


 屋根から放たれ路地裏を満たす苛烈な光に、さすがに大通りを通る通行人や街娼たちが気付いたのだろう。

 表から訝むような声が聞こえてくる。


 黒の騎士団相手に揉め事はまずいかと思ったが、敵が連続殺人犯である上に、自分のバックにシュバイン一家が付いていることを思い出して少し安心する。


 ヴァル・シュバイン――気に食わないあの男が、今は誰よりも頼もしい。


 シュバイン一家と黒の騎士団の力関係はよく分からないが、今回はジェルヴェール・ディア・ローザリア嬢を間に挟んでの依頼だ。

 ミラアに分が悪いとは思えない。


 未だに目撃証言がなかったカマイタチを、大衆の眼前に晒してやる。


 青年はミラアに近付くのを諦め、路地の奥に向かって後ずさりした。

 ミラアの口許が優勢感に緩む。

 が、


「舐めるな」

 この距離では聞こえないような声量で、青年は確かにそう言った。


 青年は大きく跳躍して身を翻し、一瞬だけ紫電の魔手から逃れ、民家の屋根の上に着地する。


 雷光の魔手にて追い打ちをかけていくミラアに向かって投擲した二振りのサーベルは、空気を貫きながら女ハンターを襲い、身を揺らして躱した彼女の長い銀髪を一束、宙に散らした。


「は」


 その投擲技術もさることながら、目的のためならば財産さえ躊躇なく手放す。

 久しい強敵を前に、ミラアは笑みを溢した。


 だが、その後カマイタチのとった行動に目を剝いた。

 青年の周囲の世界が歪み、徒手空拳となった彼の両掌に巻き起こったのは炎だ。


 豪快なそれは空へ燃え上がるほどに大きく膨らみ、遥かに頭上にて一つになると、叩きつけるようにミラアを襲う。


 民家を巻き込む大量の炎。

 この男、王都を火事で焼き尽くすつもりか。


「バカぁ!」

 ミラアの怒声に呼応したように世界が歪み、姿を現したのは巨大な氷だ。


 彼女の周囲に現れた氷塊が炎を飲み込むように侵食し、一瞬で青年の足元にまで広がっていく。


 路地裏を塞ぐ巨大な氷を前に、カマイタチは絶句した。

 自分が相手をしている女が、一体どれ程の実力者なのかを目の当たりにしたからか。


 氷塊が霧散したその時、複数の人影が現れた。


「何をしている?」

 聞き慣れぬ男の声に対して、ミラアが叫ぶ。

「カマイタチだよ!」

「!」


 人目を嫌って黒騎士の青年が高く跳躍した瞬間、その頭上に現れた赤い髪の美女が、全身を縦回転させて青年の後頭部に踵を打ち込んだ。


「ルイーザ!」

 思わず叫ぶ。


 地面に落下した青年に憲兵たちが駆け寄るが、青年が黒の騎士団の服を着ていることを確認して驚きを隠せない。


「この者が、カマイタチだと?」


 ルイーザの蹴りをもろに食らった青年は路地に倒れ、完全に意識を失っている。


 憲兵隊の隊長らしき男は、視線をミラアに移して訊いた。

「女、貴様どこの街娼だ?」


 肩と胸をはだけさせ、スカートに大きく切り込んだスリットから脚を顕わにしているミラアは、誰が見ても街娼にしか見えない。


 つい、

「変装だよ」


「その剣はなんだ?」


 彼女の両手には、質素なデザインのカタナが二本握られていた。


「さっきまでこいつと戦ってたんだ」

 顎で倒れている青年を指す。


 だが、憲兵はミラアに言った。

「騒ぎの首謀者が、凶器の所持か。重要参考人だな。剣を地面に捨てろ!」


 二本の愛刀を足元に置くミラア。


「ちょっと待って、その子は私と一緒にカマイタチを探していたわ」


 そう言いながら、こちらへ歩いてくるルイーザに皆が注目した。


「ほう、では貴様も重要参考人か」

 憲兵の目が光る。


「……!」

 ルイーザは顔をしかめて、

「私はシュバイン商会の人間。その子はグレイス家の客人よ」


「ほう、お上の名で免罪を請うか」


 何を言っても無駄なようだ。


 ミラアは強引に手錠を掛けられた両手を後ろで繋がれ、膝の裏を蹴られて足を曲げられ、屈んだ状態から頭を掴まれて、額を地面に叩きつけられた。


「武器を押収する!」


 そう言いながら、黒騎士の男は地面に這いつくばったミラアのスカートを捲り、ガーターベルトに固定したカタナを鞘ごと外した。


 ミラアの白い下半身が、大衆の前に顕わになる。


「やーん、えっち」

 冷たい表情でそう口にする。


 髪を掴まれ立たされ、後ろから剣を突き付けられて歩かされる。


「ミラア!」

 叫ぶルイーザの声に、期待するような視線だけを向けて、無言のまま胸中で呟く。


(待ってるから、助けてね)


 まだ出会って間もない相棒。

 不思議な親近感を覚える、燃えるような赤髪を伸ばした美女。

 このルイーザなら、きっと助けを呼んでくれる。

 そう思えるから、ミラアの表情が綻んだ。




 

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