第39話 暗黒街の相棒
そして、暗黒街の王は話し始めた。
「前に話した通り、カマイタチは街娼を狙う通り魔なんだ。街娼に護衛をつけると現れないけど、全員に毎日護衛をつけるわけにもいかない。護衛なんかがいたら客も寄り付かないしね」
護衛とは、商会の強面な男たちか。
或いは雇ったハンターたちのことだろうか。
「国は、民間の連続殺人事件なんかに衛兵を出してはくれないからね……俺たちマフィアが国に頼るなんて、笑われるかもしれないけど」
「別に」
反社会勢力など、国民に恐れられことはあっても、殆どの場合国家から見ればさしたる脅威にはならない。
お互いに、その力を利用することもあり得る話である。
だが――
「シュバイン商会は、ローザリア家と深い繋がりがあるんでしょ。この事件に関して、ローザリア卿とディア・ローザリア嬢はどうお考えなの?」
空気が少し変わった気がした。
青年は軽く落胆するような顔をして、
「一応、事件としての捜査はしてくださってはいるけど、簡単な見回りと聞き込み程度かな。ローザリア卿が、俺にそこまでの温情をくださることはないよ。神が人を直々に救うことがないように、ね」
表情と言い回しに違和感を覚える。
本当は、言葉よりずっと大きな不満があるのではないだろうか。
ヴァルは続けた。
「ミラアは以前、俺にマフィア同士の抗争なら勝手にやれって言ったよね。そう、カマイタチは、他のマフィアからの嫌がらせだと俺は考えている。それでウチのファミリーが失墜したところで、ローザリア卿の御栄光には触りない。ローザリア卿に俺を助けてくださるメリットなんてないんだよ」
まただ。心に強く残る違和感。
昨夜、この国を統べる男の義娘が、この青年のことを〝暗黒街の王〟と呼んでいたのだ。
つまり、彼は護国卿に認定された暗黒街の支配者なのだろう。
その男が仕切るシュバイン商会に嫌がらせをするマフィアがいるとすれば、それは暗黒街においてクーデターが起きていると言い換えることができる。
護国卿は、暗黒街の秩序には関心が無いのだろうか。
もちろん、暗黒街の秩序を任せているヴァル・シュバインが手ぬるいだけだという可能性や、裏側で劇的な変化が起きているという可能性もある。
例えば、シュバイン一家以外のマフィアの台頭、そして彼らとローザリア家の癒着。
或いは他の有力貴族との関わりがあるのかもしれない。
まだ情報が少なすぎるため、予想するには早すぎる段階だが。
そもそも、〝竜殺しの護国卿〟と〝暗黒街の王〟――二人の関係は、一体なんなのだろう。
そして、ジェルヴェール・ディア・ローザリア嬢とヴァル・シュバインの関係は?
人間関係の全体像が見えない。
とにかく、ミラアは訊いた。
「私がカマイタチを捕まえるとして、サポートはどこまでしてくれるの?」
「そのことで、紹介したい人がいるんだ」
「?」
無言で顔をしかめるミラアの視界の中で、部屋の奥に設けられた黒い扉が開く。
姿を現したのは、やや長身の女だった。
見た目から推測する年齢は、ミラアやヴァルとそう離れてはいないだろう。
長く伸ばした赤い髪。ミラアを見据える瞳は、爽やかな気迫と色気を帯びて静かに輝いていた。
濃い化粧の上からでも、瑞々しい肌と、持ち前のその美しさがよく分かる、スタイルの良い女だった。
〝いい親友になれそう〟
赤髪の美女に対して呼応する何かを覚え、そんな言葉を胸に響かせたミラアに、ヴァルは続ける。
「ルイーザ・アイフィル。俺の姉みたいな人でね。今回、ミラアのサポートをしてもらおうと思ってる」
「お話するのは初めてね。ルイーザでいいわ」
見た目に似合う、妖艶な声がフランクに響く。
「こちらこそ。ミラアって呼んで」
好印象なルイーザに、風の笑みを浮かべて応える。
「でも、お話するのはって……どっかで会ったことある?」
「前にキラキラ浴場で、一回」
「え?」
ミラアは顔をしかめた。
記憶を深く丁寧に振り返っていくと、修道院から一人で浴場に行った時、赤い髪の女と目が合ったことを思い出して、指を差して声を上げた。
「あー!」
「思い出した?」
ルイーザはミラアの過剰な反応を楽しむように笑う。
自信はなかった。
あまりにも印象が違いすぎるから。だが、彼女しかいない。
「もう会ってたんだ?」
それにはヴァルも驚いたようだ。
「彼女は変装の名人なんだ。彼女の素顔を知ってるのは、この国には俺以外にいない」
「私はすっぴん見たけど」
ミラアはそう言いつつ、本当に化粧が上手いと感心した。
彼女のメイクは濃いだけでなく、それを活かして自分の印象を上手く変えているのだ。
場合によっては、毎日会っていても気付くのが難しいかもしれない。
神懸かり的である。
「ルイーザのすっぴんって、ディア・グレイス嬢に似てるよね?」
ミラアの問いに答えたのは、意外にもヴァルだった。
「実は、俺も思ってた。全くの他人の空似だけどね」
そう言ってルイーザに笑顔を見せる。
「ヴァルには言われ慣れてるけど、やっぱり他の人にもそう見えるのね」
そう言うルイーザは、今は化粧による変化で似ても似つかない。
それにしても、ヴァルにとって、彼女が姉のような存在だというのは本当らしい。
二人の間には、確かに姉弟のように親密な空気が流れている。
この甘い顔ですべてが上手くいくと思っていそうな腹黒男にも、気を許す相手がいるという事実。
或いは、これも演技なのだろうか。
そんなことを勘ぐっていると、青年がミラアを見て言った。
「あ、彼女がジェルヴェールに似てることは、他の人には絶対言わないでね。彼女は商会の大切な諜報員だから」
「……分かったわ」
以前に会っていることをルイーザが言わなければ、ミラアは気付くことはなかった。
あえてそれを伝えたのは、信頼をしているという意思表示なのかもしれない。
そして、事実ミラアはこの秘密を誰にも言わない。
話を流すことに興味が無い――自分の性格を見抜かれているような気がした。
「話を戻すよ」
と、空気を戻したのはヴァルの言葉だった。
掌でルイーザを指し、
「彼女が、これからミラアをサポートする。彼女はウチの商会の娼婦でありながら、Sランクライセンスを持ったハンターなんだ」
ミラアは、ルイーザの全身に目を向けた。
浴場でも思ったが、女性の戦士として極上のスタイルを維持している上に、あらゆる体勢において重心のバランスがいい。
魔術の腕は分からないが、体術が一流なのは見て取れる。
「それに、ミラアと私が二人でいれば、カマイタチも狙ってくると思うの」
「ああ――」
つまり、ミラアとルイーザが囮になることで、敵をおびき寄せ、返り討ちにして捕まえるということか。




