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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
四章 煌めく絵画への招待
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第40話 遭遇




 大きく欠けた月は既に細く、薄暗い街を見下ろしていた。


 裕福な商人や国に仕える兵士、黒の騎士団、お忍びで遊びに来る貴族たちや街娼たちを中心に、活気づく夜の歓楽街。


 大通りの両脇に並ぶレヴェルベール灯と、多くの店から漏れる光に、ミラアとルイーザの姿が照らされている。


 こんな姿、フィーネには見せられないと、ミラアは思った。


 二人の服は派手で、肩と胸が大きくはだけたきわどいもの。

 無言で健康美を語る白い足は、長いスカートに大きく入ったサイドスリットから誘うように丸出しになっている。


 どこからどう見ても娼婦である。


 声をかけてくる男たちを、待ち人がいるとの理由で断りながら、二人はただ過ぎていく人込みと時間に、連続殺人犯の気配を探る――僅かな緊張感と共に。


「今夜、シュバイン商会の街頭売春テリトリーで、護衛が見回りしていないのはこの辺りだけ。もし、カマイタチが今日仕掛けてくるなら、私たちを狙ってくるはずだわ」


 ルイーザは冷静に言った。


 周りを見回せば、街娼や客の他にも見回りの憲兵や黒の騎士団が時折巡回しているのが目に留まる。

 この状態で犯行に及ぼうものならば、よほど強い動機があるのだろう。


 しばらくそうしていると、だんだんとルイーザがイライラというか、ソワソワし出したのにミラアは気付いた。


「時間の無駄よね。ってゆーか、こんな人前でバッサリやるわけないじゃん」

 そう言うルイーザに、ミラアは納得する。


 そこに、若い男が声をかけてきた。

「よう、姉ちゃん5万でどうよ?」


 ルイーザははだけた肩と胸の谷間をさり気なく強調し、

「え、ほんとにー? 私、外がいいんだけど?」


 男は嬉しそうな顔を浮かべ、

「青姦かよ。いいかもな、安く済むしよ」


「じゃあ、ミラア、私行ってくるね」


 ルイーザは嬉しそうな笑みを見せると、男と一緒に歩いて行ってしまう。

 

「ちょ、ルイーザ……」

 丸くなったミラアの目に、歩きながら振り返ったルイーザの真剣な瞳が映る。


(ああ、なるほど。カマイタチの手口が分からない以上、客かもしれないわけか)


 目撃証言がないということは、客を装って近付いてくることも有り得るわけだ。


 それに、どの道二人でいても獲物が引っかかる可能性が少ないため、別行動を取る手筈にはなっていた。

 街頭街娼としてのテリトリーも限られているため、そう遠くに離れることもない。


(でも、毎回売春までやってたらキリなくない?)


 ルイーザは、シュバイン商会の街娼だと言っていた。

 諜報員だとも聞いたが、兼業しているのだろう。


 とにかく、ミラアはミラアで作戦を練ることにした。


 被害者たちは、皆一太刀で惨殺されているという。

 場所は人通りの少ない路地裏。

 被害者の亡骸が発見される時間は翌日の朝方だ。


 街娼以外に被害がない上、目撃証言もないということは、人目に付かない条件で犯行が行われたことになる。


 一撃必殺の剣技を収めた者、或いはよほどの実力者なのかもしれないが、街娼たちはなぜそんな人気の無い路地裏へ行ったのだろうか。

 ルイーザも睨んでいるように、客を装っての犯行が一番疑わしい。

 ただし、性行為をした形跡が見られないため、同業者だって犯人ということもあり得る。


 ミラアは、まばらに立つ煌びやかな女たちを見渡した。


 その時、

「よう、姉ちゃん、いくらだい?」

 見知らぬ男が、ミラアに近付いて訊いてきた。


 少し考えてから、ミラアは答える。

「どこでする?」

「どこでもいいぜ。お好みの宿屋でもあるのかい?」


「……いいえ、別に」

 ミラアは曖昧な返事をしてから、

「私に合わせてくれるのね。優しい人は好きだよ」


 銀髪の美女に笑顔で褒められて、卑猥な笑みを浮かべる男。

「でも、ごめんなさい。先約があるから。また、相手してよ」


「ち……」

 男は舌打ちをすると、ミラアから離れて他の街娼へと声を掛けに行った。


 事件はすべて裏路地で起きている。

 目撃証言が無い以上、被害者たちがそこまで拉致されたとは考えにくい。

 つまり、自らわざわざ人気の無い裏路地に行ったということになる。


 それが犯人によって誘導、或いは脅迫されてのことだとすれば、すべての辻褄は合うのだ。


(もう少し、人通りが少ない場所の方がいいかな?)


 ミラアは思ったが、今まさに客の相手をしているであろうルイーザのことを考えると、彼女が戻ってくるまではこの場所を動くわけにはいかない。


「アンタ、すげー綺麗だな。十万払うぜ」


 不意に声を掛けられ、視線を向けると、若い強面な男が立っていた。


 ミラアは再び一呼吸おいて、意味深な笑みを浮かべて訊く。

「どこでする?」


 男は薄ら笑いを浮かべて言う。

「外でヤりてぇな。そこの路地裏でいいかい?」


 ミラアは自然な範囲で、胸の谷間を寄せるように、自分の身体を抱きしめた。


「……恥ずかしいなー。人に見られちゃう」

「暗いから見えねぇよ」


 ミラアは意味あり気な流し目をして、綺麗な手で男の大きな手をそっと握った。


「へへ……」


 男に腰を抱かれて、銀髪の美女は路地裏の闇に抱かれていく。


「お金、先にもらえるかな?」

 行為をしても大通りから気付かれないであろう暗がりで、ミラアの妖艶な声が響いた。


「ああ、いいぜ」

 男が財布をまさぐった時、


「あ」

 そこで、ミラアは間の抜けた声を出した。


「どうした?」

 訝しげに訊く男に、ミラアは僅かに舌を出して、

「実は私、フリーの街娼なんだ。だから、私がこういうことしてるの秘密にして欲しいの」


「ちょ、ちょっと待て……!」

 男は慌てて声を上げた。


「オイ、姉ちゃん。ここはシュバイン一家のシマだぜ?ミカジメも払わねぇで、ここで売春なんてしてたら命がいくつあっても足りねぇぞ!」


「あれ、そうなの?」

 きょとんとするミラア。

 男は強面な顔に、凄味のある危機感を浮かべながら続ける。


「ああ、悪いことは言わねぇ。早いとこ、シュバイン一家の人間に頼んでグループに入れてもらえや。それと、今日の事は誰にも言わねぇでくれ。姉ちゃんならきっと良く売れるからよ。ミカジメけちって危ねぇ橋渡るんじゃねぇぞ!」


 そう言って、男は足早に路地から姿を消した。


 やはりシュバイン商会の名は、マフィアとして充分に怖れられているようだ。


(でも、ちょっといい人だったな……)

 ミラアは自分の身を心配されたことに対して、胸と頬が少し熱くなるのを感じた。


 もしカマイタチが客に紛れて獲物に接触しているのなら、こうやって探すのも手だ。


 カマイタチの被害者には性行為をした形跡がない――そんなことは、避妊具を使用していれば分からない。


 だが、そもそもが社交界におけるグレイス家の立場を人質に、半ば強制的に受けさせられているような仕事だ。

 参加しているだけ感謝して頂きたいものである。


(さて、まだまだ漁ろうかな……)


 気を取り直して大通りに戻ったミラアは、意外な人物に声をかけられた。


「シュバイン商会の街娼か?」


 見た目から推測して二十歳前後のその青年を、ミラアが知っているわけではない。


 真っ直ぐにミラアを見る精悍な瞳も、やや整った顔立ちも、よく締まったその身体付きも初めて見る。


 額に刻まれた古い十字傷など、一度見ていたら忘れもしないはずだ。


 完全に初対面。

 ただ、その身を包んだ黒衣と、所々に刻まれた紋章、そして腰に添えた二本のサーベルには見覚えがあった。


 こちらはヴァル・シュバインからの依頼で行っているのだ、街娼として、シュバイン商会の名を語っても問題はあるまい。


「……ええ」

 ミラアの返事に、青年は言った。

「黒の騎士団の者だ。カマイタチ逮捕に向けて、情報を集めている」


 先程から、憲兵や黒の騎士団の者たちが街娼に声をかけて回っているは目にしていたが、こんな奴らに構っている暇などない。


「私、何も知らないよ?」

 ミラアは言うが、青年は気にしないといった様子で言う。


「構わない。些細な情報さえ無いと言うのなら、貴様の名前と今夜活動する時間帯等を教えて貰うだけで構わない」


「それで私が殺されたら、カマイタチの足跡になるってこと?」


 ミラアの冷たい笑みに、青年は真剣な眼差しで答える。


「どうとって貰っても構わない。しかし、我々の活動がカマイタチに対する威嚇になるとは考えている」


 聞き込み自体が〝お前を探しているぞ〟というメッセージになるということか。


「分かったよ」

 諦めて、さっさと終わらせる方向でいく。


「会話の傍聴を避けるため、人の耳を避けさせて頂く。こちらへ」


「いーよー」

 気楽に返事をして、相手の手のひらが指す方向へと歩いて行く。


 街灯に照らされた大通りから、暗い裏路地へと足を踏み入れる。


 厚い雲が流れ、細く冷たい月が顔を出す。

 暗い路地を、月光が撫でるように照らしていく。

 さらに壁を撫でる不自然な光。

 それは反射光――。


 ミラアが長いスカートの中から抜き放ったカタナと、背後から振り下ろされたサーベルによる一撃が交差し、路地裏に金属音が響いた。


「!」


 奇襲を受け止められ、僅かに動揺を見せる青年を、ミラアは涼しく睨み返す。


 右手にサーベルを握った若き黒騎士、空いていたその左手がもう一振りのサーベルを引き抜く。


 その真っ直ぐな瞳は鋼鉄の意志でミラアを見据えたまま、明らかな殺意に燃えていた。


 武術の心得がある者ならば息を呑むであろう佇まいに、一切の迷いを絶つ鋼の心が同居している。


(ただの通り魔じゃないとは踏んでたけど――)


 ミラアの直観が警笛を鳴らす。


(この男、強いし――黒の騎士団って……)


 この案件から漂う気配の大きさが、ミラアの予想を遥かに超えた。




 

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